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「ツァイル…」
あたしはツァイルが同行したいというなら否定はしない。
ツァイルの知識は役に立つし、魔力はあたしやロゼ以上の逸材だってラガンも言っていた。
何よりも心強いツァイルに同行拒否することなんてするわけない。
けど…ツァイルには一緒に行けない理由があった。
ツァイルは…病気になっていた。
一年くらい近くのことだ。
砂嵐に肺がやられたらしく、外にはあまり出られない身体になっていた。
そのせいか肌はあたしより白くなったし、身体も細いままだ。
このまま悪化していくようであれば、この大陸ではなく、違う大陸の病院というところに行かなくてはいけないらしい。
そんなの嫌だった。
それはツァイルも同じ。
だからツァイルはずっと家に居る。
魔力の結界で守られているこの孤児院の中は、少なからず安心できる場所だからだ。
「ごめん…代わりに世界を一杯見てくるから…!」
思い出すのは三年前の光景。
一緒にこのトリラクイ村まで来た道のりの日々。
大変だったし、魔物と出くわしたこともあったあの時。
夜は寒く昼は暑い…でも、楽しかったあの小さな冒険。
笑ってた、あたしも、ロゼも、そしてツァイルも…。
もうあの冒険は出来ない。
でも、忘れない。
そしてツァイルの分もあたしは、世界を見てくる。
そう誓った。
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ツァイルは今ではその博学を活かして『ヴルテオイズ』の知恵役、孤児院の先生だった。
あたしより年下なのに素晴らしいことだ。
そんなツァイルがあたしに何のようだろうか?
疑問符を浮かべながらも、あたしはツァイルによって孤児院の外まで出た。
「話って何だい?」
「…ハンターになるんだって?」
「ああ。明日、ロゼと一緒に修行へ出るんだ」
あたしは嬉しさを込めて言った。
その直後、ツァイルは少しだけ、眉間に皺を寄せた。
あたし何か悪いことを言ったのか?
「反対…してる?」
「してないさ。君の魔力の成長は認めてるし…世界を見て回りたいって好奇心は僕もあるから否定しない………生きている限り『知る』ってことは絶対に尽きないよ、ね」
だが、それでも不機嫌そうに眉を寄せているツァイル。
どうしたのかとこれ以上聞くのは悪い気がした。
だからあたしは無言のまま、荷造りを続ける。
「…行けるなら、僕も行きたかったさ……」
突然そう告げるツァイルの言葉に、あたしは手を止めた。
振り返るとそこにツァイルの姿はもうない。
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| タイトル |
新たに目指すもの6 |
今日の気分 | 帰って来ました(汗) |
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その夜の約束から、あたしは孤児院の家事手伝いから一変してハンターとなるべく修行を始めた。
きっと今よりもきついものが待っていると思う。
始めてあたしを拾ってくれたときのような地獄の訓練が待っていると思う。
でも、どうしてだろう…そんな苦じゃないんだ。
そりゃあ憂鬱って言ったら憂鬱かもしれない。
でも、心の何処かではそれ以上に胸がドキドキしていて、楽しさや嬉しさを告げているんだ。
きっと、その苦難を乗り越えた先にあたしの待っている、望んでいるものだあるからかもしれない。
セリフィがそういうのを『夢』だって言っていた。
あたしは今、自分の夢に向かって頑張っている。だから苦じゃない。
それに――理由がもう一つ。
…久しぶりに、あいつとまた…旅が出来ることが嬉しかった。
次の出発が決まったとき、ロゼはあたしに言った。
「早速修行がてら付いてこい」と。
いよいよか。なんて思ってしまう。
嬉しさと不安が折り重なっていく感じが胸を締め付ける。
呼吸と心拍が早くなっているのがわかる。
緊張…っていうんだっけ、これ。
そんな色んな感情を胸にして、あたしは荷を纏めていた。
と、そのときだ。
「ちょっと良いか?」
あたしの部屋の前に、ツァイルがいた。
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「そこでだ!俺に良い考えがある!」
そう断言したロゼをあたしは静かに見上げた。
いつの間にか立ち上がっていたロゼは、あたしを見下ろして口角を上げてみせる。
「俺の弟子になれ!」
「は?」
少しでも期待していたあたしがバカみたいだった…。
何を急に言うのかと思えば。
でも、ロゼにはロゼの考えがあるらしく、続けて説明した。
「俺は何をしてる?」
「え?何って?」
「職業だよ」
「…ハンター…」
と、ロゼは人差し指をあたしに突き出し「その通り」と笑ってみせる。
でも理解不能のあたしにしてみたら、そんなことよりも早くちゃんとした説明をしてほしい。
「だからどういう意味さ?」
「ったく…つまり、ハンターは目的物を求めて世界中を駆け巡る職業なんだ」
「世界を…」
「そっからの意味はわかるだろ?」
あたしの思考は真っ白になった。
理解不能ってわけじゃなくって。どうして今まで気づかなかったんだろうって事。
世界を回れるのは冒険家だけじゃないんだ。
船乗りだって学者だって世界を回ろうと思えば回れるし、その職業を旅先で活かす事だって出来る。
そして同じようにハンターだって―――。
ハンターになれば手に入れた宝とかを売って金にできる。
それを孤児院の皆に送れば恩返しだってできる。
何よりも世界を見て回れる…。
「わかった!」
あたしの中で答えは決まった。
瞳を大きくさせ、ロゼを見上げるあたしの中では最早世界の広さしか考えてなかった。
笑みを浮かべるロゼは自分の胸をぽんと叩き、得意顔を見せる。
「よっしゃ!じゃあ後は俺に任せときな!」
お前を一人前のハンターにしてやって、世界に羽ばたかせてやる!
自信たっぷりにそう言い張るロゼの姿は無邪気で、そして頼れそうだった。
兄って多分、こんな顔をするんだろうな。
ふと、そんなことを思った。
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「触ったことあんの?どんな感じ?やっぱ柔らかい?」
思わず夢中になって尋ねるあたしに、ロゼは苦の表情も見せずに答えてくれた。
どんな生き物か。どうやって生活しているか。
羊だけじゃない。
他の生物、植物、景色。
色んなものをロゼは話してくれた。
その話は例え、勉強したとしても沢山の本を読み漁ったとしても知ることの出来ない…見た人だからこそ判る言葉の数々。
あたしは夢中になった。
時も忘れてロゼの話しに聞き入った。
ロゼはあたしと大差ない年なのに、いっぱい旅していたんだ。
思えば、ロゼが旅している間の話なんて、あんまり聞いたことなかった。
だからかな。
沢山の出会ったものの話をしてくれるのも嬉しかったけど、その話を真剣にときに楽しそうに話してくれるロゼの横顔の方が何よりも―――嬉しかった。
あたしがケラケラ笑っていると突然、ロゼが真顔になってあたしを見つめていた。
思わず笑みを止め、あたしもロゼを見つめる。
「お前さ…世界が見たいんだろ?」
鼓動が高鳴った。
きっと、その鼓動の高鳴りが答えなんだ。
だから、首を左右には振れられなかった。
と、ロゼが深いため息を吐き出す。
「駄目だって言っても言うこと聞くお前じゃねーし。好奇心は誰も止められないのは俺もよくわかってる」
だからその気持ちは否定しない。
ロゼは温かい口調でそう告げた。
が、表情は珍しいくらいに真顔のままだ。
「だがな…好奇心だけで渡っていけるほど世界は甘くはない…」
顔を少しだけ歪めているのが、暗がりでも良くわかった。
月下の風に靡くコイツの赤髪は良く映える。
「判ってる…甘い考えだって思うよ…それに、孤児院の皆に迷惑かけることも…」
俯いて、あたしはロゼにそう告げた。
判ってるさ。
あたしがしたいと思ってることが、皆に迷惑かけるってことは。
だって、既にあたしは孤児院の家族なんだ。
世界を見て回りたい、旅をしたい。
でも、孤児院を捨ててはいけない…。
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それからも、あたしの中では空想が色々と浮かび上がって広がっていた。
羊を見ていたい。
色んなものを見てみたい。
色んな場所に行ってみたい。
空想が膨らむにつれ、あたしの思いも強くなっていくのがわかった。
世界を見てみたい。
知りたい。見てみたい。
そのせいか最近は空ばかりを見上げていることが多くなった。
孤児院の屋根に上って遠くを見てばかりになった。
「随分とふけってんな」
突然の声にあたしはびくりと反応する。
振り向けばそこにはロゼの姿があった。
「ロ、ロゼ!?どうして此処に…?」
ラガンに聞いた予定ではロゼは数週間帰らないと聞いていた。
長いと聞いていたのにどうして…。
「情報のあった遺跡がガセって判ってさ。直ぐ引き返してきたんだ…でもって、帰ってきてお前がボケーっとしてるって聞いてな。渇入れにきた」
「ボ、ボケッとしてない!」
ムキになって否定したけど、本当はそう言われても仕方がないことは判ってた。
あたしは顔をしかめて俯く。
するとロゼはあたしの隣に腰を下ろした。
「…羊かぁ…この大陸じゃ殆ど見ねぇなあ…もっと北の大陸ならあるかもわかんないけど」
その言葉に顔を上げ、あたしはロゼを見つめた。
「羊見たことあんの!?」
「ああ」
得意げに笑みを浮かべているのが憎たらしい。
でも、彼の言葉には興味があった。
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「あのさあのさ!羊描いてよヒツジ!」
「ひつじ?何それ?」
突然一人の子供がそんなことを言った。
当然あたしや他の子たちは首を傾げる。
ひつじなんて…そんな生き物知らない。
「そんなのいないよ!」
「いるよ!ボクのママが寝るときに教えてくれたの!羊数えたら寝れるよって…」
必死に訴えるその目にウソなんてないのはわかってるさ。
でも、あたしが見たことないそれを、見たなんて言って上げることは出来ない。
次第に他の子達は「羊なんていない」って声を揃えていく。
どうしたもんかと困っているところへ、丁度セリフィがやって来た。
「どうしたの、貴方たち…?」
どうやらセリフィはあたしたちの騒ぎ声が心配になってやって来たようだった。
あたしがことの次第を説明すると、セリフィは顔を顰めながらため息を一つ零した。
「貴方たちが知らないのも無理ないわ…羊はこの大陸には居ないでしょうから…」
そう言ってクレヨンを手にしたセリフィは丁寧にその『羊』を紙の上に描いた。
毛むくじゃらの獣…確かに獣は毛むくじゃらだって話だけど…白い毛でしかもそれがモコモコするらしい。
服の原材料っていうのには驚いた。
「貴方たちは世界を知らないだけで…世界には様々な生き物たちが生存している…人だけじゃないのよ……」
なんか、自分が惨めになった。
しょうがないって言って慰めてくれる人だっているとは思う。
でも…それでも、あたしは惨めだった。
世界を知ったと思ってたけど…結局知ってたのは世界の十分の一も満たない常識だけで。
本当はまだ知らないことが沢山あるってことが、あたしには許せなかった。
それでいて、そんな世界を知ってみたいとも思った。
なんだろう…ゾクゾクするって感じ。実物に会ってみたい。
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正午もすっかり過ぎた頃。
ようやく洗濯もの干しが終了した。
こんな砂地帯じゃ洗濯なんて風のない日しか出来ない。
今日はギラギラと照らすほどの快晴。洗濯日和だ。
洗濯物なんてするのが馬鹿馬鹿しいかもしれないけど…
近くには川と海がある。
だからこの頃じゃ少しずつ草花も咲きつつある。
やっぱり世界は変わりつつあるんだ。
「ルイル!」
一息つこうかとしていたら、子供たちがあたしの前にやって来て嬉しそうに顔に満面の笑みを浮べている。
「どうしたんだい?」
「これ!センセと今日描いたの!」
「…絵か」
子供たちが広げて見せたものは紙に描かれた絵。
へたっぴばかりだけどさ…あたしよりか随分とマシってもんだ。
あたしは広げている沢山の絵を見つめていき、一人一人に「凄いね」と褒めていく。
「ルイルも描いてよ!」
「あたしはいいよ!下手だからさ!」
クレヨンを差し出して来た子供にそう言ってあたしは両手を左右に振って見せる。
と、子供たちが次第に笑みを止めていく。
だめだね、そういうのにあたしは弱い。
「…わかった!描くよ!」
「やったぁ!じゃあボク描いて」
「次あたし!」
子供に腕を引っ張られながらあたしは仕方なくため息を漏らしながら紙と向き合うことになった。
絵は下手だけどさ。しょーがないよね。
そう思ってあたしはクレヨンを片手に持った。ちなみにあたしは左利き。
字の書き方を習うとき、向かい合って教えて貰ったせいだ。そう、ロゼのせい。
休憩の時間がなくなっちまうのは、ちょっと残念だけどね。
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トリラクイの孤児院で暮らしてから、もう三年が経とうとしていた。
あたしは日々、そこで一緒に暮らす子供たちの面倒を見たり、炊事洗濯掃除を手伝ってたり…
所謂雑用を任されるようになっていた。
家事の師匠であるラガンも当然、炊事洗濯をこなすけど、もっぱら最近の仕事は孤児院の正面にある酒場の仕事に付っきりだ。
酒場『ヴルテオイズ』は一見普通の―――しかも酒の種類だって少ない―――萎びた酒場だ。
だけどそれは此処の本当の姿じゃない。
『ヴルテオイズ』の本職はハンター業の請負だ。
今の時代、ハンターはその辺にゴロゴロいる。ハンターって名乗りゃそりゃそうなる時代。
でも、ハンターを雇いたいって一般人もいるってことだ。
ハンターを雇い、宝を掘り当てようとしたり…凶暴な魔物退治にもハンターが呼ばれたりする。
生き延びるための術は、色んな形で進化しているってことさ。
『ヴルテオイズ』はそんなハンターを雇いたい人にハンターを提供するハンターの協会だ。
ま、会員のハンターは数人しかいないんだけどね。
「じゃ、行ってくるな」
「いってらっしゃーい!」
子供たちに見送られ、今日もハンターが一人出て行く。
その間にあたしはタライの僅かな水で懸命に洗濯物を洗っているところだ。
子供の出す洗濯物ってのはやっぱり半端じゃない。
最近じゃ半日かけて洗ってるようなもんさ。
だから、仲間の見送りも全然出来ていない。
遠く砂地に浮かぶ蜃気楼と共に消えていく背を、目で追いかけ見送ることしか、あたしには出来なかった。
「…今日はそっか…ロゼ…」
黄土色一色の砂漠に映える赤髪が、それが誰なのかを教えていた。
あたしは最近ろくに会話してないなと、苦笑を浮べつつ、再び洗濯物と格闘を始める。
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あの後、あたしはラガンの元に呼ばれた。
ラガンと二人で、どうしてあたしのしたことが悪かったのか―――いや、決して悪いってわけじゃないけど―――話し合った。
ラガンは自室に施された魔法文様を見つめながら言った。
「今このアラークは人が住まうには辛すぎる環境下にある…あの大災害を生き延びたとしても…問題はそこからだった」
食べるものも飲むものもなく死ぬ者、凍えながら眠る者、明日の光も見えないまま絶望を抱いて死ぬ者…沢山いる。
あたしもその一人だった。そんな風に死んでいくところだった。
「故に人々は生き残る知恵を働かせた…ある者は力を使い、ある者は権力、金、色んなものを使って生き残ろうとした」
しかし、実際のところそんなことで生き残れるのは一握りの人間なんだとラガンは言った。
大体の人間は力も権力も金なんてない。
「だからこそ…人は知恵を使って生き残ろうとした……昔からそうだったように…」
「それが、魔法ってこと?」
「ああ…」
ラガンの指先は床に彫られている文様をなぞっていく。
「魔法は生き残る術の一つだ。だが、生き残るために必要な力はいつだって凶器になる…」
その言葉はあたしの心に異様な位にとてもよく響いた。
ラガンはあたしに言った。
凶器をどう上手に扱えたか…扱える人こそが生き残れるんだと。
言葉の意味は、正直難しかった。
でも、ラガンは笑みを浮べながら「いつか分かる」と言ってくれた。
だからあたしは忘れない。
ラガンの言った言葉を、その意味を知るまでは―――。
そしてあたしは改めて思った。
本当に―――この家に来て良かった…!
あの日からどれだけの時が経ったんだろう。
トリラクイの村に来たのが、まるで昨日のように感じる…。
あれからあたしも結構成長した。
魔法もある程度…って言っても雷属性ばかりなんだけど…でも、習得した!
料理の腕も上がったし、掃除洗濯何でも来いだ!
ルイル=ザイディル18歳。それが今のあたしだ。
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