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ほちょいず・から騒ぎ日記
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交換日記 nikkijam

2009/01/04(日) 18:06:59 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 1 今日の気分書くぞーー


       世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記
         (1984年5月離日・2008年2月帰還)

明けましておめでとうございます。

20世紀に日本を離れ、21世紀に帰ってきて10カ月。まだまだカルチャー・アジャストメントをしなければならない日々が続いています。

お正月、家族が集合したのですが、まんなかの娘がドイツを去って日本の大学に行ったのが4年前、長男がイギリスのマスターコースを終了して日本で就職するためにヨーロッパから離れたのが3年前、一番下の息子がデンマークの高校を出て日本の大学に行ったのが2年前で、結局、親子5人全員集合したのが4年ぶりという記念すべき正月になりました。

元日から実家近くの長岡天神に初詣。正月に日本に一時帰国したことのなかった私にとっては24年ぶりの初詣となりました。あいにく霧雨がときどき降るという悪い天気だったのでしかたがなかったのでしょうが、着物を着た女性の数がきわめて少なく、初詣の華やかさのなさに、少しがっかり。ただ、人出はムカシと変わらず、社殿までの階段が行列で詰まっていました。長岡天神参拝後、京都市内の神社仏閣のどこかにも初詣と考えたのですが、国道に出たとたん、渋滞がひどく、1kmほどで家に引き返し、後は、家で子供たちにマージャンを教えて、夜遅くまでマージャンを楽しみました。実家にあったマージャン牌(私の母親が「母親自身のアタマの体操」と「大きくなった子供に家族団欒の楽しみを忘れさせず、家につなぎとめておく」目的で、私の大学時代に買って来たもの)は24年間 誰も手を触れておらず、劣化して割れないか心配していたのですが、問題なく使えました。ところが、ドイツに行ってからはほとんどマージャンをやっていなかったので、私もルールを忘れており、買ってきた本を見ながらで、結構、家族ゲーム感覚でマージャンを楽しむことができました。



2009/01/04(日) 18:05:44 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 2 今日の気分ブリブリ


さて、2月に帰国後、長岡京市の実家に住むことも考えたのですが、足に不安があって、往復5時間の通勤は無理と思い、第二の人生を過ごさせていただく大学のある大阪の北河内にとりあえず住むことになったのですが、住宅が込み入っていて狭い道が網目のようになっています。行き止まりの道も多く、行き止まりと思っていると幅2mもない生活道路で別の道につながっていたりします。そのような道を歩いていて思ったのが「大阪には、オソロシイことに、あちこちに落とし穴がある」でした。と言うのも、ドイツから連れて帰ってきた犬のシンちゃんと夕方暗くなってから散歩に出ると、少なくとも1回は溝に落ちるという悲劇に見舞われるのです(シンちゃんも、人間でいえば85歳近くの14歳になり、目も耳もかなり悪くなってきているのも一つの原因なのですが)。溝蓋が途中でなくなっていたり、急に溝が出てきたりしているのです。

そうそう、夕方といえば、日本に帰ったのは2月でまだ夕暮れが早かったので、シンちゃんと散歩に出るときは既に暗くなっていました。住宅街の狭い道を曲がると、急に青白い顔が、それも「顔だけ」がヌッと現れたので、声も出せず、その場にたちつくしました。「顔だけ」がかなり近くに来てから分かったのですが、何のことはない携帯電話でメールチェックをしながら歩いている女学生だったのです。携帯の画面の光が顔に反射し、「顔だけ」人間が出来上がるんですね。あれは、オソロシイ・・・・暗くなってからの歩きながらの携帯メールはやめていただけませんかぁ!!

初夏になると、マッピルマから今度は「顔のない女性」が自転車で近付いてくるのです。後から分かったのですが、どうもこれは大阪のそれも郊外にだけに出没するらしいのです(今住んでいる河内地方だけかも知れません)。顔前面に縦に下ろすことができる構造のかなり大きな真っ黒なサンバイザーで顔全面を覆ってオーサカのオバチャンが自転車を運転するのです(ヘルメットはありません)。見たことのない人には想像できないと思いますが、初めて見ると首から上のない女性が自転車に乗って迫ってくるように見え、かなり恐ろしい光景です。


2009/01/04(日) 18:04:52 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 3 今日の気分バリバリ


世に有名な「オーサカのオバチャン」ですが、知らない人にでもよくしゃべりかけてきます。バスの中で「ここの観音さんのお祭りは来週やでぇ」ってオバチャンに話しかけられました。このオバチャンとはその後あちこちで会うんですが、かなりのオトモダチになっています。日本のお祭りと沿道にならぶ屋台がなつかしく、オバチャンの奨めに従って、野崎の観音さんのお祭りに行ってきました。

実家の長岡京では日本を離れる前にはなかった「ガラシャ祭り」なるものもできています。ガラシャが嫁入りした細川家のお城が、平成になってから長岡京市内に復興されていて、新たな観光名所になっています。「村おこし」ですなぁ(税金の無駄使いでなければいいのですが・・・)。このお祭りのおかげで、細川ガラシャと長岡京との関係をはじめて知りました。

長岡京と言えば、紅葉のきれいな光明寺があります。昔は犬の散歩コースだったのですが、帰国後にシンちゃんと行ってみると「犬の入山禁止」となっていて、さらには11月の紅葉の季節になると、入山料までとるようになっていました。一大観光地です。入山料をとることによってさらに観光地としての価値をあげようという作戦でしょうか?まぁ人出の多いことには驚きました。

週末をすごす長岡京の四季には改めて感動です。春には日々うまく鳴けるようになっていくうぐいすの声、初夏は青々とした木々、夏はうるさい蝉の鳴き声(夏は長く、10月の初めまで自宅では半ズボンをはいてました)、秋は赤や黄色の紅葉、冬は緑色を残している竹藪にかかった真っ白な雪(年末近くに少しだけ雪が降りました)。犬の散歩も楽しくなります。犬の散歩と言えば、散歩の最中に「新鮮野菜の自動販売機」なるものを発見しましたヨ。


2009/01/04(日) 18:04:04 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 4 今日の気分ふーー


さて、4月から大阪の東の生駒山(イコマヤマ)の山麓にある大学に常勤の客員教授としてスベリ込ませていただき、週5コマ(1コマは1時間半)の授業を担当させていただくことになったのですが、まずは、4月1日の「辞令交付式」から始まりました。「客員教授に任じる」という紙切れをうやうやしく受取りに行くのですが、いわゆる外資系にいた30年間では「××式」なるかたぐるしいものの経験がなく、辞令交付を受ける数十人が順番に一列に並び、「式」の会場にシズシズと行進し、学長からの紙切れの交付を受取り、それで終わり、という「儀式」にオロオロするばかり。

2日後の入学式には父兄の数の多いのにビックリ。さらに、父兄だけを集めた祝賀会兼説明会があり、そこでヒトコト挨拶をさせられて、シドロモドロ・・・・ワタシの大学の入学式なんて、親付きの学生なんておらんかったけどなぁ・・・

翌週はオリエンテーション。オイオイ、新入生の女子学生の中に数年前にウワサだけで聞いていた「ガングロネーチャン」がいるヤン!!髪の毛は百本くらいの編みこみ(この髪型の名前ワカラン)!!世紀を超えて帰還したウラシマタロウは「そこまでするのに何時間かかったん?」と「ガングロネーチャン」に聞いてみた。答えは「6時間」!!!これは、デュッセルドルフのインマーマンシュトラッセ(日本人通り)とか日本週間のイベントでよく見たドイツ人コスプレ集団よりもリキが入ってるなぁと感心。

ところがこの「ガングロネーチャン」、その後まったくお目にかからない。が、夏休み前に髪の毛を百本くらいに編みこんでいる女子学生を見てビックリ。ガングロを脱皮した「フツーのネーチャン編みこみスタイル」に変身していた。


2009/01/04(日) 18:03:16 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 5 今日の気分ドキドキ


「学生に教える」という生活が始まりました。思っていた以上にマジメな学生が多く、マジメに授業の準備をしないと私の講義を聞きに来てくれている学生に悪いと思うと、1回90分の授業の準備に3〜4日近くかかります(週末は、寝たきりのオヤジの介護をしているオフクロの応援で、授業の準備には使えないのです)。これまでセミナーを数多くこなしてきたのですが、すべてPowerPointを使っていたので、大学の授業の準備もせっせとPowerPointのスライド作りなのです。大学が始まる前の3月からスライド作りを始めたのですが、4月の授業が始まるまでには7月までの前期の授業の半分くらいまでしか準備できていませんでした。6月下旬になると、授業の在庫が底をつき、授業直前までその授業の準備をするという自転車操業授業が前期の定期試験が始まるまで続きました。フゥー・・・・疲れましたワ

前期の授業もあと2回というところで、「学生による授業評価(無記名)」という紙を配って回収しなければならなかったのですが、回収したものを読んでみると、「先生は授業に5分以上遅れてくることが多かった」にマルをしている学生がいる。ワタシはPowerPointで授業をやるため、授業が始まる5分前には教室に行ってPCをセッティングするため、教室に5分も遅れていくことは全くなかったのです。すなわち、この評価を下した学生はワタシの授業にほとんど出てきておらず、たまたま「授業評価」の日に出てきていたのだと思います(冗談または悪意かも・・・)。この学生によるワタシの授業の「評価」は極めて悪いものでした。授業にあまり出てきていない学生によるムチャクチャな「評価」はワタシの給料にはね返ってくるのだろうか?学生による評価とそれに対するコメントを大学のサイトに載せるらしいので、絶対にワタシの反論を書いてヤル!!


2009/01/04(日) 18:02:13 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 6 今日の気分ホンワカ


7月下旬から8月上旬に前期の定期試験があり、8月のお盆前から夏休みに入ります。1月下旬から入学試験(一般入試)をやるとなると2セメスター制にしなければならず、そうなると前期は8月のお盆前まで続かざるを得ないのです。そうすると「夏休み」なるものが8月のお盆から9月下旬になります。日本の夏の一番暑い時期は7月から8月上旬のはずなのに、その時期に、厳しい「前期の定期試験」をやらされる学生はかわいそうです(教室は冷房がきいているので、「暑い」というのは問題ないという見方もあるのでしょうが)。

生まれて初めて試験問題を「出す」サイドにたちました。「あの先生の試験は簡単や」とナメられたくはないし、かと言って「あの先生は厳しすぎて、卒業できんかった」とサカウラミされるのもコワイ(単位をくれなかった教授の部屋の前で割腹自殺した学生がいたという話もあるとのこと)。で、適当に難しい問題を作り、「試験会場には何でも持込み可」にして難しさを調整したつもりだったのですが・・・・・90点以上取った学生も数人はいたのですが、平均点が30点ちょっと。「思っていたよりもマジメな学生が多いなぁ」と思ったワタシが甘かった。「マジメ」と見えたのは、単に「授業に顔を出す」というだけだったようです。このままだと、70%以上の学生に単位を出せないので、何回かやった小テストの結果との組合わせをExcelでいくつかの関数を使って点数調整。なんとか80%の学生に単位を出しました。フゥー・・・・疲れましたワ


2009/01/04(日) 18:00:54 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 7 今日の気分ボンヤリ


定期試験中の土曜日には次年度の入学生の呼び込みのためのオープンキャンパス(大学内で行う大学説明会)。少子化で定員割れの大学も数多く出てきており、教員も職員も新入生の数に自分の給料とクビがかかっており、真剣に取組んでおられます。ちなみに、8月下旬と9月下旬にもオープンキャンパスがあり、教員によっては高校まで行って入試説明会をやらねばならず、9月と10月にはAO入試(アドミッション・オフィス入試=はじめ、何の意味か分からんかったんですが、言ってみれば新入生の「青田刈り=早期取り込み」です)なるものがあり、AO入試以外にも普通の「一般入試」のほかに推薦入試・公募推薦入試・自己推薦入試・資格推薦入試・帰国生徒入試・大学入試センター試験利用入試、はたまた「インターネット入試」とか「ディベート入試」なるものもあり、あの手この手での学生集めに「ヨー考えたなぁ」と感心することしきり。そこで、大学の教員も年がら年中「入試説明会と各種形態の入試」につきあわねばならず、かなり忙しいのです(それも、結構、週末がつぶされることが多いのです)。

定期試験が終わると、お盆直前の3日間、一日6〜8時間の集中講座。夏の暑いときに、学生もシンドイけど、教える方はもっとシンドイ。7人の学生のうち、3人が1日目(1日目は8時間授業)修了後に脱落。ワタシ自身も脱落したくなりましたワ。

お盆には、日本を離れていた間にお亡くなりになり、失礼していた親戚の人々、恩師、友人の墓参りに日本海から太平洋まで車で走りまわりました。何しろ親戚が多いものですから、日本帰国後に新調した略礼服は、すでに7回も冠婚葬祭で使いました。日本は親戚付き合いが大変です。

「夏休み」とは言うものの、前期に自転車操業状態になった授業を後期はアワてないようにするべく、お盆休み直後から後期授業の準備をはじめ、その後は全く休みなしの「夏休み」となりました。それでも9月下旬の授業開始までには60%程度しか準備できず、1月中旬にやる後期の最後の授業の準備が完了したのは12月中旬となってしまいました。


2009/01/04(日) 17:59:54 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 8 今日の気分忙しい


11月下旬からは次年度の予算・教員の採用・教員の昇進判定の手続きが始まります。大学で働くようになって徐々に分かってきていたんですが、この「予算と教員の採用と昇進」の過程ではっきりしたのが、「教授と言えども大学の教員は労働者であり、大学の経営者は理事会の役員さんたちなんだ」ということです。「予算と教員の採用と昇進」の過程を通じて大学のいろんなレベルでの「チミモーリョー」の世界を見たり聞いたりする機会ができてきて、「洋の東西、業種を問わず、人間ってあんまり変わらんなぁ」と思う今日この頃・・・・この「チミモーリョー」の世界はさしさわりのある方々が多く登場されることから、紙面で語ることはできず、皆様には酒が入ったときにお話しすることにしましょう。

ところで「クリスマス」ってなんでしたっけ????

数年前、ドイツの地方テレビの「いろんな国のクリスマス」という番組の取材で「ドイツのクリスマスで最も印象的だったのは?」と聞かれ、「村の真ん中にある教会の庭に立てられたクリスマスツリーのポツンと静かなそれでいて暖かい光を目指して車を走らせ、通り過ぎると、また次の村の小さな暖かな光を目指して山の中を走る。そんなアイフェルの山(ドイツ・ベルギー・ルクセンブルクの国境近くの丘陵地帯)のドライブが最も印象的でした(おそらくあまりにもひどいドイツ語だったので、テレビでは私のこのコメント部分はカットされていましたが・・・・・)」と答えた私は、不信心ながら、少なくともクリスマスイブにだけは必ずどこかの教会に行ってイエス・キリストの生誕を祝っていました。

日本では11月の終わり頃から、あちこちの個人の家にイルミネーションがチカチカしはじめ、ところによっては町内会あげてのイルミネーションで街の一角が空までまぶしく輝いているところもあります。日本にもキリスト教徒がこれだけ増えたのかと思ったりしたのですが、そうではないようです。彼らは、何を思ってあのような極めて目にウルサイ、チカチカイルミネーションをやってるんでしょうかねぇ・・・・・


2009/01/04(日) 17:58:42 在独パピー☆
タイトル 世紀を超えて帰還したウラシマタロウ奮戦記 9 今日の気分疲れたぁ


24年ぶりの日本のクリスマスというので、12月23日に日本の教会にも行ってきました。けど「24日と25日は平日なんで、多くの人に集まってもらえる休日の23日にメインのイベントをやります」って???「23日って日本の天皇陛下の誕生日ヤン!!キリスト教の教会はイエス・キリストの誕生日を祝わずに、天皇陛下の誕生日を祝うっていうんですかぁ??「クリスマス」ってなんでしたっけ????

教会に行ったあと、大阪中之島の「Osaka 光のルネサンス」を見に行ってきたのですが、大阪市役所前に立てられた大きなクリスマスツリーも川沿いの小道の豪華なイルミネーションのプロムナードも、中之島の西の端のイベント会場も、まぁまぁ人出は多いのですが、寒々とした「都会の孤独」をモロに感じるものでした。ドイツのヴァイナハツマルクト(クリスマス市)ってもっと暖かかったよなぁ・・・・・

日本で感じる「都会の孤独」。これは、マスコミの質の低下が一つの大きな原因なのではないでしょうかねぇ・・・何かの事件が起きると、ミンナが同じ情報を同じ視点で一日に何度も報道する。政治も社会事件もスポーツも経済もどのマスコミも同じ方向性・視点で報道する。テレビなんかはシロートさんを集めて、数人の偏った見方をするプロやセミプロや単に声の大きい人が全体の意見を誘導する。これは、今に始まったことではないんでしょうが・・・・まぁ、マスコミの話をしはじめるとまだまだ長くなりますので、またの機会ということにしましょう。

日本帰国後、全くヒマなく走り回った10か月でしたが、クリスマス(または天皇誕生日)から始まった年末年始休暇でようやくちょっと一息ついています。2009年はどんな年になるか、楽しみです。

長々とここまでお読みいただき、ありがとうございました。皆様方におかれましても2009年が幸おおき一年でありますよう、お祈り申し上げております。

2009年正月


2008/12/26(金) 00:23:54 ひまわり
タイトル 師走だわさ part 2 今日の気分☆☆☆☆☆


去年と同じタイトルにしてみました。↓
って、1年前の日記がすぐ下って。。。笑


今年も残すところアト5日。

皆様、よいお年をお迎え下さい。


昨夜はクリスマスのお食事会で飲みすぎちゃったみたい。
ちょっと頭痛の残るひまわりでした。


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