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削除されないための書き込みです。
本編が再開次第、この記事は削除します。 |
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「酷い話…。アシュヴィンも大変だったんだね」
「…うん」
神子は言葉少なだった。
神子のところはどうだったんだろう…。
記憶がまだ完全に戻っていないからわからないかもしれない。
『…泣かなかった。アシュヴィンは一度も泣かなかった。奪われても、裏切られても、守れなくても』
「………」
「まあ、いずれ戦うかもしれない相手の話はこのくらいにしましょう。我が君の心に迷いでも生じたら困ってしまいますからね」
「それは…!」
「まあ、いいでしょう。真実は全て闇の中…ですからね」
歩き始める柊は七海の耳元で囁いた。
「我が君よりも貴方が心配ですよ、七海」
ぴくりと肩が震えて、七海は柊を睨み、すぐに柊から離れていった。
…何かまずいことでも言ったのか?
オレは神子と顔を見合わせ、首を傾げた。
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十とふたつの夏の前、森にいた小さい土蜘蛛が黒雷の邸に呼ばれた。
毒に蝕まれた小さい黒雷の命を消さないために…。
百よりも多い毒が混じり合っていて、黒雷の光を隠そうとしていた。
光は薄れるばかりで毒は消えない。
動けず、声も出せず、横たわっていた。
土蜘蛛の力も妖の力も届かない。
彼はいなくなる……そう思った。
けれど彼は笑った。
声は出ないから、口だけが動いた。
「貧乏くじだったな、適当なところで逃げるといい」
黒雷を治せないとオレも許されない。
この話を聞いて、神子も七海も驚いていた。
「それっていくらなんでも酷いよ。毒を治すのなんて大変じゃない」
「うんうん。それで遠夜まで許されないだなんて…」
「アシュヴィン殿は幼い頃、辺境の王城に暮らしていたと聞いてます」
仮にも王族のひとりが毒を盛られて死んだとなれば大問題。
だが、病にかかった者が治療の甲斐なく死んだとしたらただの病死になる。
力不足の土蜘蛛さえ処分すれば…。
だけど、オレも黒雷も逃げなかった。
それから十の夜のうち、消えたのは毒だった。
すると柊がもう一つ教える、と口を開いた。
「毒を盛ったのは姉君だったともっぱらの噂でしたね」
「どうしてお姉さんが…?」
「姉弟だからこそ、ですよ。だが、思惑に反して彼は奇跡的に回復して、追い詰められた姉君は毒杯をあおって死んだそうです。…いたましいことですね」
だけど、それは常世の王宮、根宮ではよくあることみたいだった。
限られた恵み、限られた権力の座。
人はそれを狂おしく求めるものだと柊は笑みを浮かべながら言った。
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「心配性ですね。ですが、士気の差は歴然です。しばらく敵襲はないでしょう」
「でも皇が来てるんだからわからないだろ。それから黒雷とやらも来てるんだろ?だから油断出来ないね」
黒雷と聞いて思わず反応したけど、ここに忍人さんはいないし、幸い気づく人はいなかった。
忍人さんがいなかったら、倒さなきゃいけない…。
悪い人だとは思えないけど、敵だから…倒さないと。
遙花に何かあってはいけない。
影武者の代わりはいくらでもいるけど、遙花の代わりはいない。
「七海?どうしたの?」
「あ、ごめん。それより、早く行かないと。黒雷も来てるんでしょ?」
『常世の気配はまだしない。…でもすぐに来る。黒い雷は真っ直ぐ響く強い光だから』
それに柊は納得した様子で、さらりと言う。
遠夜が以前アシュヴィンのところにいたということを。
遠夜は黒雷の邸が彼の命を拾い、小さい遠夜は小さいアシュヴィンと一緒にいたらしい。
「何か大変そうだね」
『…苦しくない。…苦しいのは王に連なる血の者』
そこから遠夜は小さかった頃の話をしてくれる。
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兵達の手当てが終わり、忍人さんと途中で合流して、天鳥船に戻ることに決めた。
すぐに行動を開始しようとするものの、問題が起きた。
どの道を通って山を下りるか、という問題だった。
悩んでいれば、ヤタガラスが来て、サザキが言うには夜見の方向は危険で、良ければヤタガラスが常世に気取られない道を案内してくれると言ってるらしい。
「じゃあ、ヤタガラスに任せる?」
「そうだね。じゃあ、お願いね」
「喜んでやるさ」
何でサザキが得意げな顔してるんだか。
案内するのはサザキじゃなくて、ヤタガラスなのに…。
ヤタガラスの案内で、南方へ下っていき、何とか敵と遭遇することなく、明智峠のふもとに到着することが出来た。
「ここからは平らな道も続くから、船につくまでにそんなに時間はかからないよね」
「敵に会わなければ、だけど」
「大丈夫だって、姫さん。こいつの案内なんだからよ」
「だからさ、何でサザキが得意げなの?」
「別にいいじゃねぇか」
口を尖らせてサザキは言うけど、その辺は無視した。
このまま順調にいけばいいな。
そんなことを思いながら歩いていた。
この先に起こる困難なんて知る由もなく――。
更に歩いていると、途中で柊が怪しげな笑みを浮かべて、遙花に手を差し出す。
「疲れていらっしゃいませんか?よろしければ、お手をどうぞ」
「そうやって遙花に触れようとしてるだけでしょ。それ、セクハラだからね!」
「せくはら、ですか。その言葉の意味を詳しく教えていただけませんか?」
「自分で考えれば?それかアカシャにでも聞いてみれば」
ふんっと思い切りそっぽを向けば柊は失笑している。
しっしっと追い払う仕草を見せていると、布都彦が援軍が来るまでに早く戻らないと、と焦っている様子。
それもそうだと、早めに歩こうとすれば、柊が笑う。
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事はなかなか皇の筋書き通りにはいかぬらしい。
たった今、中つ国の残党を追った折雷の軍が壊滅させられたという報告が入った。
「へぇ…。龍の姫君もねばるじゃないか」
「愚かな…。兵は数ではない。あれは中つ国の王の娘。侮ってどうして勝てようか」
「…まるで、あの娘を怖れているかのようなお言葉ですね、父上」
「アシュヴィン、口を慎め。戦の最中だ」
サティが睨みをきかす。
サティも父上の異変に気付いていないわけではあるまい。
あの幼いシャニでさえ気付いているのだ。
「……お前ならば討ち取れるか?」
しばしの沈黙のあと、父上が俺と向き合いそう言った。
「皇がそう、望まれるのであれば」
リブの視線が俺へと注がれる。言いたいことは分かっている。
「あれは、この世界の行く末を左右する娘。滅せねばならん。何があろうと……」
「………父上?」
「行け。行ってあの娘の首級をあげよ、今すぐにだ」
サティも軍を動かそうとしたが、俺はそれを断った。
それよりもサティは父上のそばについていたほうがいい。
やはり、父上はどこかおかしい。
野営を離れた俺のあとを、リブが追いかけてくる。
何か言いたげな表情だ。
「殿下…」
「俺のせいで、お前も貧乏くじばかり引かされるな」
「い、いや、それは今更のことで、構わないのですが…」
「おいおい、少しは言葉を選べよ」
くくっと冗談交じりに笑う。
だが、リブは浮かない顔だ。
俺は一息ついて「父上のことだろう」とリブが言いたいことを代弁した。
「何故、あれだけ中つ国の姫にこだわるのか」
国が貧している時に大軍を動かそうなどと愚かにしか思えん。
あの姫に何かあるのか、それとも――
「しばらくはご様子をご覧になりますか」
「そうもいかんさ、今すぐにと皇じきじきのご命令だ」
あの姫に会うのも久しぶりな気がするな。
そして、漆黒の君と会うのも―――………。
「せいぜい、もてなしてもらうとするか」
迷いはしない。
もう決めたことだ。
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柊の言葉を信じて、山頂まで登ってきたわたし達。
もう逃げ場はないというところまでやって来た。
ここからどうするのか、わたしには想像もつかないけれど。
柊に策があるというのなら、それを信じたい。
「この先、死出の旅路へ向かうのは、我が君に手向かう者のみ」
柊がそう言った瞬間、地響きが鳴り響いた。
地面も揺れている。一体、これは……?
柊の表情を伺う。
「さあ、ご覧下さい。これが私の忠誠の証、姫に捧げる必勝の策です」
すると、大きな岩が突然山を下り、ぐんぐんとスピードを上げ、わたし達を追ってきた敵の軍は次々とその岩の下敷きになっていった。
「……!」
わたし達同様、彼らに逃げ場なんてない。
見ていられなくなって、目を伏せた。足や手が無意識に震えていた。
「驚かれましたか?」
「これが…あなたの言っていた策なの、柊……」
人を…こんな風に岩の下敷きにするために、この山に連れて来たの…?
「敵を滅するためにです。わずか二十の兵で追っ手を退けたのですが、いけませんでしたか?」
「だけど…」
「ですが、柊殿。敵相手といえ、このような策はあまりに――憎悪で人を陥れた八十神のごとき振る舞いではありませんか」
「気が進まぬかもしれませんが、仕方のないことなのです」
…柊の、言うとおりだ。
わたしにはこんな策思いつかなかったし、この策がなければ、わたし達の軍は完全にやられていた。
柊は正しい。だけど、わたしのこの胸が痛んで仕方がないのも事実……。
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火神岳も半分ほど登っただろうか。しかし、柊の野郎に足を止める気配はない。
姫さんは柊の策を信じると言っていたが、どうにもオレには理解しがたい。
どう考えたって、上に行けば行くほど追い詰められるだけじゃねえか。
それに柊には前科がある。ここにきて裏切りなんてことはねえと思うが、完全に信じきることはまだできない。
「まだ奥に行くのか? 正気か、あいつ?」
「本当に大丈夫なんでしょうね…。失敗したらただじゃおかないんだから!」
七海も拳を作って苛立ちを抑えながら、柊に続く。
柊とはあまり仲良くなさそうな七海だが、姫さんが信じると言えば逆らうわけにはいかないか。
だが、あとに続く兵もだんだん疑いを持ち始めてきた。
「多勢を相手にするために狭い道に誘い込む策かもしれません」
布都彦が最もなことを言うが、それにしたってオレ達の兵はたった三十人足らず。
とても持ちこたえられるとは思わねえが…。
那岐も同じ事を思ったらしく、それをはっきりと姫さんに言う。
姫さんも難しい顔をして「そうだね」と小さく言った。
だが、その時、再び敵が追ってきた。
「いたぞ!」
「ふふ、こんな山の中に逃げ込むとは」
「殺しても構わんと折雷様のご命令だ、やれ!」
おいおい、何かまずいんじゃねぇの!
「サザキ、ちゃんと戦って!」
「ああ、分かってるよ!」
七海に叫ばれては仕方がない。
だが、キリがないぜ、こりゃあよ……。
戦っても戦っても、敵はどんどん沸いてくる。
だが、柊はこの期に及んで山頂まで登るという。
おいおい、本気かよ…!
「全軍、火神岳の山頂を目指します! 行こう!」
「遙花、本気か!? どんどん追い詰められているだけだぞ!」
那岐が珍しく声を荒げるが、姫さんの意志は固まっていた。
揺るぎない視線をオレ達に送り、こう言う。
「この山に来たってことは柊の策を信じると決めたということだもの! 仲間の言葉なら、最後まで信じる!」
そう言い切った姫さんに、オレは何故か妙に納得した。
それまでもやもやしていたものが吹っ飛んで行っちまいそうなほど。
いい性格してるぜ、姫さん!
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柊の策を信じ、わたし達は火神岳へと急いだ。
しばらく歩いていると、火神岳のふもとが見えてくる。けれど、先はまだ長そうだ。
思っていたより随分遠いみたい。急がないと……。
「……なあ、姫さん」
足を速めていると、少し険しい顔をしたサザキが近づいてきた。
「何?」と尋ねると、サザキは難しい顔をしたあと、
「本当にこのまま火神岳に向かっちまっていいのか?」
と尋ねてきた。
どうしたんだろう、サザキ…。さっきは別に反対なんてしなかったのに。
「どうして?」
「うーん…オレには軍師様の策ってのは分からねえが、山のてっぺんから逃げるには翼が必要ってことくらいは分かるぜ」
「確かに…天鳥船につけば本隊と合流でき、逃げることも可能でしょう」
サザキの言葉に布都彦が答える。
それにわたしも頷いた。確かにサザキの言うことも一理ある。
けれど、柊はあえて逆方向に軍を進めている。きっと、柊には深い考えがあるのだとわたしは信じてる。
と、その時。
「いたぞ! 中つ国の残党だ!」
はっとして振り返った。
もう敵の軍に追いつかれてしまったんだ…!
「思ったより早く見つかってしまったな」
「姫、お下がり下さい」
風早と布都彦がわたしを庇うようにして、前に立ちふさがる。
わたしも弓を握り締め、戦闘体勢に入った。
「あの娘が中つ国の二ノ姫か」
「姫を捕らえれば一番手柄だ、かかれっ!」
敵の狙いはわたし一人に絞られる。
七海がわたしの背後に回って、敵の攻撃を受けにくいようにしてくれた。
「遙花、気をつけて!」
「うん!」
ここでわたしがやられてしまえばお終いだ。
折角の柊の策も何も意味のないものになってしまう。
わたしは弓を構え、みんなを援護した。
敵は数人いたものの、強さはそれほどでもなく、ほとんど風早と布都彦だけで倒せるほどだった。
「みんな無事だね?」
「ええ、何とか。遙花も怪我はありませんね」
「うん、大丈夫」
「けれど、この兵たちが単独で進軍してきたとは思えません。すぐに本隊が追いついてくるかもしれない」
「最早迷っている時間はありませんね。さあ、急ぎましょう」
「うん!」
柊の言葉を信じ、わたし達は先を急いだ。
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「味方にも知られぬことがこの策の成否に関わっておりますので」
「…他にいい作戦もないし、柊に任せるよ」
「本当にそれでいいの?だって作戦がわからないんだから、私達が嵌められることだってあるんだよ?」
「そうかもしれないけど…柊に考えがあるなら、それに賭けてみたいんだ」
ああ、何と素敵な言葉でしょう。
我が君の声も言葉も、私にとっては甘美なもので、胸が打ち震える。
自分を信じてくださるのだから、その気持ちに報いなければなりませんね。
「何も考えがないまま進むよりはいいでしょう?」
「…わかったよ。遙花に任せる」
七海はそれ以上反論せず、他の面々も我が君に従うようで、火神岳に向かおうとするが、忍人一人が別の道へ行こうとする。
これもまたアカシャの導き。
「忍人さん、どこに行くんですか?火神岳は向こうですよ」
「狗奴の者ならば気配を消し、山中を移動出来る。何人はか兵力が減るが構わないだろう?」
「構わないってそんな…」
「それなら私も一緒に行きます」
七海が一歩前に出るが、忍人はそれを手で制し、首を横に振る。
忍人の拒否に七海は「どうしてですか?」と詰め寄るが、忍人はそれにも答えず、彼女に背を向けて行ってしまう。
本当に不器用な人ですね、忍人は。
そんなことをしていては、大切な人を傷つけるだけだというのに…。
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