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2008/07/24(木) 22:29:34
保積 征人
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「そ、そうそう……、亜紀さんさ」
俺は話しかける言葉もまだ見つかっていないのに、沈黙に耐えかねて、つい口を滑らせてしまった。
亜紀さんの大きな目玉がこちらを向く。相変わらずソファに頬をつけたまま、とても悲しそうな、つまらなさそうな顔をしていた。
「亜紀さんもうすぐ誕生日ですよね?」
急に脳裏に浮かんだ言葉が、するりと波にのって口をついた。
俺は自分でもナイス!なんて思いつつ、手に持っていたグラスをテーブルの上に置く。
その一瞬で亜紀さんの顔が持ち上がり、
「そうだよ!」
といつもの調子で返事をしてくれたので、俺はほっとして「欲しい物ありますか?」と続けて訊ねた。
ところがその問いに亜紀さんはまた顔を曇らせて、ベージュ色の柔らかそうなクッションの上に顔を沈めてしまう。
あれ……?
今のは駄目?普通の流れじゃない?
……俺は基本的に、女の子が苦手だ。必要以上に気を遣ってしまう。
機嫌はころころと変わるし、好みまですぐ変わる。いいと思ってしたことが裏目に出る事なんて、しょっちゅうだ。
俺は再び紗奈の顔を浮かべて、ややげんなりした気持ちに陥った。紗奈は特別、我侭のような気もするけど。
俺はソファの背にもたれると、引き寄せた膝を胸元に当てて体育すわりの格好をした。亜紀さんの真似である。
それを見た亜紀さんが、数ミリ眉を寄せると、「ねえ」と口を開いたので、俺は首を傾げる。
「征人さ…」
「ん?」
「あたしとさ……」
「うんうん」
「………」
「なんすか?」
「えと……」
どうやらこの姉弟は普段はハキハキしているくせに、肝心なところで口ごもってしまうタチらしい。なんだかんだと喧嘩しているけれど、結局は似た者姉弟ということだ。俺には兄弟がいないから、そんな関係が羨ましい。
でも和紀に言わせれば、「俺は一人っ子が羨ましい」ということなんだそうだ。
俺は亜紀さんの返事を辛抱強く待った。こういう時間は、別に平気。
こちらが何か話をしなくちゃならないような無言は、あんまり平気じゃないけど。
亜紀さんは数秒黙り込んでしまった後、突然やけっぱち、と言った様子で俺を見た。なんかデジャブ。それもついさっき。
亜紀さんの口が動いて、声が届く。
「征人、あたしとね、付き合ってくれないかな?」
その時の俺は、先程よりもずっと面白い顔をしていたに違いない。 |
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2008/07/24(木) 22:06:55
保積 征人
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眞山家の姉弟は喧嘩ばかりしているにしても、今みたいな一方的なものは初めて見た。
和紀の言うとおりたまたま亜紀さんの機嫌が悪いにしたって、いくらなんでも泣きはしないだろう。
いや、泣いていたのかなんてちょっと分からないけど……、俺にはそう見えた。
「ちょ、ちょっと征人、聞いてきてくんね?さりげなくでいいからさ」
「えええ、何、無理だよ、お前がさりげなく何言ってんの」
「頼むよ!俺の彼女が姉貴より年上だってことが聞かれたかどうかだけでいいから!」
「別に亜紀さんより年上だっていいんじゃないの?何かあるわけ?」
「だーかーらー!それで相談があるって言ったんだっつうの!いいからまずは確かめてこい!頼むから!!」
俺は和紀にほらほら、と相撲取りのように背中を押されると、部屋の外までそのまま放り出されてしまった。
おい!という俺の声は虚しく廊下に響き渡るだけで、部屋から和紀の返答はない。
……よく考えたら、亜紀さんより年上ってことは、19歳以上ということで。
何やってんの、ほんとバカズキ……。
俺は渋々リビングへと赴き、いつもより調子の良いテンションで亜紀さんに話しかけることにした。
「モーニン、姉さん!」
「……あぁ?」
ソファに縮こまってクッションに顔を埋めていた亜紀さんは、俺のばかみたいな陽気な声に酷くうざったそうに顔を上げると、虚ろな目で見つめてくる。
俺は亜紀さんを小学生の頃から知っているけれど、元気で、活発で、基本的に態度が大きいとは言え、俺にテニスを教えてくれたり、頼りになるお姉さんだ。
そんな亜紀さんがここまで沈んでいる所を見たことのない俺は、少しだけ戸惑った。それは凄く些細な変化だろうけど、俺の顔はわずかに引きつったに違いない。
自分でも一瞬、「どうしよう」と迷いが生じたのが分かった。
俺が所在なさげにこんなところで突っ立っていてもしょうがないので、わざとらしく亜紀さんの前を通って小さな冷蔵庫からお茶を取り出してみる。
勝手知ったる眞山家。俺がペットボトルのお茶を食器棚から取り出したグラスに注いで飲んでみたところで、今更亜紀さんが何かを言うこともなかった。
さて、やることがなくなってしまった。
俺はどうしたものかと、とりあえず亜紀さんの正面のソファに座ってみる。 |
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2008/07/24(木) 21:53:49
保積 征人
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肘を机の上に乗せている和紀の方を見て、俺はゆっくりと、確かめるように口を開く。
それは自分でも、何だか情けない行動だ。
「まさかとは思うけど和紀……誰かと……ヤった?」
眉尻を極端に下げ、にへら、と気の抜けた顔で笑った和紀に、俺は「畜生!」と立ち上がった。
「こんの野郎!!」
和紀のだらしなく開けたワイシャツの胸元を掴んで、ぐい、と引き寄せて歯を食いしばる。
それでもにへへ、と笑った和紀の顔を見て、俺の顔もすぐにほころんだ。
「おめでとう和紀!!スゲーむかつく!」
「さんきゅう征人!!俺は超ハッピー!」
これこそが美しい男の友情という奴だ。俺は瞳の裏でスタンバイしている涙を押し殺しつつ、友人の門出に乾杯、と紫色の液体が波打つグラスを持ちあげた。
それに和紀も心底嬉しそうに微笑むと、男二人がははと笑いあってグラスを鳴らす。
その時だ。
「うるさいのよバカズキ!!!」
乱暴に扉を開けて入ってきたのは、和紀の姉、亜紀さんだった。
赤茶けた髪の毛が何筋か頬に張り付いて、瞳はいつもに増してぎらぎらと和紀を睨みつけている。
それには俺も和紀も驚いて、危うく持っていたグラスの中身を布団の上にぶちまけてしまうところだった。
「姉貴いつのまに帰ってきたんだよ!?」
「さっきからいました!人が落ち込んでる時に何よあんた!!むかつく!!出て行け!」
亜紀さんは怒りながら、その場で子供のように地団駄を踏むと、つかつかと器用に散らかった部屋の中を歩いてきて、俺たちの正面に立つと大きな声で、「馬鹿!!」と叫んで部屋を出て行ってしまった。
その目は僅かながらに潤んでいるようにも見えたけれど、それよりも亜紀さんの声に思わず顔を顰めてしまう。
どすどす、と廊下を歩いていく音の後に、リビングへのドアが乱暴に閉められる音。
俺と和紀は暫くそのまま硬直していたけれど、すぐに顔を見合わせ首を傾げた。
「……亜紀さん、どうしたの?」
「……知らね。なんか機嫌悪かったんじゃね?」
「それにしたって、いつもと何か違うよ」
「それよりさ、今の話聞かれたかな!?」
ひい、と両手を頬にあてた和紀が、すぐに俺のシャツの袖を掴んできたけれど、俺は亜紀さんの様子の方が気にかかった。 |
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2008/07/24(木) 21:45:38
保積 征人
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「あのさ、征人さ」
「うん?」
「まだ…」
「ん?」
「いや……」
「なんだよ」
気持ちが悪いなぁ。
あまりに珍しい和紀の表情に、俺が笑おうとした瞬間、あちらは些か恥ずかしそうに言葉を濁し、俺の方をちらりと見た。
「紗奈ちゃんと、まだ、だよな?」
「まだ……って」
その言葉が指し示す物なんて、一つしかない。それでも俺は自分の彼女である紗奈の顔を思い浮かべつつ、すっとぼけてけらけらと笑って、
「何がだよ?」
とからかう様に和紀を見た。
そんなことなんてこれまで幾度となくディスカッションしてきたことであるし、もし俺と紗奈に何か変化が起きたとしたならば、一番に伝えるのは目の前にいる和紀にであろう。そんなこと分かってるくせに、という目で俺は和紀を見ていた。
「ぜってえ姉貴には言うなよ」
本当に恥ずかしそうに、それでも好奇心にも似た楽しそうな表情を混ぜながら、和紀は俺のことをじろりと睨む。
説得力も迫力も無い、威嚇。
「亜紀さんにバレるとなんか悪いことでもあんの?」
「別に、ねえけどさ。ただ」
「うん?」
「相手が姉貴より年上だった、てだけで……」
そこで急に押し黙ってしまう和紀。
俺はその言葉の意味を理解する前に、大きく見開いた目の中に映る和紀の顔を見た。
どことなく、そういえば、なんだか最近の和紀は様子がおかしくて。
そわそわしているような、けれど何かに不安なわけでもなさそうな。
体育の最中でも握り締めて離さなかった携帯電話を、クラスの連中がからかってたっけ。
俺はそれを特に不思議とも思わないで一緒に笑ってたけど、もしかして――
え?
嘘だ。
俺はハア? と、きっと間抜けな顔をしていたに違いない。
口元を手で押さえた和紀が、矢張り照れているのか俺の方を上目遣いで見てくるのに、頬が引きつる。
「ちょっっっっっと、待て」
俺は右手を顔の前に差し出して俯くと、考え得る全ての答えを導き出そうとした。
そんなことをしなくたって答えは単純明快なのだけれど、もしそれが本当のことだとすると、非常にマズイ。
何がマズイかって……、何がマズイんだ?
でも、こんなことは、許されてはいけないだろう。もしそうだとしたら、確実にそれは裏切り行為というものだ。 |
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2008/07/04(金) 17:26:49
保積 征人
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「おじゃましまーっす」
学校から徒歩10分。大型のマンションの5階の端っこが和紀の家だった。
両親が共働きの為に、今の時間帯には誰もいないということを知りつつも、俺は大きな声でそう言って、買ったばかりのスニーカーを脱いで揃えた。
和紀はいつも通り、玄関にだらしなく靴を脱ぎ捨て、そのまま正面の扉を開けてリビングへと入っていく。
「部屋行ってて」
俺はその言葉に頷いて、玄関から一番近い部屋に入ると、青いシーツのベッドの上に鞄を置いて腰を下ろした。
一息ついて、散らかった部屋の中を見回す。
6畳の部屋を圧迫する大きな本棚には、所狭しと様々な本が並んでいる。俺はそれを端から端まで眺めて、新しい本がない事を確認すると、今度は視線を机の方に向けた。
黒い小型の机の上にはノートパソコンが置いてあって、教科書類の勉強道具はその上の棚に適当に詰まれている。
その隣に置かれた小型のテレビに、沢山の絡まったコード。もうどれがどれかなんて、和紀本人にもわかっていないように思う。そこにばらばらにおいているゲームのパッケージの中には、俺が貸したタイトルもあった。和紀に物を貸すと、大抵汚くなって返って来るわけがわかる。
和紀は几帳面なA型なのに、いつも部屋は汚い。俺もそんなに綺麗好きではないけれど、それなりに分かりやすくしておくので、最初に和紀の部屋に入ったときは驚いたものだ。
「コーラ無かった。ファンタでいい?」
「なんでもいいよ」
両手に大きめのグラスを持ち、口にポテトチップスの袋をくわえて扉を足で開けた和紀。
気持ちその辺りの雑誌類を片付けて、姿を現した折りたたみ式のテーブルの上にそれを置く。
自由になった両手で菓子袋を開けた和紀は、机とセットの椅子に腰を掛けると、チップスを一枚中から取り出して口に放り込み、残りを俺に渡してきた。
「それで、どうしたわけ?」
袋を片手にばりばりとポテトチップスを食べ始めた俺に、和紀は自分の指を舐めながら少し考えこんだ顔を向けると、すぐに軽い溜息をついて下を見た。
「ハッキリしないなぁ」
「なんていえばいいか、わかんねえんだよ」
あはは、と俺が笑って見せると、和紀は薄っすらと茶色い頭を掻いて、もう一度息を吐いた。
今回のはどうやら、決心した、というものらしい。
俺はその間も、ぽりぽりとお菓子をかじっている。 |
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2008/07/04(金) 17:14:36
保積 征人
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保積征人として、15年。
俺は受験シーズンでありながらも、特に慌てることはなく、かといって志望校に向けて情熱を燃やしているわけでもない。
なんだか毎日、時間が経つのが酷くのろのろとしていて、それでも本を読んだり、ゲームをすることで暇を潰している生活。
テニス部を引退してからというもの、テニスをやることもないし、走りこみや筋トレをすることはあっても、現役中ほど真剣にやっているわけでもない。
何かに夢中になることもなければ、何かを疎ましく思うこともなく、言葉を変えれば「平凡」、「普通」……そんな表現が似合うのが俺だって、自分ではっきりとそう思える。
学校は、楽しい。
三年間、何の問題もなく過ごせたわけじゃないけど、卒業まで約半年。今からもう、既に悲しい気持ちが心の奥底である。
日常をぼんやりと、ゆったりと過ごしている割に、時は待ってくれなくて。
分かってはいる、けど。
今年の夏は、陸上競技会で総合準優勝を貰った。
合唱コンクールは三年生の中で銅賞だったけど、サボる人は誰もいなくて、皆楽しそうだった。
先月の文化祭は演劇をやったんだけど、これがまた傑作でさ。
担任は頻繁に面白い話を聞かせてくれるし、周りには自分勝手な人間も多いけど、それはそれで面白い。
良い思い出は、沢山ある。
家に帰れば母親がいて、割と口うるさくなんだかんだといってくるけれど、それは俺が受験生だからだと思うし、心配してのことだってことも分かってる。
親父は特に何も言わないけど、俺のことは応援してくれているようだった。
ボーダーコリーのネロは小さい頃から俺に懐くし、去年のお祭りで釣った金魚は割りと長生き。
ほしいものがあればそれなりにお願い、交渉、交換条件の末に母親が渋々買ってくれるし、毎日誰か彼かからはメールが来る。
休日は友達と遊ぶのも一人で家にいて何かしてるのも、特に差はない。
……一応、彼女も居る。付き合って、半年くらい。
俺は中学校生活を、充分に満喫してるんだと思う。
だから、別に、今の生活に不満なんてないよ。
それは、本当に。 |
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2008/05/24(土) 15:15:32
保積 征人
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帰りのSHRを終える鐘の音が響いたと同時に、鞄に教科書を詰めていた俺の前に立ちはだかったのは、クラスメイトの眞山和紀だった。和紀は長い前髪を触りながら、真顔でその場に佇んでいる。
俺は少しだけ眉を寄せて、何も言い出さない和紀を一瞥しつつも、机の中から数学の教科書を取り出して、鞄へとしまう。
その動作をじっと見ていた和紀だが、俺が
「なんだよ?」
と、鞄のチャックをしめていると、
「相談があるんだ」
その辺りにいる他のクラスメイトには、決して聞こえないような小さな声で言ってきた。
それ自体は特に悩んでいないような表情と声だったけれど、クールで大人ぶってる和紀の口から「相談が」なんて言葉が出てきたことに驚いてしまった俺は、鞄を肩にかけて立ち上がったものの、そのまま暫く放心するしかなかった。
「えっと……?」
念のため、一度確認をしてみて、それでも和紀の顔色が変わらないことを確かめた俺は、
「じゃあ帰り、和紀んち行く?」
そう、やっと言葉をふりしぼって、それに頷いた彼に並んで教室を出た。
一体なんだ?
プライドの高い和紀が、俺なんかに相談?
首を傾げたものの、そんなことを考えたところで到底何かが浮かぶわけではなかったし、無駄に暗い雰囲気を出すのもいやだったので、和紀の家に行くまでの間はくだらない話でなんとか凌いだ。 |
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2008/05/22(木) 21:04:50
保積 征人
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| タイトル |
好感日記 オープン |
今日の気分 | タイトルはダミーにもなってません |
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普段なら、危ない橋なんて絶対に渡らないんだ。
――とは言え、断ることすらできないなんて、情けないにも程があるよ。
ふたりは嘘のあいだなら |
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