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「ま、たまには教師らしい発言もしとかんとあれだからな」
「あれってなんですか」
「そこは追究するなって。教師らしい返答はできんから末松に幻滅されるだろ?」
「どうぞ幻滅させるような発言をしてください。変に偽って良いところ見せるよりも素で接して下さい」
手紙では明日の放課後にこの部屋に呼び出されている。
これといって告白の返事について触れて来なければ、あの手紙についても今は触れて来ない状況。
それについて触れられればどう対応をすれば良いかも分からなくて混乱をしてしまいそうだ。
気持ちは要にあるが、面と向かって好きだといわれれば情けない話……間違いなく揺らいでしまう。
先生と話していても苦は感じず、ビーカーでコーヒーを飲む突拍子すぎる提案だって嫌いじゃない。
「俺に素で接しろっていうなら、そっちも素で接したらどうだ?嘘は無しの本音で話すとかさ」
「本音で話すって……」
「質問したことには正直答えるってのも面白そうだな」
「変な質問をしてきそうで嫌なんですけど」
「変な質問?ああ、もしかしてやらしいことでも考えたか?」
浅海先生は人をからかうような口調をしながら言う。
その目は微かに笑っていて、浅海先生の想像するやらしいことなんて一切考えていなかった。
そんなつもりはないと慌てて否定をするが、慌てるほど怪しいと口元を緩めながら返される。
からかわれても良い気分はせず、浅海先生に向けていた顔をおもいっきり横に逸らす。
「拗ねるなんて子供だな」
「まだ17歳ですからね」
「ほら、良い子だから拗ねるのはやめろ」
「拗ねさせたのは誰ですか」
「ん?ああ、俺か」
わざとらしい口調で浅海先生が言う。
あきれた表情をしながら視線を先生に向けると、相変わらず口元は緩んでいる。
人をからかうのが趣味なのだろうかと思い、話している間に冷めてしまったコーヒーを口にした。
冷めたコーヒーは苦味をさらに増しているような気がする。
砂糖が牛乳で苦味を少しでも誤魔化しておけば良かったと後悔をするが、この部屋にそういうものがあるとも思えない。それにあったとしたら渡されたときに聞いてきただろう。
それか私が聞かなかったから出さなかったという可能性もあったが…… |
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| タイトル |
360#ふと思い出すのは彼のこと |
今日の気分 | 続 |
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幼馴染の話題に触れられると思ったが、コーヒーを渡された為にその話について触れられなくなる。
熱いから気をつけろと注意をしながら受け取ったビーカー。
湯気が立っていてこのまま口をつければ火傷をしてしまいそうだと思ったので息を吹きかけた。
そのまま一連の流れとしてビーカーを口につけて一口飲む。
砂糖も牛乳も入れてないから苦さが口の中に広がるが、そこまで熱いとは思えない。
湯気は見かけただけなのかと思い、ビーカーに入っているコーヒーを見ると湯気はもう立っていない。
……まさかとは思うが、息を吹きかけたときに椎名妹の模倣した能力が発動したのだろうか。
勝手に発動されてもなと内心苦笑を零してしまう。
「今日のコーヒーは美味いな」
「そうですか?家で飲む味と変わらない気もするんですけど」
「どこでどう飲むかじゃなくて誰と一緒に飲むかで味ってものは変わるんだ」
私と一緒に飲むから美味しく感じるとでも言いたいのだろう。
浅海先生は穏やかな笑みを浮かべ、イスに腰を掛けている私の事を見つめてきた。
目が合っただけで頬が熱くなり、慌てて視線を逸らす。
クスッと笑われた気がした。
実際そう笑ったかどうかを確認するために視線を向けることさえもできず、黙ってコーヒーを飲む。
ビーカーで飲むからかなんだか変な気はする。……それでも味に変化は感じないけれど。
衛生的に大丈夫なのかと不安になるが、お腹を壊したらその時はその時で自分の不運を恨もう。
ふと素に返り、要の事を思い出す。
私が望むなら好きになった人も守ってくれると彼は口にした。
それは同情やその場しのぎの言葉ではなかった。
要の漆黒のその瞳には揺るぎない意志が見え、どうしてそこまでして私を守ろうとしてくれるのか。
遼の幼馴染だから?私と要は友人だから?
見捨てればいいのに。自分の命を優先すればいいのに。
そうすれば要は危険と隣り合わせになることもないのに、自分の好きなように生きればいいのに。
「――…つ、……末松?」
名前を呼ばれ、思考回路が現実へと戻る。
私の名前を呼んでいた浅海先生に視線を向けると、安堵の溜息を漏らす。
「なんか悩んでるのか?」
「教師らしい質問もするんですね」
その場の雰囲気を誤魔化すかのように笑いながら口にすると先生は笑ってくれた。 |
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| タイトル |
359#押された背、閉ざされた扉 |
今日の気分 | 続 |
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要に背中を軽く押されたとき、胸が締め付けられるように痛んだ。
伝えてもいない想いをやんわりと突き放されてしまった様な気がして苦しかった。
落ち込む私の心を優しく掬い上げてくれるような浅海先生の言葉に、このまま甘えることができたらどれだけ楽なのだろうかと考える。辛い片思いをするぐらいならば、いっその事と考えてしまう。
そんな風に考えてしまう自分自身が嫌になる。
簡単に切り替えれるほど私の気持ちは薄っぺらなものではないのに――
それでもわずかに揺らぐ気持ちに、要に抱いている感情が薄いものだったのだろうかと不安が募る。
自分の事だから答えを出すのは他の誰でもない私だ。
好きな人がいる、その理由で断ろうと思っていたのに迷いが生じる。
「玖神、ちょっとは気遣えって……」
鼻歌混じりだった浅海先生が苦笑をしながら要に向かって言う。
二人にされるのは辛いと思いながら後ろを振り返る。
要と目が合うが、その視線は直ぐに逸らされてしまい要の視線が浅海先生に向いた。
「…それじゃあ、僕は失礼します」
「おう、ちゃんと授業出るんだぞ」
それなら私も、そう立ち上がりたかったのに力が入らない。
要が私も出るように促してくれればと願うのに、その願いは届かなかった。
私と浅海先生に背を向けて、要が歩き出す。
遠くなる背中に手を伸ばしたかったのに、そうする資格が私にはないのだと思い何も出来ない。
ただ黙って視線を送ることしかできず、扉を開けて部屋を出て閉めるときに要と目が合う。
行かないで、一人にしないで、……そう思いながら要を見つめたのに扉が閉まる。
届くはずがないかと思い、暫く閉まった扉を見つめて視線を浅海先生に戻す。
視線を戻したとき、浅海先生と目が合った。
いつから見ていたのだろうかと考えたが口にはしない。
口にすればこの空間に気まずさが漂ってしまう気がして、そういう状況を作り出すのは避けたかった。
「仲良いんだな」
「中学からの付き合いなもので」
「男と女なのにその頃に仲良くなるなんて珍しい」
「私の幼馴染が最初に要と仲良くなって、気付いたら私も自然と仲良くなったんです」
幼馴染、その単語を口にしたとき、また胸が締め付けられるように痛んだ。 |
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「おっ、末松。心配して来てくれたのか、悪いな」
後から入った希にも気付いたのか、浅海先生が嬉しそうな顔をする。
希は少し戸惑ったようにしながらも頷いて漂う匂いに僅かに眉を寄せた。
「いや、化学教師たるもの、ビーカーとバーナーでインスタントコーヒーは必須かなと思ったんだがな」
手をぶらぶらさせているところを見ると、どうやら熱くて落としてしまったらしい。
ぶちまけられたコーヒーからは未だ揺らぐような細い湯気が立っている。
「火傷、してませんか?」
「火傷? ああ……冷やさないとな」
浅海先生は希の言葉に思い出したように頷いて、備え付けの水道の蛇口を捻る。
しかしその口元はやはり嬉しそうに緩んでいて、その理由が希であることは察するに難くなかった。
直ぐに冷やさないのは熱かったことによる衝撃からか、それとも意外に抜けている性格かのかは分からなかったが。
水を拭き取りながら、浅海先生は希に手招きしながら椅子を引いた。座れ、ということらしい。
どうしようかと困ったような目で見上げて来る希に頷いて背中を軽く押す。
自分でしておきながらその背中を見て、ざわりと胸中が波立つのを感じた。
不穏なそれの、その原因が分からないままにその場で二人の姿を眺める。
本当は出て行く方が良いのだろうが、どうしてだろうか、そんな気にならなかった。
「もう大丈夫だ」
「火傷がですか?」
「いや、コーヒー。縁を持てば良いんだな、ビーカーの」
いつの間にか点火されたバーナーの上には新たなビーカーが乗っていた。
足下には割れたばかりの残骸が転がったままになっている。湯気はもう出ていなかったが。
「そろそろ午後の授業始まるみたいですけど」
「俺は空いてる。俺と一緒なら言い訳出来るだろ、ビーカー片付け手伝ってたでも良いし」
「教員なんですよね……」
「末松と一緒にいる方が大事」
ことんと、茶色の液体に満たされたビーカーがテーブルに置かれる。
入れられたばかりのビーカーには洗濯されたばかりのような白い布巾が添えられ、
浅海先生は鼻唄混じりにもうひとつビーカーを取り出して三脚に乗せた。 |
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浅海先生について、真壁先生との予測は外れたことになるのだろうかと思いながら希と廊下を歩く。
希との仲を揶揄されたのだが、浅海先生が希を気になっていたというのならあの質問にも納得がいった。
もうすぐ鐘が鳴るためか、騒がしいのが教室に移り始めている。
そのまま階段を降りようとしたとき、希が僕の袖を引いた。
「化学室の方通ってから戻らない?」
「うん」
別に遠回りになる訳ではない。せいぜいどの階段を使うか、程度の違い。
それでも希の表情を窺うに、少し緊張で強ばっているのが分かる。
浅海先生に会いたいのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
「…会っちゃうかな」
「どうだろう」
昼休みだからいないかもしれないが、もうすぐ終わるからいるかもしれない。
返すことが出来るのは、そういう曖昧な答えだけだった。浅海先生については殆ど知らないから。
差し掛かって、進めていた足はそちらともなく自然に止まる。
化学室に並んで、化学準備室のプレートの掲げられた教室は静かで、次の時間が空いていることを知る。
暫く、……と言っても一分程度だろうが、希に合わせて教室の閉ざされた扉を眺めた。
希が僕を見上げて、行こうと促すように口を開きかけたとき、ガラスが割れる乾いた音がした。
「ガラス……?」
「なんだろ、割れた音したよね、今」
化学室ではなく準備室の方だろうか、希に一度頷くと、準備室の扉を叩いた。
慌てたような声が中から聞こえ、続いてどうぞと促される。
扉を開けると、やはり白衣姿の浅海先生が居て、僕の顔を見て驚いたように目を丸めた。
「玖神?」
「すいません、割れる音が聞こえましたから」
「ああ、これだ、これ」
浅海先生は苦笑して床を指で指し示す。
確かに浅海先生の足下には元はビーカーと思しきガラスの破片と、茶色い液体が飛び散っていた。
その液体がなんなのかは触れずとも室内に漂う匂いで分かった。 |
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| タイトル |
356#その重さも悪くないと |
今日の気分 | 続 |
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屋上は昼だというのに涼やかで、ゆるりとした風が二人の髪を攫うように撫でていく。
昼休み特有の雑踏は遠くどこか心地よくもあり、活気が戻ってきているのを肌で感じられた。
付き合えば殺されるかもしれない、と俯いた希に倣って紙パックを床に置く。
鬼が襲って来る可能性は、希の運命とは最早不可分のところにある。当然希の意志には関わらず。
だから、それは絶対にないと否定することは出来なかった。出来るならそうしたいが、嘘になる。
失うことに対する怖れも分かる。消えない怖れを抱かれる程のものを、鬼は奪っていっている。
だから諦めろとは言えなかった。希は『初めて』だと言うが、それは間違いだと思う。
だって多分、遼は、旧校舎の闇に消えてしまった彼女の幼馴染みは、希が好きだった。
はっきりと口にしたことは無いけれど、それだけは、遼が傍にいない今さえも頷ける。
遼は最後に、自分のことを忘れろと希に告げた。
それは希に、自分への想いや感情を断てと告げたのと同義だ。
咎になるのが嫌だとするなら、悔いに思って欲しくなかったのだろう。
それが如何に難しいか知っていたからこそ、死を覚悟しても口添えした。
遼だけでなく、僕も、もう希に後悔とか、そういうのはして欲しくなかった。
感情を抑え込んで抱えて、そうして、いつか壊れてしまうのではと考える方が、怖い。
「希の思うようにすれば良い」
顔を上げた希から視線を逸らして眼前に広がる虚空を見る。
光を返す屋上の床は、硝子を散りばめたように煌めいていた。
「でも、もし、殺されてしまったら。そんなのは嫌だ」
「僕もそんなのは御免だ。だから守るよ、希が望むなら」
その重さは、もう充分に知っている。けれど、希が運命に虐げられたままなら意味は無い。
希が浅海先生を…流されるままでも良い、好きになるというのなら、浅海先生も死なせたくはない。
「まもるのが、ひとつ増えるだけ」
好きになることで希の背負っているものが少しでも軽くなるのなら、それでいいと思う。
元々何も無いのなら、ひとつぐらい抱えるのが重くなっても、構わないような気がした。
そう思っているのに、どうしてだろう、昨日感じた淀みがゆっくりと掻き回された気がした。
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「あのさ、明日の放課後なんだけど……」
「寄りたい場所でもある?」
要となら何処でも寄りたいですと心の中で思いながら首を横に振る。
買ってきて貰った苺ミルクを飲んで一呼吸置き、視線を手に持っている飲み物に向けた。
「先に帰ってもらって良い?」
「別に構わないよ」
「うん……」
気乗りしない返事をしたからか隣に座る要がどうかしたかと訊ねてきた。
本当はそう訊ねて欲しかったと思いながら、明日の放課後に呼び出されている事を話す。
顔の表情を一つも変えずに要は話を聞いてくれたが、私が誰に好かれていようが要には関係ないから表情も変わらないのだろうと思うと落ち込んだ気分になってくる。
「どう返事するの?」
好奇心で聞いているのか話の流れで聞いてきたのかは分からない。
苺ミルクの紙パックに刺さったストローの先を噛みながら要の問いについて考え込む。
好きな人がいるという理由で断ろうとは決めていた。
実らない恋に縋るよりも好意を抱いてくれる相手に振り向くのも有りなのだろう。
周囲の友達が彼氏ができたと話を聞くと正直羨ましいと思う気持ちもあり、他の子には出来ているのに自分は出来ていない事への焦りを感じた事は一度や二度ほどある。
それでも好きな人と付き合いたい気持ちもあり、男子にどう好意を寄せれば付き合えるかそういう方法も分からないから男女交際については流れに身を任せようと思った。
もしかすると浅海先生以外で私に好意を寄せてくれる異性は現れないかもしれない。
機会を逃せば一生彼氏が出来ないまま人生が終わることも有り得る。
けれど、今は恋愛をできる立場でもないのは確かだ。
いつ鬼に狙われるか分からないのに恋人を作るなんて、と……そう、考えてしまう。
「初めてなんだよね、男の人に好かれるのって……。
目の前で好きとか言われたら流れで付き合っちゃうかもしれないけどさ」
ストローを噛むのをやめ、思った気持ちをそのまま話した。
手に持っていた紙パックをコンクリートの地面に置いて、膝を抱えた。
「もし誰かと付き合っても、その誰かが鬼に殺されるかもしれないんだよね」
頭の中で想像をした誰かは隣にいる要だった。
楽しい想像はできないのに血塗れになる要の姿は安易に想像がついてしまう。
「こんな力のせいでまともに恋愛もできないなんて嫌だな……」 |
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授業中に改めて手紙を読み返すと、明日の放課後に化学準備室に来て欲しいと書いてある。そこで告白の返事をしなければいけないのかと思うと溜息が自然と零れ落ちてしまう。
勝手に手紙を出して、勝手に告白する日時まで決めて……意外とせっかちな人なのだろうか。
三時限目の化学の授業は、例の浅海雅貴先生が担当になる。
二年を教えてくれた担当の先生が入院をした代理と説明し、簡単な自己紹介をしていた。
その容姿に女子数名は目を輝かせながら、浅海先生の話す事を聞いている。
手紙をくれた人に授業を教わるというのは不思議な気持ちで、授業中に私に何かしてくるのではないかと不安になったがそれは思い過ごしで終わってしまう。授業を教える態度も至って普通で、最初に出席を確認するときも私は他の生徒同様の接し方。前の先生とは違う授業の仕方や進み具合に慣れなければと思い、後半は意識せずに浅海先生の授業を受けた。
授業の前半に変に意識をしすぎたせいで疲れが溜まった。
新鮮な空気が恋しくなったので教卓の前に立つ浅海先生の前を通りたくなかったので後ろのドアから教室を出て、開いている窓の前に立ち、ゆっくりと深呼吸をする。
いつもと変わらない窓の外から見える風景。
吹き付ける穏やかな風は心地良く、今日は比較的過ごしやすい一日になるという天気予報を思い出していると背後から髪の毛を触れられる感覚に驚いて後ろを振り返った。
振り返った先にいたのは浅海先生。
どんな顔をすればいいのか迷いながら、私の髪を触れるその手に視線を向ける。
「それセクハラです」
「おっと、訴えられるのは勘弁。……で、手紙読んだか?」
「感動とは違う意味での鳥肌が立つほどの素敵な文章でしたよ」
「そりゃあ褒められてるのか貶されてるのか……。一生懸命書いたから、ちゃんと考えてくれよな」
また明日放課後に、浅海先生はそう言うと手に持っていた出席簿で頭を軽く叩かれた。
叩かれた部分を手で押さえると浅海先生は私の傍から立ち去ってしまう。
もっと話していたかったわけではないが、どんな人物か知る時間は欲しかった。
初めて貰ったラブレターで気分は舞い上がる。
それでも誰かに自慢をしたいほどのものでもなく、先生から貰ったと言えば噂を流されるのは確実。
先生と生徒、その壁は厚いが……私と要の間にある壁よりも薄い気がした。 |
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想いが綴られている手紙を渡されたのは初めてで正直戸惑う気持ちが強い。
これは誰が書いた手紙なのだろうかと思いながら文末に視線を向けると手紙を書いた人物の名前が明記されており、鳥肌が立つ内容の文面に気を取られて名前の存在に気付かなかった。
名前は書いてあるが学年やクラスについては書かれていない。
聞いたことのある名前ではあったが顔が思い浮かばない。
「浅海雅貴って知ってる?」
「えっ?」
「浅海って此処に書いてあるの」
「化学の臨時教員の、浅海先生なら知ってるけど」
それは予想もしていなかった人物からの手紙だった。
教師が出すわけないという考えがあったから名前を聞いても顔は思い浮かばなかったのだろう。
昨日のすれ違い様の微笑を思い出し、どうして私は好かれたのだろうと疑問が生じる。けれど手紙の最初の一行には「一目見たときから……」そんな件で始まっているから、一目惚れをされたのかと心の中で生じた疑問を一人で解決させてしまった。
「あっ、」
「……希?」
「今日、化学の授業ある……。もし浅海先生だったらどうしよう?どんな顔すればいい?」
思わず要に意見を求めてしまった。
要は普通にしていればいいんじゃないかと言ってくれたが、単純に見えるが普通の素振りは難しい。
好きな人に意見を求めるなんて私はどうかしていたなと思いながら手紙を封筒にしまう。
今まで特別関わりを持ってもいない人から貰った手紙でも多少嬉しい気持ちが生じた。
実際にそんな事起きる筈は無いと思うが、もしこの差出人が要だったら――
要が私を好きになる事はないと分かっている。
頭の片隅ではそういう関係にならないと割り切っているから、手紙の差出人が要だったらと馬鹿みたいな想像をしたって私の胸は締め付けられるように痛み虚しくなるだけだった。
「今日のお昼さ、一緒に食べよう」
「……ああ、うん。屋上に行けば良い?」
「そんな感じで。来る前に購買でお昼を買ってくるならさ、苺ミルク買っておいて」
お金は後で払うから、そう言って要の傍から離れた。
ラブレターを貰っても要は特別な反応を示してはくれない。
想われていないのだから反応がないのは当然だろうが、寂しいと思ってしまう私がいる。 |
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いつもと変わらない時間に置き、いつも通りに支度をして、いつも通りに朝食を食べて、いつも通りの時間に家を出て、最近では一緒に登下校をするのが当たり前になってきた要と会う。
今日も学校で授業を受けて、要に家まで送ってもらって一日が終わる。
もちろん平和なのは良いことであるが、何か刺激や変化が欲しい。
その刺激や変化ってのも鬼に関わることではなく、自分の生活に支障が出ないほどのものだ。
できれば悪いことよりも嬉しいことが起きればいいと思うのは贅沢な願いなのだろう。
時間が時間だからか未だ人の少ない下駄箱。
クラスが違うから自然と離れる要との距離を寂しいとも思わず、『末松希』と表記されている開け慣れた下駄箱に手を掛けると見慣れた靴と、見慣れない白い封筒が視界に映る。
誰かのを開け間違えたのかと疑問を抱きながら名前を確認してみるが間違えていなかった。
靴を履き替えた要の元に駆け寄り、何も言わずに背後から腕を引っ張ったので驚いた顔をされる。
引っ張った相手が私だと知るとどうかしたのかと訊ねながら首を傾げられた。
下駄箱に何か入ってると言うと要の顔が強張る。
“何か”という表現の仕方が悪かったのだろう。封筒と言えば良かったのかもしれないと思いながら、要と二人で下駄箱の前に立って、例の入っている何かを見せた。
「……封筒?」
「小型の爆弾が仕掛けられていたりして……」
誰の仕業で、そんな言葉は要の口から出なかった。
見慣れない白い封筒は鬼の罠なのではと疑ってしまう。
要がそ例のものを手に取って中を開けるが大小問わずの爆発は起きない。
「ただの手紙みたい」
「手紙?」
「さすがに中は見れないから……」
苦笑いを浮かべながら要が開封した白い封筒を渡してきた。
何が書かれているか気になり、私はその場で手紙を取り出して内容を確認する。
長々と綴られた文章に目を通すが書かれている内容に理解をできず首を傾げ、もう一度読み返していると徐々に文面が私への愛を綴っているものだと理解ができた。
「要、……どうしようラブレターだ、コレ」
ラブレターと口にするだけで恥ずかしく、初めて渡された経験にも恥ずかしくなった。
手紙の文面は書いた本人の独自の世界が表現されていて鳥肌が立つ。
感動をして立つ鳥肌とは違うなと思いながら、また最初から文面に目を通す。 |
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