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別の時間にも青華さんに稽古をつけてもらっていたということや、これから散策するということ、明日景時さんに会いに行くということを伝えると、納得したような表情を見せた。
景時さんの居場所は九郎さんなら知ってると思ったけれど、少しだけ悪い雰囲気になった今、聞くことが躊躇われた。
でも、せっかくの機会だから、と聞くことにした。
だけど、九郎さんが先に口を開いた。
「今日は一緒に行ってやれなくてすまない」
「…え?」
まさか九郎さんの口からそんな言葉が聞けるとは思わず、ぽかんと口を開けてしまう。
近くにいた譲も固まっているらしく、思わずしーんとなる。
「な、何だ!その顔は…。今は忙しい時期だから、なかなかお前達と日程を合わせることが出来ないんだ…」
「…別にもう気にしてませんよ」
これは本当の気持ちだった。
そりゃ、さすがにドタキャンされた時はムカっときたけど、謝罪の言葉を聞いた時、そんな思いはどこかに吹き飛んでしまった。
「そうか…」
「九郎さんが忙しいのはわかってますから、本当に気にしないでくださいね」
「…ありがとな」
九郎さんが微笑むと、思わずドキっとした。
この人こんな無邪気な笑顔するんだ…。
失礼だけど、そんな風に思ってしまった。
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明日景時さんを探しに行くことになり、残った時間を剣の稽古と京の町を散策することにあてることにした。
やっぱりある程度地形を知っておきたいし…。
そう思って、早速外に出ようとすると、譲に止められた。
ああ、そうだ。まだ誰にも言ってなかったんだ。
気持ちが先行して、そんなことも忘れていた。
「どこに行くんですか?」
「うん、神泉苑で剣の稽古を少ししてから、散策してこようと思って」
「一人じゃ危険です。俺も行きます」
「大丈夫だよ。それに私が稽古してる間暇になるでしょ?だから…」
私の言葉を手で制して、譲は言う。
「もし、怨霊が出たらどうするんですか?」
その時は浄化する。といってもまだまだ今の実力では一人でやるのは厳しい。
ここに来てから怨霊とまだ戦っていないし…。
譲の問いに答えることが出来ないでいると、譲はすみません、と謝った。
「言い過ぎました」
「ううん、そんなことないよ。私の考えが甘かったんだから…」
譲の準備を待って、その間に朔に出かけることを告げて、神泉苑に向かった。
人気がないから、思い切り剣を振るうことが出来るのは有難い。
まだまだ慣れてないから、無駄な動きが出てしまうし…。
青華さんに教えてもらったことと、リズヴァーンさんに教えてもらったことを思い出しながら、剣を振るう。
うーん、まだ肩に力が入っちゃう。
それを調整しながらやっていると、不意に譲以外の人の気配を感じて振り返る。
「あ…、九郎さん…」
「…ここで何をやっているんだ?」
「…剣の練習です…」
九郎さんには見られたくなかった。
やっぱり花断ちを完成させてから見てもらいたかったから。
剣をしまうと、九郎さんは訝しげに私を見る。
「何故しまうんだ?俺に構わずやればいいだろう」
「いえ、もう終わろうと思っていたので」
「…俺がいてはやりにくい、ということか?」
「別にそんなことは言ってないです」
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「――それで、僕に何かようですか?」
奏ににこりと微笑む弁慶とは逆に、私はどっと疲れていた。
何が哀しくてあの部屋に何度も行かないといけないのか。
主を見つけ出すだけで苦労するなんて、笑えない。
「景時さんが、どこにいるか知りませんか?」
「景時、ですか……?」
少し考え込んだ弁慶は一度私に視線を向ける。
小さく首を振ってこたえると、小さなため息を零した。
「僕も大体のことしか分からないんですよ。京中を走り回っているようですから」
残念そうにする奏に弁慶は笑う。
心配する事は無い、とでも言うように。
「当てはありますから大丈夫ですよ。それより青華、何か言いたいことでも?」
気づかれていたのか、有無を言わさぬ笑顔を向ける。
どこから切り出したものか……。
「明日、どうしても行きたい場所があるから、奏たちのことを任せてもいい?」
「……どこへ、行くんですか」
ぐっと詰まる。
素直に言うべきか、それとも誤魔化すべきか。
もし奏から朔のほうに話が回ると、私の行き先はきっと咎められる。
それでも弁慶の視線には耐えられるに口を開いた。
「六波羅……」
「なるほど」
何を目当てで行くのか理解したのか、仕方ないと弁慶は息を吐いた。
きっと、目の前のこの人に相談してもいいのだろう。
それでも私は、どうしても聞くことはできなかった。
「では明日、僕が景時の捜索にお供しましょう。青華、無茶はしないように」
「分かってるわ」
話の流れについていけていない様子の奏に、青華の行き先は聞かなかったことにしてくださいね、と弁慶は笑んだ。
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書簡に目を通しても頭に入らないのは、ずっと引っかかっていることがあるからだと思う。
朝からずっとそればかりを考えている。
こんな事じゃいけないって分かっているのに。
「青華さん、今いいですか?」
「どうぞ」
開いていた書簡を閉じ、箱に仕舞う。
やっぱり、行くべきかなあと無意識に頭の中で考えた。
そのためには弁慶に許可を貰わないといけないけど。
本来ならば九郎に相談すべきなのだと思うけれども、理由が理由だけにすべてを話せない相手に相談するわけにもいかない。
「仕事中でしたか?」
「ああ、いいのよ」
どうせ本来やるべきものは弁慶のところにまわっているのだろうから。
「あの、景時さんがどこにいるか分かりますか?」
「景時さん……ねぇ」
うーんと首を捻る。
陰陽師として今は忙しいのだと聞いた。
「ごめんなさいね、私もよく分からないのよ」
景時さんは九郎の直系の部下じゃない。
鎌倉殿の腹心だ。それだけで違いは大きい。
「弁慶のほうが詳しいかもしれないわね。……うん、弁慶のほうがいいわ」
一人納得するように頷く。
確かまだ部屋にいたはずだ。
腰を上げた私に、慌てて奏も立ち上がる。
「私も行きます」
「……呼んでくるから、ここで待ってて」
「でも……」
「いいから」
あの部屋は、人が立ち入っていい場所じゃない。
あの弁慶が実はかなり適当な人だと知っているのはほんのわずかな人間だけ。
きっと朔はまだ気づいていないから、知られるわけにはいかない。
「ちょっと待ってて」
私を呼ぶ奏の声を無視して、あの危ない部屋へと私は急いだ。
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九郎さんのことが嫌いなわけじゃない。
ただ、九郎さんの言い方がきついんだと思う。
きっといつかお互いのことを理解出来る日が来ると思う。
いつも自分のことばっかり考えて、九郎さんの気持ちを考えてなかったのは事実だし…。
九郎さんの立場になれば、突然現れた女の子に「一緒に戦わせてください」なんて言われて、「はい、そうですか」と受け入れられるわけがない。
すぐに受け入れてしまう方が怖いし、不安だと今なら思える。
それでもやっぱりああいう言い方は好きじゃないけど。
「花断ちを認めてもらえれば、少しは…仲良くなれるんじゃないかなぁと思ってます」
あくまで私の希望だけど、認めてもらえれば、前よりは距離も縮まるはず。
青華さんは「そうね」と言って微笑んだ。
剣をしまい、服を着替えに部屋に戻る。
「奏、お疲れ様。後でお茶を飲む?」
「うん。あ、でも自分でやるからいいよ」
「いいの。私が貴方にしてあげられることってあまりないから…」
私は決してそうは思わない。
朔の存在は私にとって大切なもので、多分朔がいなければ私はここにはいなかったと思う。
それに家事全般を彼女はやってくれている。
「朔、私達って友達でしょ?そんなこと気にする必要ないと思うんだけどな」
「え…?」
「あれ?もしかして、私だけが思ってたの?」
そうだとしたら恥ずかしいなぁ、なんて笑っていれば朔は目を潤ませる。
それを見て慌ててしまって、何と言ったらいいのかわからなかった。
オロオロしていれば、朔は笑って「有難う」と言った。
それだけで私は嬉しくて、この世界でもう少し頑張れそうな気がした。
「あ、そうだ。景時さんっていつ頃ここに帰ってくるの?」
「そうね……今は忙しいから、まだいつ戻るかはわからないの。弁慶殿か九郎殿に聞いたらわかると思うのだけど…」
九郎さんは今ここにいないから弁慶さんに聞くのがいいだろうと思った私はすぐさま弁慶さんを探した。
あ、青華さんも何か知ってるかもしれない。
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「君でも、無理ですよね?」
ぽつりと囁いた弁慶の言葉に、思わず顔を上げる。
残念そうに山を下る奏を慰める譲くんと朔、それを追いかけるような歩く白龍、そのさらに少し離れた後ろを歩く私と弁慶。
この会話の中身は、きっと聞かれることなどはないだろうけれど。
「やらせたいの?」
「いいえ」
どちらにしても無理、と小さな声で呟けば納得したように頷く。
無意識のうちに袖の上から腕を掴む。
私の体に刻まれているものは、腕だけではないけれども。
奏は先生に会えなかったせいからか、一段と荒っぽく剣を振るう。
横で眺めながら切り上げるように告げる。
「……九郎のこと、悪く思わないでね」
いい印象は無いだろうけど、と苦笑するとそんなことは無いと言う。
でも、九郎はいつも言い方が悪いから。
私はよく分かっているけど、なれない人にはきつい一言も多い。
「鎌倉殿の名代として、九郎も大変なのよ」
今日だって、神泉苑に行かなければいけなかったみたいだし。
後白河院の命とあれば、逆らうわけにもいかないだろうから。
眩しいほどに誠実で、真っ白で。
弁慶だってきっとそれは、痛いほどに感じてるんだろうけど。
私だってもう綺麗じゃない。
「嫌わないであげて、ね」
九郎は意味なく怒ったりなんてしない。
頭ごなしに怒鳴られることは無い、とは言わないけれどちゃんと九郎にだって考えがあるって知ってる。
「青華さんは……」
「ん?」
「九郎さんのこと、よく知ってるんですね」
知ってるよ、だって九郎はただの私をよく見てくれた人だから。
九郎は、『兄』弟子であって、それ以上でもそれ以下でもない。
「長い付き合いだもの」
そして、私も九郎『妹』弟子でしかない。
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準備も整い、弁慶さんも来たみたいで、私は居間に向かう。
九郎さんは忙しいのを理由に来なかったらしい。
…最初から来る気がないなら、言ってくれればいいのに。
ドタキャンをされるのはやっぱり腹が立ってしまう。
勿論、本当に忙しかったのなら申し訳ないけど…。
「鞍馬までの道程はわかりますか?」
「ええ、覚えているから安心して」
「お願いします」
リズヴァーン先生にもう一度会いたい。
教えてもらいたいことはたくさんある。
花断ちだけじゃなくて、他の剣術も教えてもらいたいし、この世界で生きていくための極意なんかもあれば教えてもらいたいと思ってる。
この世界には戦がありふれていて、自分がいつ命を落とすかわからない。
帰るためには生きなきゃいけない…。
だから、どうやってこの戦の多い世界で生きていけばいいのか、参考までに聞いておきたかった。
「よし、行こう」
「先輩、随分気合い入ってますね」
「うん、色々聞きたいことあるから」
京邸を出て、青華さんに案内してもらいながら、鞍馬に着いた。
こんな人気のない場所に本当に先生がいるのかなと思わず考えてしまった。
「今日中に見つかる、かな…」
「大丈夫よ。確か庵はこっちだったと思うけど…」
「大抵ここの庵にいるようですから、今日もいるといいですね」
「そうですね」
皆についてきてもらっているし、何とか今日中に会いたい。
青華さんの後をついて行くと、途中で見えない壁にぶつかる。
何か透明の壁があるのか、どうしても通り抜けることが出来ない。
「何なんだろう、これ」
「結界、みたいね」
「結界ですか…。そうなると僕達の力でどうにかなる問題ではなさそうですね。景時でなければ無理でしょう」
なぜ景時さんなのかと聞いてみれば、景時さんは陰陽師でもあるらしい。
朔のお兄さんって陰陽師でもあるんだ…。凄い。
でも、ここまで来たにも関わらず、先生の庵にすら辿り着けないのは結構ショックだった。
ここにずっといたところで先に進めないから、と仕方なく山を下りることにした。
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朝餉の後、まだ二人が来る気配がないようなので、一度自室に下がる。
たまった雑務に自然と肩が凝ってきた。
ああ、でもまだ楽なほうだろうな。
奏の前に現れた先生のことも気になるけれど、他のことも気になる。
昨夜の事は気づかれていないのだろうか。
もし話が回っているとしたらとっくに景時さんから何か言われるだろうし、下手したら九郎のほうまで……となったら、弁慶が今度は止めるか。
私が関わった時点で、何か気づかれてもおかしくないし。
思わずこぼれかけたため息をこらえる。
目を通す書類も進まず、結局ため息はこぼれるのだけど。
「青華、弁慶殿よ」
「……九郎は?」
それがね、とため息を零す朔の話を聞いて、苦笑した。
曰く、忙しいを理由に来なかったらしいのだと。
「まあ、仕方ないわね。奏が花断ちができるようになるまでは、九郎はどうしようもないでしょうし」
「でも、」
「大丈夫よ、鞍馬の先生の庵なら何となく私も場所くらい覚えているから」
傍らに置いた、愛刀に目をやる。
これを受け取ってから、何年経ったか。
あの頃なぜ先生が私にこれを渡したのかは分からない。
もしかしたら、先のことをご存知だったのかもしれない、とさえ思う。
それでもこれがあることを私は感謝している。
「今日は、朔も一緒に来る?」
「でも、構わないの?」
「平気よ。自分から奏の前に姿を見せたのだから、先生も八葉だって可能性もあるし」
「まさか……」
「神子の周りに、集まるのでしょう?まさか、かもしれないわ」
行きましょう、と言う私に朔はためらいがちに頷いた。
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翌朝、朝食の手伝いをしながら譲と朔にもリスヴァーンさんの話をする。
朔ならリズヴァーンさんのことを知ってるんじゃないかと思って聞いてみたけど、あまり人前に出てくることはなくて、謎めいた人らしい。
なら、どうして私の前に現れたんだろう?
見たこともない私に、僅かな時間とはいえ、稽古までつけてくれた。
「そのリズヴァーンって人は本当に大丈夫なんですか?」
「青華さんや九郎さんの師匠だっていうから大丈夫だよ」
「でも、もしかしたら嘘をついてるのかもしれませんよ」
でも私に嘘をついたところでメリットはあるのかな。
白龍の神子だってことは多分ここの人しか知らないだろうし。
「大丈夫だと思うよ。とても嘘ついてるようには見えなかったし…。それに今日皆が会えば本物だってわかるし」
「…わかりました。俺も行きますからね」
「有難う、譲」
料理もそろそろ出来てきて、朔が朝から仕事をしているという青華さんを呼びに行き、その間にお皿に盛り付け、運んでいく。
今日は九郎さんもこっちに来るそうで、今日こそは口論しないようにしなきゃいけないな。
皆に迷惑かけちゃうし…。
「先輩、どうかしましたか?」
「九郎さんと喧嘩にならないようにしなきゃなって」
「大丈夫ですよ。先輩は人と仲良くなるの得意じゃないですか」
「大抵の人なら大体は…ね」
今日は自分から歩み寄ってみよう。
相手に何かを求めるより、自分が変わっていく方が簡単だろうし。
そうこうしてるうちに青華さんと白龍が来て、朝食を摂る。
弁慶さんは昨日ここに泊まらずに、今日九郎さんと共に来ると言っていた。
「リズヴァーンさんは鞍馬にいるんですよね?」
「ええ、そこに暮らしてるけれど、いつもいるとは限らないわね」
「事前に連絡出来れば良かったんですけど、すぐにいなくなっちゃったので…」
「仕方ないわ」
いるといいなと思いながら朝食を食べた。
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「もう、平気よ」
完全に気配が遠ざかってから、背後に声をかける。
顔を出した敦盛くんは、理解できないといった顔をしていた。
「青華、貴女は……」
その先は口にはしなかった。
お互いに何も言わないほうが、きっといい。
並んで腰掛けて、小さく息をついた。
「どうして追われてたの」
平家はとっくに京を出たのだと思っていた。
まさか敦盛くんをおいていったわけではないだろう。
「これを」
手の中にあるのは美しい横笛。
昔から敦盛くんは笛が得意で、私はその音を聞くのがとても好きだった。
「これを、返さなければならないと思って」
「……勿体ない、わね」
心底思う、あの音が聞けなくなるのは惜しい。
私がそんなことを考えるべきではないのかもしれないけど。
「敦盛くんの笛が聞けなくなると、皆惜しむわ」
「そんなこと」
「あるわよ」
それに、何よりも笛を大切にしていたこと、兄と合わせることを好んでいたこと、私はまだ忘れていない。
「……別れがたくは、ないの?」
悩むように視線を落としていた敦盛くんが、不意に笑った。
「そうだな、青華の言うとおりだ」
「だったら、それを持って、帰って」
誰もこないうちに。
知り合いをとらえることが出来るほど、私は冷酷になりきれない。
「気を付けて」
また、などとは言わない。
次に会うのが戦場ならば、会えないほうがずっといい。
どうか、無事で。
私はただ、それだけを願い続ける。
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