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2008/09/05(金) 22:25:29
メルキオール
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エルヴァーナは書斎に向かう途中、その場所が公的な執務室ではないということを説明してくれた。
執務室ではあるが、今回案内されるのは、エドヴァルドが籠もって何か仕事をしたいとき、他人に邪魔をされたくないというときに籠もる書斎であると聞いて、二人は顔を見合わせた。
いいのだろうかといぶかる様子に、エルヴァーナは「いいのですわ、父がいいと言ったのですから。」とくすくすと笑った。
書斎は、館の奥まった場所にあった。
確かにこの場所であれば、単なる来客はここまで通されないだろうと思われる場所で、その書斎には毛足の長い柔らかなカーペットが敷き詰められていたが、低いテーブルのほかには椅子もなく、カーペットの上に座って生活するティオティラの習俗を反映したものになっていた。
「来たかね…、好きなところに座りたまえ。」
勧められてメルキオールもフェリドも、エルヴァーナ姫も適当に座る。
座るといっても椅子でないだけ視点が変わるものだと、メルキオールは妙に感心した。
「…娘が君たちに同行したいそうだが。」
エドヴァルドはほとんど前置きをすることなく、いきなり用件を切り出した。
「はい。」
父親に視線だけを向けられて、エルヴァーナ姫ははっきりと声に出して頷いた。
メルキオールは相変わらず少し困ったような顔をしていたが、やがて言葉を選んで話し出した。
「同行と言いますが、姫を地の底にお連れするわけにはいきません。
大丈夫とは思いますが、どんな危険があるか分からないところもありますし。」
メルキオールの言葉に、エドヴァルドは探るような視線を向けた。
その視線は初対面のときのような否定に満ちたものではなかったが、それでも疑念を消しきれない視線でもあった。
「…分からないからこそ、私は娘を同行させるつもりだ。
正直、私は君の起こす奇跡のような光景を見たが、君が地底でなしてきたことは見ていない。
君はどうも説明が苦手らしいな、君の説明にも私は満足していない。
地の底で何があったのか、私はエルヴァーナに自分の名代としてしっかり見てきてもらうつもりだ。」
この件については、父と娘は既に話をしていたのだろう。
黙り込んだメルキオールに、フェリドが再びそっと耳打ちした。
「男は引き際が肝心ですよ、メルキオール。」 |
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2008/09/05(金) 22:07:35
メルキオール
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彼女は引き下がりそうもない―。
そう見て取ったメルキオールは、素早く頭をめぐらせ、一計を案じた。
たまさか己の掛けた罠にかかる猟師がいることも考えもせず。
「…エルヴァーナ姫。」
メルキオールがしばらくの間を置いて姫に呼びかけたとき、姫の肩はびくりと震えた。駄目だと、きつく叱られるとでも思ったのだろうか、真意は分からない。
「あなたはティオティラの姫です。
この封土に世継ぎの君は貴方しかいない、その貴方を、勝手に薄暗い洞窟にお連れして危険に晒すわけにはいきません。」
メルキオールはごく改まった話し方をしており、「勝手に」のところにいくらか力を込めた。
「お父上の知らないうちに貴方を地の底へお連れするわけにはいかない。
そんな勝手なことは出来ません。」
本当は、危険なこと、と言いたかったが、危険と聞くとさらにエルヴァーナがむきになる気がして言葉を選んだ。
しかし、気落ちするかと思ったエルヴァーナは、逆にぐっとこうべを逸らして、自分より頭ひとつ高いメルキオールを真っ直ぐに見た。
「―分かりました。
では、父の承諾が得られれば、ご承知くださいますね?」
得られるはずがない、と思っての申し向けだった。メルキオールは、父に話してきます、と身を翻したエルヴァーナの後姿を戸惑いがちに見送った。
そのメルキオールに、僅かに眉尻を上げて囁くように呟いたのはフェリドだった。
「メルキオール、どうやら観念した方がいいかもな。」
「観念って、観念ってそれどういうことさ、フェリド?」
メルキオールは半ば分かってはいたが、認めたくなくて反論にもならない様子で言い返した。
メルキオールの言葉でエルヴァーナ姫は本当にエドヴァルドに話しに行ったのだろう。
領主を持ち出したのは失敗だった。
この点はメルキオールも認めざるを得なかった。
断られると踏んでいたが、万が一、エルヴァーナの説得が勝ったら…、断ることは出来なくなる。
果たして半刻の後、再び戻ってきたエルヴァーナは、
「父が、お二人を書斎にお呼びするようにと。」
と言って二人を促し、メルキオールは仕方なしに今回の滞在で初めて足を踏み入れる領主の執務室に向かうことになったのだった。 |
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2008/09/05(金) 21:45:09
メルキオール
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一緒に行かせてください、とエルヴァーナ姫に請われて、メルキオールはほとほと困惑した。
生ける炎は封印したはずだった。
だが、ひとつ不安要素もある。通常、メルキオールの故郷ではこれほど大掛かりなものではなくとも、封印の魔法を使う際には、例えば閉めた扉に鍵を掛けるように、その封印する呪物に縁の何かを「核」として魔法陣の中心に据えるのだ。
だが、このティオティラで、生ける炎に属するものは、何もない。
もし万が一何か「核」になりそうなものがあるとしたら、それは自分自身だ、とメルキオールは思ったが、自分を贄とするなら今度は封印の魔法を掛ける者がいなくなる。
使える「核」のない状態で、封印の魔法がどこまで有効なのか。懸念は常にメルキオールの中にあった。
水が戻り切れない、という報告で懸念は憂慮へと変わった。
やはり、封印は不完全なのだ。
正直なところ、手駒が増えたわけではない。この状態で再び洞窟の奥底へ出向いたところで同じ結果しか招かないかもしれない。
だが、ただこのまま封印が破られ、生ける炎が生長していくのを見過ごすわけにはいかないと思ったのだ。
生ける炎は、封印が完全に解ければ反動のように一気に生長するだろう。炎が生長するということは水が涸れるだけでは済まない事態を引き起こす。
肥大した炎はいつか大地を食い破って地上に満ち、移動しながらあたりのものを焼き尽くしていくだろう。
その様は、大きな火山が噴火して溶岩が多量に流れ出していく様に非常に似ているはずだ。
封印するなら、炎が未だ小さい今のうちしかない。
本来、フェリドを巻き込む気はなかったが、友人の助力はありがたかった。
しかし、エルヴァーナ姫が行きたいとなると話は別だ。
メルキオールは既にこの型破りのティオティラの姫君がとても好きになっていたが、彼女に何もかもを話す気はなかったし、逆に好きだからこそ巻き込みたくないということもあった。
実際のところ、彼女が何の説明も受けず、溶岩の淵を覗き込んでも、メルキオールが魔法陣を描くさまを見ても、真実への理解は及ぶまい。
それよりも単純にメルキオールは彼女を危険に巻き込みたくないと思っており、そして彼女の決意が固いことに困惑していた。 |
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2008/09/02(火) 20:14:00
エルヴァーナ
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「では、私もお連れ下さい」
きっぱりと口にしたエルヴァーナに、メルキオールとフェリドはいくらか目を見開いた。
「洞窟が大丈夫だと仰るなら、私がご一緒でも、問題はないのでしょう?」
「いえ、でも、次に何も起こらないとは言い切れ―――」
「それに私に一言も教えて下さらないなんて、あんまりではありませんか…!」
フェリドの言葉を遮り、素早く振り向き言い返した後、エルヴァーナは、またメルキオールを見る。
「実は…先日仰っていた洞窟でのお話が、ティオティラの問題というだけでなく、メルキオール様やフェリド様にとっても、何かの問題であった、という事は気づいています。それがお二人にとって、どういった問題であるかは、私には分かりません」
そこまで言うと、エルヴァーナはふと息をついた。
「本当は教えて頂きたいけれど…お二人がどうしても話したくないと仰るなら、それも仕方ありません。でも、再び洞窟へ行かれるというのなら、私も行きます」
「でも―――」
「一緒に行かせてください…!」
何かを言いかけたメルキオールを遮り、エルヴァーナは訴えた。
「私がお力になれる事などないかもしれません。でも行きたいのです。……私は、お二人と一緒に居たいのです。ただ…それだけです」
エルヴァーナは、ティオティラの為だとか、理由をこじつけたりはせず、本当の気持ちを言った。
我が侭な申し出だとは、エルヴァーナも分かっていた。
だが、二人が首を縦に振るまで、その場を動くつもりはなかった。
体の前で、両手を強く握りしめる。
一度行った洞窟に再び行く、とメルキオールは言う。何か気になるからこそ、否、もっと言ってしまえば、何か問題があるからこそ、二人は行くのだ。
二人を信用していない訳ではない。二人が何をしようとしているか分からないからこそ、エルヴァーナもまた、理由のない不安にかられるのだ。
二人が行くと言うのなら、一緒に行きたかった。それだけは、譲る気はなかった。 |
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2008/09/02(火) 20:13:37
エルヴァーナ
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「メルキオール様! メルキオール様ッ?!」
扉を叩き、声を荒げるエルヴァーナの声に、扉はすぐに開いた。
現れたのはフェリドで、どうやらメルキオールと話していたらしい。
開かれた扉から、一歩部屋に入るなり、エルヴァーナはどきりとなった。
部屋の中では、メルキオールが自分の荷物を整理している様子があったからだ。
「旅に…ここから出て行かれるおつもりなのですか…?」
どこか怯えた様に、エルヴァーナは言った。
ふと、メルキオールの視線がフェリドに向けられ、エルヴァーナはつられる様にフェリドを見る。
フェリドは僅かに視線を落とすと、扉を閉めた。
落ち尽きなく二人の顔を交互に見るエルヴァーナに、メルキオールは立ち上がる。
「ティオティラを出て行く、という訳ではありませんよ」
「では、何処へ行かれるおつもりですか。先程ベルマが―――」
そう言いかけた時、扉がノックされた。側にいたフェリドが、再び扉を開くと、そこに居たのはベルマで、「お持ちしました」と手にしていた物をフェリドに差し出す。
「有難う御座います、ベルマさん」
そう言って受け取り、フェリドはまた、扉を閉めた。
「……ご説明ください。教えて下さるまで、私はここを一歩も動きませんわ」
少しの沈黙の後、エルヴァーナは、メルキオールを見ていった。
メルキオールは、困った様に笑う。
「そんな恐い顔をしないで下さい。別に大したことではないのです」
「では何処へ行かれるおつもりなのですか」
「洞窟へ、もう一度行こうと思っているだけですよ」
「洞窟へ?」
怪訝そうに眉を顰めるエルヴァーナに、メルキオールは頷く。
「水が戻らない、という報告がまだある様なので、もう一度様子を見に行こうと思っているだけです。心配には及びませんよ」
「……つまりメルキオール様は、たった数日しか経っていなくても、水が戻らない、という事はおかしいとお考えなのですね?」
いつになく険しい表情のままのエルヴァーナに、メルキオールは苦笑を浮かべる。
「姫、少し様子を見に行くだけです。洞窟へは一度入っておりますし、何も心配はありません」
横からフェリドが静かにそう言う。
エルヴァーナはじっとフェリドを見た後、何かを考える様に一度視線を落とし、それからまたメルキオールを見た。 |
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2008/09/02(火) 20:12:52
エルヴァーナ
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クスッ、とフェリドが笑う。
「そうですが、時としてあの方は、話したと思い込んでいる事もありますよ」
「え? そうなのですか?」
「ええ、先日も、そういった事もありました。『あれ? 話してなかったっけ?』などと言われましたよ」
「まあ…」
軽やかに話すフェリドに、エルヴァーナもクスクスと笑った。
確かにメルキオールはそんな事を言った事がある。それも、メルキオールが何を探して旅をしているか、という大事な事を、だ。長い間一緒にいたが為に、メルキオールもフェリドに話したつもりで居たのだろうが。
「でも……本当に、何かあるのでしたら、教えて下さったらいいのに…」
再びメルキオールの姿を、瞳に映しながら言ったエルヴァーナの呟きは、独り言の様な雰囲気だった。
だからフェリドも、ちらりとエルヴァーナを見ただけで、特に返事はしなかった。
その日の、夕刻頃だった。
ベルマが、油紙に包んだ幾つもの荷物を抱え、階段を上がる姿をエルヴァーナは見て、不思議に思い呼び止めた。
「ベルマ、それは何?」
「これで御座いますか? これは賢者様とオルミエ様がお出かけになると仰るので、用意致しました保存食で御座います」
3日前からベルマは、メルキオールの事を『賢者様』と言う様になった。光の奇跡を目の当たりにし、水の恩恵が再び得られるようになったことに、どうやらすっかり気を許し、尊敬する様になったらしい。
エルヴァーナが知らなかったところを見ると、おそらくベルマが言いだしたのだろう。それでエドヴァルドが許可したに違いない。
しかしエルヴァーナはその事よりも、言葉を聞いて顔色を変えた。そしてドレスの裾を掴むやいなや、ベルマの横を抜けて階段を駆け上り、廊下を走り出す。
「お嬢様?!」
突然、慌てだしたエルヴァーナに、ベルマの驚きの声が聞こえたが、エルヴァーナは気にしなかった。
保存食。それはつまり、旅に出る事を意味している。二人は、ここを出て行くつもりなのだ。
もう暫くは居ると思っていたエルヴァーナには、酷く突然のことのように思えた。 |
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2008/09/02(火) 20:11:41
エルヴァーナ
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川や井戸の状況は、次の日も、その次の日も、ぞくぞくと領主家に情報がもたらされた。
しかし、どの情報にも必ず、水の戻りが悪い、あるいは、まだ戻らない、という報告が混じっていた。
他が順調に戻っているのだから、あと数日もすれば元に戻るだろう、と思うのが普通で、事実、エドヴァルドはさして気にしていないようだった。
だがエルヴァーナは、3日目の報告を聞いてから、少し気に掛かる様になった。
何故なら、その言葉を告げるたびに、メルキオールは何かを考えるのか、一瞬黙り込む様子をみせるからである。もっとも、その直後には、エルヴァーナに微笑みかけるのだが。
「フェリド様」
『風の間』の窓辺に立っていた、フェリドの横に並んで外を見ながら、エルヴァーナは不安そうな顔で言った。
「メルキオール様は、水の事で何か不安な事でもあるのでしょうか…」
窓辺から見える庭。そこをゆっくりと散策しているメルキオールの後ろ姿が見える。
全てが解決したというのに、どこか釈然としない様子を見せるメルキオールに、エルヴァーナは何度か問いかけた事があった。
しかしメルキオールは、心配しなくて良い、といつも同じ返事を返すだけで、決してエルヴァーナに何かを教えてくれる事はなかった。
フェリドはちらりとだけ、エルヴァーナの横顔を見ると、また庭の方に――正確にはメルキオールの方を――目を移した。
「……何かお考えがあるのでしょう」
メルキオールが何を考えているのか、フェリドは知っていたが、そう答えた。
「フェリド様も、聞いてはいらっしゃらないのですか?」
二人の仲を知っているだけに、エルヴァーナが少し驚いた様に言うと、フェリドは苦笑を浮かべる。
「あの方は慎重な人ですからね。全てを話す事が良い事だ、と思っているわけでもありませんし」
「それはそうですが…。でも、何かあるのでしたら、教えて下されば、お力になれる事もあるかもしれませんのに…」
エルヴァーナはそう言って、小さく息をついた。
彼女が、メルキオールの事をとても…違う意味も含めて、とても気に掛けている事は、フェリドもすでに気づいている事だ。 |
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カザンは父子の様子を目を細めて見ていたが、俯いて黙ったまま動こうとしないラザンに、面白くもなさそうに言った。
「あんた本当に何をしにきたわけ? 顔を見て笑いにでも来たの?」
「そんなこと、するわけないだろ!」
ラザンは叫ぶように言い返して、大きな声を上げてしまったことにはっとして、一瞬背後を気にするように振り返った。離れた場所に見張りの兵士の姿はあったが、特に気にした様子でもない。
「そんなこと……」
ラザンはカザンに視線を戻してから、小さな声で呟くように繰り返した。
「どうだか」カザンは鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「裏切ったくせに」
その言葉にラザンが傷ついた顔を見せると、カザンはますます苛立ったように舌打ちをした。
「あんたが被害者面するんじゃないわよ」
「そろそろ時間だ」
何か言おうとラザンが口を開こうとする前に、見張りの兵士が姿を見せて、離れた場所から面会時間の終わりを告げる。
ラザンは、焦ったように兵士を振り返り、牢の中の2人を振り返った。
コドーは変わらず目を閉じたままで、話を聞いているのかもわからず、カザンはさっさと行ってしまえと言わんばかりにきつい視線を向けてくる。
ラザンは何度か口を開いては唇を噛み、兵士を気にするように視線を動かし、最後に意を決したように言った。
「父さん、カザン、裏切る…ことになったのは、言い訳はしないよ。
でも…、やっぱり僕は2人のやっていることが良いことだとは思えなかったんだ。他の人を犠牲にするのは間違ってると思ったし、そんなことして欲しくなかった。
……ごめん」
それだけ言って、ラザンは逃げるように牢の前を離れた。 |
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騒動のあと、メルキオールが水を戻したのだという話を、ラザンはレイスンから聞いた。
彼は本物だったんだと、ラザンはレイスンを助けてこの屋敷に入ったときに初めて直接顔を合わせた、穏やかな雰囲気の人物を思い出した。
そうして、水が戻されたというのなら、いずれにしてもカザンやコドーの企みは失敗だったのだと思った。
2人が今後どうなるのか、時間が経つごとにその思いがラザンの心に重くのしかかっていた。2人とも捕えられたので、ラザンが屋敷に置かれる必要はもう無くなるのだが、自分がそのあとどう扱われるのかというのは考えもしなかった。
そんな中、家族に会いたいというラザンの希望は、ごく短い時間であったが、エルヴァーナに受け入れられた。
レイスンに伴われ、夜遅くにひっそりと、屋敷の人間の目に付かないように外に出され、コドーとカザンが捕えられている牢に連れられた。
突然姿を見せた息子に、コドーは最初、安堵と失望が綯い交ぜになったような、複雑な表情を見せた。
無事であっても、ここに連れられてきたということは、ラザンもまた捕えられたと思ったのだろう。だが、
「裏切り者が何をしに来たの」
カザンが弟の姿を見るなりそんな風に言い、言葉をぶつけられたラザンが顔を歪ませて俯いたのを見て、コドーはすぐに事情を覚ったようだった。それによくよく見れば、見張りの姿はあっても、ラザンは拘束されていないのだ。
「……そういうことか」
「父さん……」
コドーはどこか腑に落ちたように呟くと、顔を上げたラザンを見据え、
「お前にできるのはそれぐらいか」
そう言ったきり、息子から顔を逸らせて言葉を拒むように目を閉じた。
いつからかコドーから期待されることは無くなり、失望されることばかりだったが、明らかな拒絶にラザンは何も言えず立ち尽くすだけだった。
それだけのことをしたのだ、今更許しを請えるなどとは思っていない。
だが、家族を追い詰めることになったのが自分の所為だというのが、改めて苦しいと感じた。 |
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2008/08/31(日) 15:49:11
フェリド
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屋敷へ戻って遅めの昼食を済ませたあと、メルキオールとフェリドは『風の間』に移動した。
エルヴァーナはエドヴァルドに今朝の報告をしてくると言って、席を外してしまったので、ここにいるのは2人だけだ。
「何を気にしているんだ?」
ベルマが茶を置いて出て行き、メルキオールが茶を一口飲むのを見守ってから、フェリドは口を開いた。
「うん…」
唐突だが、朝のことを訊かれているのだとわかったメルキオールは、少し浮かない顔で手の中の茶器を弄ぶ。
「気配がね、残っている感じなんだ」
「気配?」フェリドは軽く眉を寄せると、溶岩の中で見た不確かなものを思い出した。
「洞窟の奥にいたあれか?」
問い返すフェリドに、メルキオールは首を縦に振って頷いた。
「封印が完全じゃなかったんだと思う」
フェリドは小さく唸ると、さらに訊いた。
「それは、また水が枯れるかもしれないということか?」
「うん、すぐではないかもしれないけど、きっと同じことになる」
茶器の中に映る憂いを帯びたメルキオールの顔が、まるで心の中を表すように揺れた。
そうしているうちにエルヴァーナが『風の間』に戻ってきて、エドヴァルドから聞いた状況を2人に話した。
水が戻ったという報告が大半である中、何も変わらないままである、またほんの少し戻ったが、それ以上水が増える気配が無い、という報告が混じっているようだった。
「もう少し様子を見てみないとわかりませんわね」
エルヴァーナは、まだ一日しか経っていないため、完全に水が戻るのはこれからだろうと考えているようだったが、報告を聞いたメルキオールは、やはり浮かない顔だった。 |
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