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| タイトル |
よき教師、よき生徒 8 |
今日の気分 | END |
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「ああ…つかれた……」
母さんを見送りついでに自販機でペプシコーラを買って、部室棟へ向かう途中、階段を昇りきったところで久米先生に出くわした。「よっ、ワセダ。勉強してるか?」なんて聞いてくる。俺が早稲田なんて行ける頭でないと分かっているくせに。苦笑しつつ「ありがとうございました」と言うと、彼も先程までの自分とそっくり疲れた顔をして「正直な…やれやれだ」とこぼした。
「本当にすみません。適当に終らせるつもりだったんですけど…母が…」
廊下を連れ立って歩きながら話す。普通のいいお母さんに見えたけどな、と先生が言う。あえて母の本性を説明する気もないので、とりあえず「まだどこの大学がいいか分からないって進路希望調査票にも書いたじゃないですか〜」と、愚痴っぽく話をそらした。さっきまで母と二人で盛りあがっていた大学談義に上ったどこの大学についても本気で考えていないのだと伝えたつもりだったが、久米先生はそんなことなど分かっている様子だった。
「何がやりたいか分からない、の間違いじゃないのか」
驚いた。
「……そのとおりです」
なんで嬉しそうなんだ、と言う久米先生の前で足を止める。そこは文芸部の部室前だった。「寄っていかないんですか?」と尋ねたのに表情だけで「なぜオレが」と返してきた。「まぁまぁ!せっかくですから!」強引に彼の手を引き、俺は部室の扉を開けた。
「な、なんという……まさかのナトクメ…!」
よかった、まだ田代さんも先輩も残っていた。田代さんは驚愕に目を開いて、俺に手を掴まれている久米先生と俺を交互に見比べた。
「な、名取しょうねーん……連れてきちゃだめじゃん…」
「どこで拾ってきたんですか。元あった場所に返してきなさい」
「拾っ…!?イ、イオリ先輩その設定は…グッジョブです!!」
もうオレの今日の疲労値はこの瞬間限界を超えた、重い溜息と共にそう言い残し、久米先生は外に出て扉をばたん、と強く閉めた。「あ、さっきは本当にありがとうございましたー!」と声を上げてみたが、返事はもうなかった。 |
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しかし、取り残された自分たちはどうしたらいいのか。ちょっと失礼します、と言ってはいたがおそらくもう戻って来ないだろう。とすれば帰っていいんだろうか――そう思って席を立ったとき、教室の扉が開いた。
「申し訳ありません、お待たせしてしまって――」
走って来たのだろうか、若干息を切らせて入ってきたのは久米先生だった。弥生先生が面談を放棄したと聞かされて慌てて引き継いだか、あるいは誰かに押し付けられたか、どちらにせよ彼しか適任はいない。面倒かけてスミマセン、という気持ちを込めてお辞儀をしたら、久米先生は一瞬苦い表情を見せたがすぐに見たことのない営業スマイルに変化して席に着いた。
「あら?先程の先生はどうなされたのかしら」
「ええ、先程は大変な失礼を。本当に申し訳ありませんでした。古川は体調が優れないようでしたので、私がお話を伺います。副担任の久米と申します」
「副担任?あらあら、すみません存じ上げなくて。もう、こんなしっかりした先生がいらっしゃるなら話してくれないとダメじゃないの、俊クンったら」
「ハハハ…ごめんね母さん」
久米先生はついさっきまで弥生先生が持っていたバインダーを開いて机に載せると、母の目をまっすぐ見据えて「どこまでお話しましたか」と笑顔を崩さず聞いた。「進学先についてです」とすかさず母さんが答える。
「そうですね。進路調査でも進学を希望していましたし、まだ大学は決めていないようですが――」
「早稲田とかいいんじゃない?俊クン!」
「えぇ!?」
「早稲田…それは名取の場合今からかなり頑張らないと」
「ちょ、え、あ……が、がんばります」
次々と知っている大学の名前をやみくもに上げる母に、いちいち律儀に学部や偏差値の話をしてくれた久米先生のおかげで、面談は和やかに終わり、母は満面の笑みで久米先生に頭を下げて上機嫌に帰っていった。 |
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少し生気を取り戻したように見えた瞳がまたたく間に暗くよどみ、右へ左へとさまよう。「えっ…そ、そうですね…名取くんなら…どんなことでも…」と何とか質問に答えようとしているが、さっきまでバインダーを握りしめていたはずの手がいつの間にか机の下のスカートに皺を作っている。
「母さん…先生が困るから…それにそれは自分で考えるし」
「えー?これは大切なことでしょ?せっかくこういう機会があるんだから、先生に聞いておきたいじゃない。ね、先生」
「は…い…大丈夫です。すみません、ちょっと失礼します…」
弥生先生は「すみません」ともう一度言って教室を飛び出して行ってしまった。遅かれ早かれこうなるとは確かに思っていたけれども、何もそれが自分の回じゃなくてもいいんじゃないか。俺はため息を吐いて、「いじめるなよ」と母親に言った。
「いじめてないわよー!あの先生ったら話している間ずっと手元のバインダーばっかり見ててこっちの目を見ないんだもの、そういう態度ってなんか、不安でしょう?俊クンのことちゃんと考えてくれてるのかなー?って」
だからちょっと聞いてみただけなのに、と言って頬をふくらます母の顔を見て、やっぱりわざとか、と再び嘆息する。やけに『先生』を強調している気がしたのは気のせいではなかった。父の匠と結婚する前は水商売で生計を立てていたらしい(それを子供に隠す気もない)母は、普段はほにゃほにゃと危なっかしい天然キャラなのに、突然こんな風に黒い一面を見せる。だてにどろどろした女の世界をたくましく生き抜いてきたわけじゃないのよ!とは彼女の言葉、女の世界とやらに長くいるとこうなってしまうのだろうか。恐ろしい。 |
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「名取くんは本当に…よく気がつく子で…生活態度にも問題ないですし…」
「本当ですかー?そう聞いて安心しましたー。家でもよくお手伝いしてくれるし、いい子だから逆に学校でストレス発散とかしてるんじゃないかって心配してたんですよー」
「そんなわけないでしょ、変なこと言ったら先生が困っちゃうって」
今日の面談は俺が最後だった。雨の中を鮮やかな色のワンピースで現れた母の彩音、それと対照的にどんよりと、というよりゲッソリとやつれた顔をした弥生先生を見て、ああやはりこれは予感的中しそうだと俺は思った。
「いいえ…大丈夫です!進路のお話をしましょうか。まだそんなこと早いって思うかもしれないけど、名取くんは卒業後はどうしたいって思ってますか?例えば進学とか…就職とか…」
「そうですね…先生の言うとおり、まだ早いっていうか、ちゃんと具体的に考えられなくって…そのへん後で先生に相談したいなーって思ってたんです。ごめんなさい、まだ決めてなくて…」
「い、いいのよ!そうよね、まだ入学したばかりですもんね、これから少しずつ考えて、自分のやりたいこととか、向いていることを見つけていけばいいと思います。先生も相談にのりますから」
ありがとうございます、と言って笑った俺に弥生先生が弱々しく微笑み返す。よし、綺麗に締めた。そもそも進路なんて例えばも何も実質その二つしかないだろう、とか、滅多に学校へ来ないのに相談にのるなんて軽々しく言っていいのか、とか、ツッコミどころは山とあったけれど、彼女を困らせてこの場で俺が得することなんて一つもないのだ。それよりさっさと終らせて、母さんを帰らせて、文芸部の部室へ行きたかった。
「…あのー、ひとつ質問しても、いいかしら?」
そう思った矢先、母さんが小首を傾げて控えめに手を挙げた。「ええ、もちろんです」と少し強気に返した先生にお礼を言って、尋ねた。
「古川先生としてはー、どうなんでしょう?俊クンはどんなことに向いていると思います?母親としては進学してほしいなって思ってるんですけど、どんな方面に進ませたら本人のためになるのか分からなくてー…どう思います?先生は」 |
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「え?それはどういう…そう決まっているのですか?」
「いやぁ…決まっているというかですね……」
なんとなく、です。俺はちらちらと教室の方を見やりながら小声で言った。5日間に渡る面談、生徒だけでなくその親も相手にするのだ。弥生先生が最後まで耐えられるはずがないと思っていた。今日なにを話したところで、それがちゃんと記録として引き継がれるかどうかも怪しい。大した話をするつもりもないが、その点においては久米先生に担当してもらう方が生徒にとってはいいだろう。「良かったですね」と俺は田代さんに言った。
「………切ないですね」
「えっ?何がですか?」
「いいえ!ワタシは応援していますから、どうかナトリくんもあまり気を落とさないでください!では、ワタシは部室に行きますのでこれで!」
「あ、はぁ…。俺も一応帰りに寄ってみます。あんまり長くかからないといいんですけどね……もしまだいたら、一緒に帰ってもいいですか?」
「いいですよ!先輩方にも『今日は来るかもしれないし、来ないかもしれない』と伝えておきます!それでは!」
敬礼のポーズを取って、田代さんは廊下を早足で歩いて行った。別に部員一同で帰りたかったわけじゃないんだけどな…。窓を開けて壁にもたれ、教室内から聞こえてくる話し声を聞き流しながら、俺は鞄から取り出した文庫本の頁を開いた。本当にどうしよう、コレの感想文。 |
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そうこうして、新しい席で迎えた六月の最終週。教卓の前に織部、その後ろに俺、俺の左隣に会澤、会澤の隣に曾根恭子、その左ななめ後ろの窓際が田代さんの席だ。
「み、皆さん…今日から三者面談が始まります。今日は、…くんと、…さん、それと名取くん…放課後は教室前で待っていてくださいね……」
俺が三者面談の日に限って、というべきか…数日ぶりに弥生先生が学校へ来た。教師側の事情はよく分からないが、俺たちの普段の生活態度とか最近の成績とかは把握できているんだろうか?まぁ俺の場合は、これといって彼女に相談したい事柄もないので、適当に話を合わせて終らせてしまおう。
ちらっと後ろを向いたら、すでに帰り支度を始めている田代さんの姿が見えた。席替え当日は気にならなかったけれど、彼女が視界に入らなくなったのは少しさみしいなと感じた。
「ナトリくんは今日が面談なのですね!ご健闘を祈ります!」
廊下に出たところで、今日もいっぱい入っていそうなリュックをしょった田代さんがそう俺に声をかけた。教室にいるときは滅多にないが、文芸部に入部してからはこうして会話をする機会があっさりと訪れるようになった。それだけで俺はかの顧問教師に対しどこまでも素直な奴であろうと思うくらい、あの部そのものに感謝している。あいにくと文才を捧げることはできないので、尚更だ。ああ、そういえば『深夜特急』の感想文どうしよう。
「田代さんはいつですか?」
「ワタシは最後の日です!いつでもいい、という項目に丸を記入したらその日になりました。皆さん雑事は早々に済ませたいという事でしょうか?お気持ちは分かります!」
「いやー、たまたまじゃないですか?でも…最終日ならおそらく、久米先生が担当してくれますよ」 |
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「じゃあ〜〜みんな、この箱から一つずつクジを取ってよね〜」
廊下側の一番前に座っていた会澤がおもむろに立ち上がり、どこの商店街から盗んできたと言いたくなるような、360度どっから見ても完璧なクジ引き用のボックスを教卓上に置いた。よく見ると、初めから印字されていたと思われる文字が黒マジックで雑に消されている。「ド…ッ☆…のAV祭……」あまり追及しないことにした。
「よっしゃー!ではでは?席替えの神に祈りつつ俺から引かせて頂きます!」
「どっちかっつうと縁結びの神とかに祈った方がいいんじゃね?」
「バ、バーロー名取!別に俺は誰の隣になりたいとかそういうんじゃなく」
「ハイハイ〜男のツンデレはうざいから〜〜後が詰まってるからさっさと引いてよ〜」
クジ引きボックスに突っ込んだ手をヌカ床かってくらい執拗にかき回し、「早く〜」と急かす会澤の声を5回ほど無視してようやく織部が勢いつけて一つ引き抜いた。その後に並んでいた俺は適当に底の方から小さく折り畳まれたクジを引き、次の子に箱を渡す。
「…ギャーーーーーーー!!!!!」
クジを開いた瞬間に織部の悲鳴がこだました。どれどれと覗き込んでみると、まさにそれは今俺たちが立っている場所、つまり教卓のド真ん前。ああ良かったじゃん、これで否応なく成績もアップして、成績が上がればなぜか部活でも活躍し、好きな女の子ともうまくいっちゃう!という某ゼミの漫画みたいな展開が待っているよきっと。そんな意味を込めて「おめでとう」と言ってやり、自分もクジを開いてみたら織部の後ろの席、つまり教卓から2つ前の席だった。よくないよな、他人の不幸を笑うのって。
「みんな引いたね〜〜?じゃあ席を移動しようね〜〜」
ガタガタとせわしなく机を動かしている俺たちを、久米先生は教卓に肘を突きながら「やれやれ」という顔で眺めていた。 |
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はいはい席に着けー、とすっかり耳慣れた副担任の声が教室内に響く。1年E組の副担任という名のほぼ担任教師、久米悟史(文芸部に入ったのを機に下の名前も覚えた)は今日も今日とてホームルームのために現れ、教壇に立つ。おつかれさまです、と俺は心中でこっそり呟いてみた。
「今配ったプリントに書いてある日程で、三者面談を行う。来週は各自忘れずに来るように。お家の人にも渡しておけよ、それ」
『おうち』って。不機嫌がデフォルトのような仏頂面にはミスマッチな言葉に俺は肩を震わせて笑いをこらえた。完璧に子供あつかいされているよなぁ、後でモイラさんにそう言ってみよう。なんか、よく久米先生の話題になることだし。
子供あつかいされることに安心するんだ。俺たちは本当にしょうもない存在で、寄りかかれる壁がたくさん周りにあって、それでようやく立っていられるにもかかわらず、時々自分がまるで一人でも生きていける、無敵だと勘違いしてしまう。だから、そうやって例えば今みたいに教壇の上から――見下ろしてくれると、いつも『壁』がそこにあると確認できる。壁に立ちはだかられると乗り越えようとして反発する人もいるんだろうが、俺はどちらかというと進んで寄りかかりたい人間なので、願わくば久米先生がいつまでも『頭でっかちの横暴教師』(他にも生徒からの呼び名は多数ある)であってくれるよう祈るばかりである。
「センセ、その前に席替えしようぜ席替えー!」
しょうもない存在代表のような織部が手を挙げてそう言った。「日程を変更したいときはすぐに…ハァ?」と話を進めていた先生が呆れた声で中断する。もう6月なのにとか、他のクラスじゃもうとっくにとか、わめく声に同調する声もいくつか聞こえた。担任の弥生先生がめったに来ないんだから席替えするタイミングをすっかり逸して2ヶ月過ぎたわけだが、そんなことまで面倒見るのかというゲンナリ感があからさまに顔に表れている。やりたいならオマエらでクジでも民族移動でも勝手にやれ、と投げ遣りに手を振ったのが合図、途端に教室は席替えというイベント会場の盛りあがりを見せ始めた。 |
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| タイトル |
恋とはどんなものかしら 7 |
今日の気分 | おしまい |
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ナトリくんが開いた本は、ワタシが自分の保存用に取っておいてあったものでした。先日読んでいただいた二巻は、増刷したばかりだったので在庫がまだあったのですが、三巻は去年の冬に完売して以来増刷していなかったので、在庫はワタシが保管している二冊だけだったのです。
けれどもナトリくんは、ワタシがその周辺の事情を大まかに話すと、何故か二つ返事で「買います」と仰ったのでした。本来ならば、在庫がないのでと断るところだったのですが、ワタシの作品をつい先日読んだばかりの、しかも男性が、お金を払ってまで読みたいと言ってくださっている……そのことに、少なからず動揺し、同時にどこかで、やはり嬉しかったのでしょう。気づけばワタシは、自分の保存用のそれを、丁寧に包装して彼に渡していたのでした。
「というわけでしょ? ね、イオリちゃん。あ、イオリちゃんは読んでないんだっけ?」
「え、そうなんですか。面白いですよ」
「いいから、見せなくていいから」
「ね、ね、田代ちゃん。あたしの読み、これどう?」
「さすがリカ先輩、と言わざるを得ません」
「やったー! 結局さあ、サイトウなんだかんだでタナカのこと溺愛しちゃってるよねー」
「でもサイトウはそれを早く明確なかたちでタナカに示すべきじゃないんですかね」
自分の描いたものについて、こんなふうに会話を弾ませてくれるかたがたがいるというのは不思議なことでした。一人会話から外れてげんなりとした表情をしていたイオリ先輩に申し訳ないような気分になりつつも目を逸らした先に、ナトリくんの『深夜特急』が寄せられていました。
それが自分の書いたものであろうとなかろうと、誰かに何かを読ませるというのは、自分のなかの何かを明け渡すこと――なんとなく、突然に、そんなふうに感じて――だとしたら、この本を介してクメさんは、ワタシたちに「何を」明け渡したのだろう? そんなことを、ふいに考えたのでした。 |
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「でもねー中高ってずっと男子校だったからー、なんかちょっと、独特なとこあるって言うかー」
「だ、男子校?!」
「うん。あ、ちょっと田代ちゃんいまイケナイ妄想したでしょ〜」
「し、してませんよそんなリカ兄総受けなんて!」
「ん? そーうけ?」
「あ、部長さんはもう読まれたんですか?」
きょとんとした顔で問い返してきたリカ先輩になんと答えようかと逡巡したその一瞬、計ったようなタイミングでナトリくんが口を挟みました。それはワタシにとってはナイスフォロー、と親指を立てたくなるほどのタイミングだったのですが、発言の内容はいささか微妙なものでした。
「何が……?」
リカ先輩の声がほんの僅かに曇ったことに、ナトリくんも気づいたのでしょう。あわてて自分の手のうちにある本を閉じて視線を逸らすと、ワタシのほうを見て思いついたように顔をあげました。
「これですよ! 田代さんのこの……『Pray When Play』三巻! 読みました?」
「えーと、ああ、読ませてもらったけど……?」
「この、これの、サイトウがタナカに『これでおしまいにしようって、いつも思ってる』ていうせりふの真意がですね、ちょっと僕にはいまひとつ……」
「え」
何もワタシの作品を引き合いに出さずとも、と思ったのですがもとはと言えばワタシが蒔いた種。リカ先輩は一瞬怪訝そうな顔をしたものの、「それはさあ」とナトリくんが差し出したページを指差しながら話し始めました。 |
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