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2008/09/05(金) 19:49:40
ローレン
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| タイトル |
敵国に入るということ(5) |
今日の気分 | 終わります |
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ローレンにとって、これは非常に辛い事態を招く事だった。
ローレンとて、ある程度の餓えは耐える事が出来る。
だがこの状態が続けば、ローレンの体が、クリフォードを見つける前に衰弱していく事は目に見えていた。
かといって、傭兵だから、とルドマンに雇われる事さえ出来ない身である。
それは、ナスターゼ出身とばれる危険性もあったが、例え祖国を捨てていても、敵国に与する事など出来ない、という二重の意味でだった。
そしてローレンにとって、もう一つ問題だったのは、餓えは、人の気性を荒げる作用がある事だ。
いくら石を手放す事に成功したとはいえ、あまりに長い間持ちすぎたローレンには、後遺症が残っていたのだ。
以前の様に、我を見失う事はなかったが、道徳心を失う様な考えが浮かびやすくなっていた。そして、そんな状態に陥りやすくなっていたのだ。ありきたりな言葉で言うなら、短気になった、と言えるだろう。
その事にローレンが気づいたのは、餓えを感じ始めてからだった。
ある時、食料を分ける事を渋る者を、思わず切り捨てたくなる衝動に駆られたのだ。
餓えによる苛立ちを押さえ込もうとすれば、するだけ、余計に苛立つ。ただでさえ、餓えは一日ごとに増えていく。
空腹による苛立ち。
早くを見つけなければ、という焦り。
否応なしに奪われる体力。
諦めようにも、今更ルドマンを出国する事さえ、難しい身の上。
そんな苦境に耐えながら、ローレンは、項垂れる様に首を落とし、馬で西へ向かった。
クリフォードが居るかどうか確証のない、国境へと。
今となってはただ、そこにクリフォードが居ると、祈るのみだった。 |
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2008/09/05(金) 19:49:19
ローレン
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| タイトル |
敵国に入るということ(4) |
今日の気分 | 続きます |
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検問所から可能な限り離れ、ようやく一息ついた頃には、日もすっかり暮れていた。
丘の上らしく、もう少し言った先に村があるらしく、灯が見えた。だがローレンはそこには向かわず、野原で一晩を越した。
クリフォードの情報は欲しかったが、可能な限り、野外で寝る方が良いと思ったのだ。
万が一、ナスターゼの人間だと気づいた者に、寝首をかかれるのはごめんだった。
次の日も、その次の日も、ローレンは、まっすぐに西の国境へ向かった。
途中、食料を調達する為に村によったが、それ以外は村や街に寄りつこうとはしなかった。
そして、立ち寄った時だけ、クリフォードの情報を聞き出そうとした。
フードを被り、声を抑え、言葉少なに喋るローレンを訝る者も居たが、傭兵だと答えると、案外納得した様子を見せる者も居た。
もっとも、クリフォードらしき人物を特定できるような情報は、ひとつとして手に入らなかったが。
人の居る場所を通り抜ける時は、戦争の事ばかり聞こえた。
それで分かったのは、民は、ナスターゼももちろんだが、自身の国であるルドマンに対する怒りも募らせている様だった。
戦争の為に重税となり、生活が苦しくなる。戦が続けば続くほど、民にとってはむしろ、未来の平和より、現在の糧の方が大切になる。
兵士が闊歩する事も、民にとって、今となってはストレス以外のなにものでもないだろう。
もう敵も味方もない。ただ、己が生きる術が欲しい。
民がそう考える様になるのも無理からぬ事であり、そして、それが戦なのだ。
西へ向かうほど、人気が減り、代わりに兵士の姿が目につく様になり、ローレンはいっそう、己の身に気を付ける必要が出てきた。
そして食料も手に入りにくくなる。戦の為に、多くの民が街や村から非難していた為、譲り受ける場所が減ったのだ。
また、なんとか見つけて、食料を分けてもらおうと金を積んだところで、相手に分けるほどの物がなければ話しにならない。どのみち、ローレンの持ち金もほとんど減っていたが。 |
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2008/09/05(金) 19:48:47
ローレン
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| タイトル |
敵国に入るということ(3) |
今日の気分 | 続きます |
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その後、ローレンは部屋に戻り、一晩考えた。
まず、クリフォードの言葉が、偽りかどうかだ。しかしギドガは直接話した訳でも、クリフがギドガに気づいたワケでもない、言った。ならば万が一、ギドガがローレンを会う事を予測して、嘘を言う事など出来ない。
そして、ルドマン。
ナスターゼ出身のローレンには、検問所を通る事が出来るかすら、分からない。
姿形は、ナスターゼとルドマンも、そう代わる訳ではない。身なりは国によって違うところもあるが、今のローレンにその心配はない。
湖に剣を落としたのは不幸中の幸いだった。あれは紋章がなかったとはいえ、ナスターゼの官給品だ。見る者が見れば、ナスターゼの物と分かる。
問題は、言葉だ。
一年半足らずでは、ナスターゼの訛りが消える事はない。せいぜい、多くを喋らず、気を付けて話す以外、方法はなかった。
しかし、ルドマンに入る事が出来たとして、クリフォードの後を追うのなら、どうやっても人と話す機会はある。危険な賭けと言えた。
どうする…?
だが、迷ったのは一瞬だった。
クリフォードを追わないという事は、クリフォードを探す事を諦める、という事だ。
元より、いつ死ぬとも限らない旅。それに、クリフォードに出会う事がなかったら、あの石に殺される運命にあったのだ。
まずは検問所。もしそこで拒まれたら、例え大回りして、山や森を越える事になっても、ルドマンに入り込む覚悟だった。
「クリフ…」
西に向かって馬を疾駆させながら、呟いたローレンの声は、風に吹き飛ばされ、消えた。
検問所。
いくらか緊張しながらローレンはその場所へ近づいた。
しかし、ローレンは運が良かった。
出来るだけ声を低くして、相手に聴き取りにくい様に話し、偽名と用件を話す。もちろん訛りが出ない様に、気を付けて。
それでも相手が何かじろじろとローレンを見ていた時だった。
同じように検問所を通ろうとしていた、商隊の荷馬が、突然暴れだし、検問所の人間が巻き込まれ、ローレンの目の前にいた検問者も、慌ててそちらの抑えに向かったのだ。
ローレンはその間に、検問所を通り抜ける事に成功した。 |
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2008/09/05(金) 19:48:06
ローレン
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| タイトル |
敵国に入るということ(2) |
今日の気分 | 続きます |
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「ルドマンへ……」
目線を落とし、ローレンは呟いた。
今、ローレンにとってもっとも危険な場所だ。そして戦況が見えている、西の国境。それはつまり、戦場という事だ。
傭兵が戦場で稼ぐ事は珍しくない。否、むしろそれが傭兵の普通の姿だ。
そこへクリフォードは行ったという―――ベテランであろうギドガが、見切りを付けた、その場所へ。
戦いを求めに行ったのか。金を求めに行ったのか。傭兵として。
違う、とローレンは瞬時に否定した。
ローレンを避ける為に行ったのだ。
そして……。
その時浮かんだ考えに、ローレンはハッとなった。
――――クリフォードは、死に場所を求めているの…か?
だが、その考えに、まさかね、とも思う。
クリフォードは死ねない体なのだ。その、忌み嫌われる力によって。それはローレンがよく知っている。何しろ、目の前で見た事があるのだから。
その時の屍を思いだし、ローレンは一瞬ゾッとなった。
死ねないと分かっていて、もっとも死に近い場所へ向かうなんて事があるだろうか。
長い年月、ただひとつ求めた答えを知り、自暴自棄になっていたとするなら、あるかもしれないが。
しかし、ここブルグンドに至るまで、クリフォードの様子は変わらなかった。少なくともローレンの前では。だからこそ、ローレンも騙され、挙げ句にクリフォードは消えたのだ。
心の内まで見える訳ではない。平気を装うくらい、クリフォードには何でもない事なのかもしれない。
だが、どちらにせよ、クリフォードが今、ローレンの隣にいない事は、紛れもない事実。
「おい…大丈夫か…? 顔色、良くねーぞ?」
「え…あ…ええ、大丈夫です…」
そう答えながら、ローレンは薄く笑った。 |
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2008/09/05(金) 19:47:30
ローレン
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| タイトル |
敵国に入るということ(1) |
今日の気分 | 続きます |
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翌朝、ローレンが馬首を向けたのは、西だった。
それは昨夜、偶然再会したギドガからの言葉が切っ掛けだった。
「お前ら、相棒を解消したのか?」
簡単な挨拶の後、向かいに腰を下ろしながら、からかう様に言ったギドガに、ローレンは弾かれた様に顔を上げた。
ギドガに会ったのは一度きり。『相棒』とギドガが言えるのは、その時見た、ただ一人。
「クリフを…クリフを見たんですかッ?!」
思いもしなかった反応だったのだろうか。身を乗り出したローレンに、ギドガは目を丸くして「お…おう…」と答えた。
「どこでッ!?」
「ブルグンドとルドマンの国境の検問所…だが…?」
ローレンは目を丸くした後、浮いた腰を下ろした。しかしその表情は険しい。
「……なんだってんだよ…」
突然の剣幕の直後に、黙り込んだローレンを見て、ギドガは眉根を寄せる。
「どうして…そんな…」
「いやさ、俺はルドマンの傭兵部隊に居たんだけどよ、まあ…なんつーか、戦況も見えてきたし、あんまり不払いが多いから、さっさと抜けてこっちに来たんだけどよ」
ローレンの独り言を聞いたからか、どうなのか。ルドマンは手にしていた酒を煽り、肩を竦めながらそんな事を言った。
不払いが多くなるのは、国が疲弊している事を証明している。一概に負けているとは言えないが、少なくとも兵士や傭兵達を養えるだけの国力が、底をつきかけている、という事だ。
「アイツ、これから西の国境になんぞ言ったって、大変になるだけだろうによ。無駄死にしに、行く様なもんだぜ…」
ローレンは再び驚いた様に顔を上げた。
「西の国境へ……? クリフはそこへ行ったんですか? 無駄死にする様な場所へ…?」
ルドマンとナスターゼの戦況の事など、ローレンは気にならなかった。いや、そもそもそんな考えがちらりとも浮かばなかった。
ただ、クリフォードが向かった場所と、無駄死に、という言葉が頭に何度も浮かんでは消える。
「ああ、言ってたな。ありゃ、まともな傭兵のするこっちゃないぜ」
「……クリフと、話をしたんですか?」
「いや、直接言葉は交わしちゃいねぇ。忠告してやろうかと思ったんだが、さっさとルドマンに入っちまってよ。俺はルドマンを出たところだったからな。それに戦況なんざ、あんな場所でデカイ声出す訳にはワケにゃいかねぇからな」
向こうも俺に気づいちゃ居なかったし、とギドガは苦笑する。 |
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2008/09/01(月) 00:02:54
クリフォード
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ルドマンを西へ辿る。
ルドマンの東はそれでも未だ戦場となっている国境から遠いだけ平和だった。隣国と戦争をしているからと言って国土のすべてが戦場となるわけではないからだ。
だが、クリフォードが辿ったのは大きな街道で、陸路のうち最も物資が輸送されていく道だけあって、多くの軍と貨物が行きかっている様子が見え、ルドマンの東宝でも垣間見えた警戒心と、他国者に対する敵愾心は西へ行くほど段々とまして言っている様子だった。
それでもクリフォードは他の道を取ろうとは思わなかった。
他の道は街道から大きく逸れてかなり遠回りになる上、奇矯なルートを通ればそれだけで目を引く確率は高くなる。ありきたりの傭兵のように、ありきたりの旅人のように、あまり朝早く出立することや距離を伸ばしすぎて夜遅くに宿を取ることさえ避けた。
宿帳にはごくありふれた偽名、それも毎回違う名前しか残さなかったし、クリフォード自身の容貌も、茶色の髪に青い目などごくありふれていて、何の特徴にもならなかっただろう。
西へ行くほどに段々と人が見捨てて荒れ果てた空き家が多くなる。
西の国境に近い場所で、焼き払われた畑を、クリフォードは苦い思いで一瞥した。略奪の後、焼き払われたのだろう、餓えは何より大きな武器になりうる、救援が来ない限り、この土地の住人は、この冬は酷く苦しい思いをすることになるだろう。
こういったとき、人々が軍隊に入る理由は祖国を守るためというほかにもうひとつある。喰うためだ。何もかも失って、食い詰めてその日の食糧だけは配給される。たとえ必需品の一振りの剣の代金さえ自分の給料から引かれるとしても、そしてその給料が時折何ヶ月も遅配になることがあるとしても―、それでも最低限のパンだけは保障される。
ルドマンは、確実にナスターゼとの戦争で疲弊し、その国力を落としていっていた。多分ナスターゼも状況に大差あるまい。
この旅で聞いたとおり、両国の和平を姦計で阻害したのがイデッシュなら、そうしてイディッシュが隙に付け込むなら、そのチャンスはもう既に目の前に転がっている。
だが、それも俺には直接関係のあることじゃない―、クリフォードはそう思うと、そのままルドマンの西の国境を目指した。 |
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2008/08/29(金) 21:24:11
ローレン
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南は、ここに至るまでに辿った道。北は真っ直ぐに街道を辿れば、山脈の峠道を越えた後、プラーク国へと入る。
ちなみに北へ向かう途中には、西へと向かう街道がある事を、ローレンは宿屋の主人から聞き出した。
西は、ルドマン。
ナスターゼとルドマンの戦が、今、どういう状況になっているのかは分からなかったが、ナスターゼ出身のローレンにとっては、入りたくない国だ。
国を捨てた身ではあるが、ローレンの身元が分かれば、危険に晒される可能性が高いからだった。
私を知る君が、私を避ける為なら何処へ向かう…?
頭の中で、クリフォードがどの方向へ向かったのかずっと考え続け、ローレンはまんじりともせずに夜を明かした。
冷静ではあった。だが心の中の、ふつふつとした、静かな怒りが消える事はなかった。
そして翌朝、ローレンは北に馬頭を向けた。
姫と友人を探す為に、旅を始めた。
そして今は、不思議な絆を感じる友を探す為に、旅に出る。
自分は、こういう運命になるのだろうか、とローレンは思った。
前の旅でも1年近くの年月が掛かった。
クリフォードを探す事とて、同じ事。
「…クリフ、覚悟するんだね」
例え1年、否、何年かかっても見つけてやる、とローレンは心に決めた。
「君を見つけて、絶対に謝らせてやる」
北へ向かう街道を走る。
途中、様々な人や場所で、クリフォードの痕跡を探す。
だが、馬に乗った傭兵らしき人物など、この辺りでは少なくなかった。ここはルドマンの東側の国。傭兵がうろついて居ても、不思議ではなかったのだ。その為、クリフォードを特定する事は難しかった。
通ったかも知れない。通らなかったかも知れない。そんな疑心暗鬼に捕らわれても、無理はなかった。
日が暮れて、ローレンは諦めたように、通りがかりの町で宿をとった。
この先で、道は北と西で分かれる。
どちらに向かうか、ローレンは簡素な食事をしながら、考えた。だが、プラークへ向かう事に考えが固まりかけていた。何しろ、ルドマンはローレンにとって危険だからだ。
そんな時だった。
「あれ? お前…」
そんな声が近くで聞こえ、ローレンは顔を上げた。
そしてその人物を見上げて、ローレンは目を丸くした。
そこにいたのは、ずっと以前、まだクリフォードと出会ったばかりの頃、ヤエトロ国の酒場で会った、傭兵のギドガだった。 |
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2008/08/29(金) 21:18:11
ローレン
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ローレンは拳を握りしめた。
じゃあ、それで終わりなのか?!
そんな言葉が、心の中に浮かぶ。
故郷を捨て、親友と別れ、ここまで旅をしてきたのは、ただ、呪縛から解放される為だったのか。
そうかもしれない。しかしそれだけではない。
そこに至までに、新しく生まれたものも、確かに存在した。
クリフォードとローレンが、共に行動しなければならない理由は何処にもない。
だが、この仕打ちはない、とローレンは思った。
きちんと話した上で、別れようと言うのなら、まだ分かる。
だがここまで苦楽を共にし、互いの秘密を共有しておきながら、一言もなく居なくなるなど、許せる事ではなかった。
もっともクリフォードに取っては、別れようと切り出したところで、ローレンが、例の頑固さで承知しない事を、読んでの事だったのだろうが。
「絶対に探し出してやる…!」
まるで、親の敵を狙う様な形相で、ローレンは呟いていた。
その日、ローレンは、意外にも、もう一泊宿に泊まった。
3日前に出たというのなら、慌てて飛び出したところで、簡単には追いつけない。それにクリフォードの行き先も考えずに、勢いで飛び出しても、かえって距離が広がるだけだ、と少しだけ冷静になった頭で考えたからだ。
時刻が、すでに夜になっていた事もあった。
クリフォードは、あるいは、ローレンが追い掛けてくる事を考えているのかもしれない。
だからこそ、ローレンが不在の間に、行く先も告げず、姿をくらませたのだ。
今思えば、一人で居なくなったのは、失意の末、という事も考えられなくはなかった。
何しろクリフォードは、ローレンと違い、『奈落の石』からの呪縛から逃れる事は出来ないと分かったのだから。
クリフォードは手練れの傭兵だ。
本気で姿をくらませようと思えば、実に巧妙に、ローレンが探し出せないように、逃げるだろう。
或いは、闇の力を使って、痕跡を完璧に消す事も出来るかも知れない。
しかしそれはない、とローレンは結論づけた。
クリフォードは、己の力を忌み嫌っていた。それに、正体が分かるような力を、誰が見ている分からないのに、迂闊に使うとも思えなかった。
まずは、街道を北に向かうか、南に向かうかだ。
その事をローレンは考えた。 |
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2008/08/29(金) 21:16:23
ローレン
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「有難う御座いました」
心からの礼を言って、ローレンがブローエ学院である『風の塔』を後にしたのは、その日が、もう少しで暮れようとしている頃だった。
昼頃に眼を覚ました後、石が無くなっている事が分かり、ローレンは思わず疲れも忘れてしまう程、喜びが心に満ちた。
これで、心が揺らいでも、我を失う事はない。人として生きていく事が出来る。そう思った。
しかし儀式によって失われた体力は、そう簡単には戻らなかった。
学院の心遣いで、水気の多い粥を食べ、もう一眠りする。そうしていくらか動けるようになってから、ローレンは外に出た。
早くクリフに知らせなければ。
逸る気持ちで、宿へ戻る。
心なしか、吹き抜ける風さえ心地よい気がした。
しかし。
「何ですって?! それはいつの事ですッ!!」
クリフォードの荷物がない事に気づき、急いで宿の主人に尋ねてみると、すでに宿を引き払ったと言うのだ。
噛み付かんばかりの勢いのローレンに、主人はたじろぐ。
「み…3日前ですよ。でも、同室の方は、また数日後に戻って来るってんで、この先5日分の料金払ってくれたんで…。だから俺も、馬の世話もきちんと―――」
「何処へ?! 何処へ向かうと言ってたんだ?!」
主人の言葉を最後まで聞かないうちに、ローレンは問いただす。
「き、聞いてませんよ! そんなこと!」
掴みかかりそうなローレンから退いて、主人は悲鳴に近い声で答えた。
ローレンは宿の外に飛び出し、大通りへ出た。
すでに居るはずはない。それが分かっていても尚、辺りを見渡さずには居られなかった。
「クリフ…!」
最初からそのつもりだったのか、とローレンは歯噛みして呻いた。
宿屋の主人言葉が本当なら、ローレンが塔で数日間不在する事を予測して、その日のうちに居なくなったという事だ。
何の言葉もなく―――。
「よくも…!」
思わずそんな言葉が、ローレンの口から零れた。
ローレンは気づいていなかったが、その様子は、石に囚われていた時に良く似ていた。
しかし、そうでありながら、ローレンは己の思考を巡らす事が出来た。
クリフォードが何故、ローレンの前から姿を消したのか、その理由は分からない。
考えられるとするならば、クリフォードにしても、ローレンにしても、己の目的を遂げた、という事だ。
達成したかどうかは、それぞれ違ったが、とにかく答えを見つけたという事。 |
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2008/08/27(水) 22:54:50
クリフォード
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「旅券を見せろ。」
「旅券はない、傭兵なんでな。」
これとまったく似たようなやり取りをしたような気がする、と思いながらクリフォードは淡々と答えた。
「名と目的は。」
「クライン。傭兵の仕事といったらひとつだろう、西の国境へ行くつもりだ。」
違ったのは相手の反応で、餌にたかるハイエナを見るような、嫌悪感を滲ませた目でクリフォードを見た検問の兵士は、それでも仕事を求める傭兵を留めるなと言われているのか、
「通れ。国内で騒ぎを起こすなよ。」
と吐き捨てるように言うと、クリフォードを通した。
元々実直な、しかし自分で物を考えることをしない兵士は、傭兵が戦禍にたかって金をもうける悪魔のような存在だとでも思っているのかもしれない。
クリフォードはさして気にすることもなく黙って国境を抜けたが、逆にルドマンからブルグンドに抜けようとしている人々の中に、一人、怪訝そうな顔をしてクリフォードを見ていた男がいたのに、クリフォードは気付かなかった。
国境を越えてルドマンに入る。
ここで戦争をやっているわけではないが、現に国の一部が戦争中の国と、そうではない国で違うのか、ルドマンに入った途端にいくらかぴりぴりした空気を感じた。
気付かぬ振りをして、クリフォードは見咎められぬ程度に馬を早めた。
もう今頃は、ローレンの解呪も終わって、…宿に戻ったローレンが怒っている頃合だろうか、失意のうちにいるころだろうか。
いずれにせよ、あそこで後を残した覚えはない。
ローレンが自分を捜そうと思ったにせよ、選択肢は本当に多すぎるはずで、追ってこられるはずはないと、そんな風に思っていた。 |
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