アルビダフレアドールディグロッダエンヌソーンステラother

FAIRY TALE
〜第2章『咎人の森』〜

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交換日記 nikkijam

2008/09/13(土) 01:04:38 エンヌ
タイトル 32-33 今日の気分一方、野党とデミリガン女将


 夜襲で手掛けてそれで終わりの筈だった。簡単な仕事の筈だった。
 このような結果に、妻の居る者は大きく嘆くだろう。野党とて、そうではない人間同様に生活があるのだ。する必要が無ければ、命の危険など冒したりはしない。
 そして、その生活が手に入るのだと言われたから手を貸した。そうでなければ、このような場所まで追うなどすることもなっただろう。
 だが、今更だった。


 
 頭の男は、息を吐いて現状に納得するよう考えを切り替えてみた。
 しかし、それでも二つだけ思った。
 ハモンの連れていた、覆面を着けていた戦士の中身が大層整った身なりであったことから、街に住んで居ても、命を張るほどの金が必要になるのかと。
 そして、自分であれば雇い主はもっと選ぶだろうと。……少々他人事な物言いであったが。



2008/09/13(土) 01:03:24 エンヌ
タイトル 32-32 今日の気分一方、野党とデミリガン女将



 そうしたら今よりも豊かな生活を送れること間違いないよ。上機嫌に話す女の言葉にまんまと踊らされ、一人ひとりが満更でもない顔をすると、頭の男は大きく舌打ちした。だが、もうこれ以上強くも言えないので、黙っているしかなかった。
 しかし、喜ぶ仲間たちの中で一人だけ疑問の声を上げた野党の男が居た。彼は折れた腕をなるだけ痛まないように抱えながら言った。

「……いや、これが終わったら、俺たちも街の一家に加えて下さるんじゃなかったので……?」
「おや」

 忘れていたと言った顔つきで女は笑い声を上げた。

「あっはっは! そうだね。そうだったね。……心配するんじゃないよ。単なる冗談さ。旦那には妻のあたしからしっかり口添えしてあげるよ」
「へ、へぇ」

 仲間の一人の言葉で我に返り、共に怪訝な顔で見遣ったが、会話が終わるとやはりどこか期待した顔で仄かに喜び合った。昨日まで生きていた仲間を思うような姿は、見えるようで見えないほどの、彼らの喜びよう。
 それを見た野党頭は、女からは見えないように吐き捨てて、元住んでいた森の棲家から大きく離れた、岩ばかりの山峠へ向けての準備をし始めるのだった。
 嘘か本当か、自分たちのような野良暮れ者に住まいと暮らしを与えるという条件を出して、見事目的に追従させるこの女、ハモン=デミリガンを睨みつけながら。



 元々このハモンがやって来た時に、エンヌという少年を探し出す条件に出したのがそれで、部下から知らせを受けたことで、自分たちとしても実に合理的な展開になったものだと喜んだものだったが、今では大きな後悔しかなかった。
 それは、その昔世話になったというデミリガン一家の棟梁、ローデンボーゲン=デミリガンの命でわざわざ妻であるこの女が出向いて探しているとのことだった。やや疑わしくも思えたが、近年変わった国の制度のおかげで野党家業もし辛くなってきた彼らは、常に困窮し続けてきた。その為、頭としては仲間たちを救う為にも、この好条件を受ける外無かったのだ。


2008/09/13(土) 01:01:36 エンヌ
タイトル 32-31 今日の気分一方、野党とデミリガン女将



 “パシン”
 女が男の頬を打った音だ。頭の男は言葉を止められ、言葉の代わりに今の痛みを目で訴える。
 女の手は肉の厚みが強く、頭の男の頬にはそれなりの衝撃が伝わった。
 対して男の頬は随分と痩せこけていて、薄そうな頬の皮膚は簡単に真っ赤になった。

「あたしの言葉があの人の言葉さ。余計なこと気にしてるんじゃないよ。黙って従いな」
「くそが……」

 周囲からは心配そうに見つめる部下たちの声も零れる。女の直接部下たちは無言で見つめている。

「分かったかい? 分かったら、これからの作戦について話そうじゃないか」

 渋る口を閉じる野党頭。部下たちは、頭がそうであれば既に発言権もない。
 女に言われた通りテントから付近の地図を取り出すと、女がフェアリーテイルのこれからの行き先を考えるよう野党たちに案を尋ねた。女はこの辺りの地形に詳しくはなかった。
 頭の男は、仕方なくと言わんばかりの嫌そうな声で、フェアリーテールの居た町について話し始めた。
 それは、その先にある大きな峠を挟む麓町の一つだそうで、主には山越えをする者か山越えをして来た者たちが一時身を置く町なのだという。

「とすれば……」

 女が地面に広げられた地図に指を這わせながら、その先へと向ける。
 それは国境。既に彼らには目的地があるのか、それはトライアの東に広がる大国、“オーステン”を指し示すものだった。方向からして多少の予想はあったが、ここに来て確信的な考えに切り替わる。

「んだら、そっちで仕留めたらええわ」

 既にやる気の無い頭の男は吐き捨てるように言うが、女はそれを馬鹿にしてその前の峠を指して言った。

「ここ以外でどこで攻めるんだい? 幸いこの辺りにもう一つ別の野党が居る筈だよ。
 丁度良い。こいつらにも手伝わせよう。何、そいつらもうちの傘下の一つさ。よくよく行商人を狙ってるらしいんだよ」

 行商人というフレーズに部下たちが嬉しそうな言葉を吐くと、女はそれを煽って頭の男よりも部下たちに興味がありそうに話を続けた。

「そうだよぉ? ちんけな旅人を襲ってるよりも、こういう所で稼いだ方が断然良いに決まってるよ。馬鹿な頭を持つとあんたたちも損をするってものさ。
 そうだ。この際だからそっちへ移ったらどうだい? なんならあたしから取り計らってやるよ」


2008/09/13(土) 01:00:28 エンヌ
タイトル 32-30 今日の気分一方、野党とデミリガン女将


 女は呆れて物も言えないようだった。
 彼女が連れてきた部下は、用心棒の戦士を含めても精々五人。凄腕の戦士などは自身の手駒には居らず、少なくともそれらよりも期待をもって用心棒として雇った戦士もまた、エンヌを仕留めるには到らなかった。とはいえ、失ってもいないので、隙を突いて畳み掛ければなんとかなるだろうと踏んでいる。
 だが、それには人数が要る。
 街での乱闘、今回の夜襲共にその戦闘を目にした女には、少なからずエンヌは実力者であると理解している。
 こちらは直接見た訳ではないが、選考で最後まで残っていたこと、あのカストルとまともに剣を交えたことさえ合わせれば、寧ろそれだけでもその力を計るには十分であった。
 捜索隊選考の為の数日の間に近隣に連絡を向けたことで、ここ以外にも別を頼りにすることも出来なくはないが、フェアリーテールに属するエンヌの行方を突き止めるのは大変なことだ。
 何せ、女には失踪した姫君を何処へ探しに行くのか見当も付かないからだ。
 今回は偶々寄った野党の巣で偶々聞いた情報を元に見つけることが出来たが、これから先は分からない。これでさえもう一週間。
 更に、まだトライア国内であるが、これが他国領域に入れば更に分からなくなる。
 今の内に仕留めておくことが最良の行動と言えた。
 女は大きな溜息はついたが、話を止めることはしなかった。しかし、無駄もしない性格のようで、伝家の宝刀を抜き出すように、とある言葉を並べ始めた。

「……そうかい。じゃあ仕方ないね。お前たちはここで終わりだ。ローデンボーゲンを呼んで、お前たちを言葉通り根絶やしにしてやろうじゃないか。巣に残ってる女たちも全部さ。女は特にうちの若い衆が大層喜ぶだろうよ」

 高笑いを上げて、頭の男の苦渋の顔を見据える。部下の男たちも各々に声を漏らしてうろたえている。頭の男はその視線からも耐えて返答を言いかねている。
 そして女は、依然座り込む頭の男に近づき、その頬に触れる。
 それに頭の男は、静かな声で疑問の声を上げる。

「嫌だろう? だったら素直に従っとくんだね?」
「……どうしてローデンの兄貴はここに居ないんじゃい? 兄貴ならそないな無理は言わん筈じゃ。兄貴は何処に居るんじゃ? 本当に兄貴が」


2008/09/13(土) 00:58:54 エンヌ
タイトル 32-29 今日の気分一方、野党とデミリガン女将


 必要の無い者など居らず、皆が互いに支えあい生きるその中には、強い絆さえある。頭として戒めを与えるのに脅すことはあっても、真に仲間を手に掛けることなどはしない。仲間を失うということは、そうした生活の面でも、また当然気持ちの面でもマイナスだ。一日一日が常に危険であり、食えぬ日が続くこともある。
 故に貪欲。
 より高い利益に目を向け、その為には全くの他人の事などよりも自分とその家族の為になるプラスを求める。だからこそ奪う。だからこそフェアリーテールを襲う。
 それ自体が満足を得る為の行為の中には、世の善を説く少年の言葉などに傾ける耳など持ち込まぬのだ。
 よって、これ以上の損失を出さぬ為に、危険な場所には近寄らない。
 不満足を得るならば無満足で良し。
 集団を纏める長としてはこれ以上の無い最善策であった。
 「この件からは手を引く」。「これ以上は付き合い切れない」。「やりたいなら勝手にやれ」。
 そして「もう帰れ」。
 だがしかし、それを良しとしないのは、自然ではない街の中でそれなりの良い暮らしをしていた街野党の女だ。
 女は実に偉そうな口調で頭の男に突き付けた。

「へぇ? じゃああんたは、トライアの綺麗な“人の世界”には戻りたくないってのかい? そんな世界よりも、こんな……薄汚い虫並の生活を続けて、一生不幸者のまま早死にしたいと?」

 女のこの言葉を聞いて目の色を変えたのは、部下の野党共だ。唾を飲み込む者も居る。頭の裏側には、こんな焚き火のある世界などは映されない。裕福ではなくとも普通の家があり、人並みにそれなりの仕事をしてそれなりの日々を終えるような、朧気なイメージ。それは、“今の暮らしよりも良い暮らし”。
 彼らとて初めから野党の子として生まれた者もいればそうでない者も居る。そうでない者は特に、窶(やつ)してしまった今の暮らしと前の暮らしを比べては、同様に辛くはあってもやはり昔を懐かしみ、その暮らしに再び焦がれるのだった。
 しかし、部下たちの脳裏の世界などには目も向けず、頭の男ははっきりと断言する。

「そうじゃ。こんなことで死なせるくらいなら、無い方がええんじゃ」

 「頭ぁ」と呟く部下は一人二人居たが、一昨日までならばもう四、五人居てもおかしくはなかっただろう。


2008/09/13(土) 00:56:37 エンヌ
タイトル 32-28 今日の気分一方、野党とデミリガン女将


***

「止めだ? どういうことだい? あんた、やられた奴らの分やり返してやる言ってたじゃないか」
「じゃかあしい! 命あってのもんじゃ」
「はぁん? 臆しちまったって訳かい?……情けない頭だねぇ!」
「じゃかあしいっ!!」

 フェアリーテールを襲撃した野党共だが、現在、ミドルタの周辺の岩陰にテントを張っている。
 野党頭の男は立ち上がり、残った数人の部下たちにその場の撤収を呼びかけた。
 だが、陣の中心に焚いた焚き木の火の消火には未だ手掛けられないまま、頭の男は再び座り込んでしまった為、部下たちも判断に困って、黙って彼らの会話に耳を向けるしかなくなった。

「8人じゃぞ?! 最初のぉ含めたらぁ、12じゃ。姐さんあんた、わしらを根絶やしにしたいんか?
 いくらローデン兄貴の上さんじゃからって、あんまぶっこんてじゃにゃあよ?」

 朽ちて倒れた丸太の椅子に腰掛けながら、自分を誘う恰幅の良い人相悪の女に向かって罵声する。
 だが、それを座ったままで言ったのは、この女にどこか頭が上がらないからか。
 頭の男は、多くの部下を失ったことでの復讐と、部下を手にかけたフェアリーテールの持つ様々な荷を狙い、デミリガン一家の女将の口車に釣られてまんまと彼らに狙いを向けた。しかし、手練れの戦士二人によってその数倍の人数の部下を更に失うことになってしまった。
 頭の男も実際に剣を交えたが、相手になった女の方に片腕を突き刺され大きな負傷を受けていた。いくら復讐と言えど、それを行う自分たちまで殺されてしまって意味が無い。
 そもそも夜襲が失敗してしまった時点で、元々呆気のないものとして見ていた彼らの目論見はほぼ崩れていたのだ。自分たちは略奪者であるという安心感を持って出向いた。奪う側であって奪われる側ではない。
 だがあろうことか、相手は起きていて、且つ反撃をしてくるとは。
 成果は何一つ無い。あるのはマイナスの成果のみだ。そんな状況では、いっそこれからの自分たちの暮らしにまで危うさが出てきてしまうほどである。
 野党たちの暮らしは、厳しい自然の中での、ある種の野生なのだから。


2008/09/04(木) 01:40:26 エンヌ
タイトル 32-27 今日の気分星陰り





 ステラは「さぁ」と立ち上がって言った。

「そろそろ寒いから、宿に戻ってるね」

 エンヌはぼんやりとステラを見返して、二呼吸ほど遅らせてから漸く返事を返した。

「俺、もう少しここに居るよ」
「あ、うん。分かった」

 じゃあ、また。うん。
 ステラが立ち去ろうとすると、エンヌはその背に向けてもう一言言った

「ステラ、ありがとう」
「う、うん?」
「怪我、治してくれて」
「あっ、うん」

 突然のことに上擦った声で返し、そのまま宿へと足を向けた。
 しかし、それは実にいつも通りの自分で、本当は「また明日」と言えば良かったと、言葉の足りなさに心の中で後悔するのもいつも通りで、失敗したなぁと思いつつも、やっぱり全体的には少しだけ頑張れたような、そんな誇らしげな気持ちで顔の頬っぺたの締りが綻んでいた。
 きっと、夜の空気が冷たい所為だと思った。寒いとどうにも震えてしまって上手く話せなくなるから。
 うん。言い訳なんだけれど。


2008/09/04(木) 01:39:54 エンヌ
タイトル 32-26 今日の気分星陰り



「……そっか……」

 エンヌは口を閉じてしまった。ステラと同じか違うのか、池の水面を見つめている。
 風に煽られて揺らいだ水面は断続的に揺らいでいて、初めのようにピタリと止まることはなかったけれど、少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いたように、揺れを鎮めた。

「……すごいよね。頑張ってる」
「どこが。アルビダには負けたよ。俺は男なのに」
「でも、途中で止めたり、しなかったから」
「……でも」

 消えるような声で、続きを言いたそうに。
 ステラは、黙ったエンヌの代わりに、今度は自分のことを話し始めた。
 自分の頼り無さ、村を出た時のちょっとした努力と後悔、これからの不安、そしてやっぱり自分の頼り無さ。

「エンヌは凄いよ」

 自分にもそんなに強い意志があったなら。
 ……見上げた空には無数の星々。生憎、月は満月では無かったが、それでも綺麗な夜空。時間が遅い所為か、中々見たことのない深みのある星空だった。

「流れ星、無いかなぁ?」
「無いん、じゃね?」
「う、うん」

 落ちる流れ星が消える前に三度願いを呟けば願いが叶う。誰でも知っている、奇跡のような言い伝え。
 しかし、流れ星はない。夜空を思い浮かべるものとして、有名な夜の代表格はこんな時、実に照れ屋なのだ。見たい時に限ってやって来ない。気まぐれ気ままに颯爽と落ちる。
 だが、思うのだ。
 その理由は――。

「誰の手によってではなく、自分の手で掴んでこそ」

 唐突にエンヌが呟いた。はっとして横顔を見つめると、ステラと同じく、空を見上げるエンヌが居た。

「後から剣を教えてくれた師匠の言葉」
「……そうだね」

 考えていたことは同じらしく、極めて自然に繋がった。
 こんなこともあるのだな。
 きっと、夜の空気が冷たい所為だ。
 あんまりに冷たいから、心のどこかで暖めた唯一つの何かに触れたくなる。


2008/09/04(木) 01:39:11 エンヌ
タイトル 32-25 今日の気分星陰り



 それは、見知らぬ土地に居たエンヌの右腕にいつの間にか着いていたのだという言う。家族の惨状を目にした際には、当然着いて居なかった物。
 夜の気温は肌寒く、汗の出るほど高い昼の気温に合わせて薄着の格好をしていたが為に余計に寒く、雨が降れば更に体温が奪われた。
 野生の動物たちはこんな厳しい世界を生きていくものなのか。只でさえ子供のエンヌにとって、それは、ただ存在するだけで、死を意味する世界であった。
 誰に狙われるでもなく、自然そのものが命の略奪者。野生。
 風を凌げる岩影を見つけて身を寄せるが、寒さにやられて体力も消耗し、エンヌは横になった。明日まで生きているかは分からない。生きていてもその後どうなるかは分からない。分からないことだらけ。
 夜空は町の中と然して変わらない。しかし、どうしてこんなに広く遠く思えるのか。
 そこから見える星の数も果てしない。
 やがてエンヌは抗えぬ眠りに落ちていく。
 だが、次の日目覚めた時には、どういう訳か前日よりも体が軽い。あれだけ冷えていれば、そのまま凍死していてもおかしくなかったのにだ。
 不思議に思って、ふと、腕輪に手を掛けてみた。
 すると、

『温かい』。

 初めは自分の体温かとも思った。しかし、違うような気がしたのだ。理由は分からない。ただそんな気がしただけだ。
 そんな気がしたというだけなのに、どういう訳かそれが本当のことのように思えて、本当にどういう訳か、目の中が熱くなった。全く分からなかった。……分かりたくなど無かった。

「きっと、皆が守ってくれたんだよ」
「……なのかな」

 エンヌは力なく笑った。
 これが彼の力の源なのだろう。自分などとは違う、使命感にも似た“信念”、その形ある証がその腕輪なのだ。
 剣を構える度に、右腕の腕輪を意識する。持ち上げた時に視界に入る。その腕輪のある右腕で剣を振るうことで、命を守り、誰かの命も奪うことが出来ないのだ。
 腕輪が、奪われたことの証であったから。


2008/09/04(木) 01:37:44 エンヌ
タイトル 32-24 今日の気分星陰り


「――見知らぬ四人組。俺が到着した頃には、一家はもう皆死んでた。
 ラウルだけが生きていて、ドミナももう、やられてて、俺もすぐにやられたんだと思う。あんまり覚えてないんだけど。
 だけど、俺を手に掛けたのは、黒い女だった。真っ黒の髪の、量が凄くて、肌まで黒くて、怒りながら笑ってるような……気持ち悪い奴」

 エンヌの口から語られたのは、エンヌの過去。エンヌの旅の理由。エンヌの強くなる為の理由。エンヌの人を殺さぬ理由。
 ステラは、エンヌが黙るまで、てらてらと揺らぐ池の波の動きをジッと見つめていた。
 楽しさを思い出す時のエンヌは楽しそうに、悲しい事を思い出す時は悲しそうに話した。最初はいつものエンヌのようだったのに、途中からそれは消えてしまって、今では別人のようだ。今日の、馬車で蹲っているエンヌに急に入れ替わったみたいに。

「俺がどうして生きてるのかは分からない。でも、見逃して貰えたとかじゃなくて、気付いたら別の、見たことない場所に居たんだから。家も皆もどこにも無かった。時間はもう夕方で、すぐに暗くなったから、すぐに寒くもなって。
 でも、凍えずに居られたのは、こいつの、おかげなんだ――」

 エンヌはそう言って、右腕の腕輪をステラに見せた。普段は、まるで重厚な鎧を纏った騎士が付けているような肩当てのスカート上のプレートに隠れている為に中々見えないが、寝間着のシャツ姿である為、今ははっきりとその姿が伺える。

「綺麗、だね」
「だろ? こいつがあったから、俺はきっと、あの時、いいや、それからも今もずっと生かされてるんだと思うんだ」

 金と緑色の装飾の施された腕輪。大きく滑らかな宝石が中心に嵌め込まれている。
 ステラは、……こう言ってはエンヌに失礼だが、エンヌのような旅の少年が持つには、少々違和感を感じるほど“高価な腕輪”に思えた。正直、これまでもちらりと見えては「綺麗だな」とは思っていたのだが、自分の性格が災いして上手く聞けなかった。

「これの、おかげって?」
「なんて言うのかなぁ? 温かい、っていうのかな?」
「温かい?」
「うん。気持ちが安らぐっていうか」


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