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| タイトル |
数少ない、大切な… |
今日の気分 | おわります |
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「なあ、いつかさ、代わりに見に行ってくれないか?そんな空をさ」
意外な言葉に驚いたグレースは、思わずその場に立ち止まった。
そして、直ぐに彼から視線を逸らした。
「そんなこと不可能です。あんまりふざけたことを言うと後悔しますよ」
グレースの言っている意味は、下手な言動が駒の目についてしまうことを気にしてのことだった。
顔馴染みが処刑されるのは流石に心が痛い。
「それに、何で僕なんですか……貴方が行ってくれば………」
そう言いかけて、グレースは口を噤んだ。
彼には他の人とは一風違う点がもう一つある。
それは、彼には右足がないということだ。
幼少の頃に森で獣に襲われたのだ。
なんどか一命を取り留めていたものの、彼は右膝から下の足を失くした。
現在では生活に支障がないほどに松葉杖を使えるようになり、自然に歩けるようになっている。
こうした今も。
グレースが押し留めた言葉も気にしない顔をして、彼は満面の笑みを見せる。
「そうだ!今日は俺ん家に泊まれよな?母さんとマナねーちゃんも喜ぶし」
ケルトが足を失う原因の一つにグレースの力量不足があった。
当初狩りを覚えたばかりのグレースが、罠の張り方に失敗し、その結果彼女を庇う形で同行していたケルトが怪我を負ったのだ。
自分のせいで誰かが怪我を負ってしまう。
そのことに彼女はとてつもない後悔と絶望に打ちひしがれた。
だが、彼女のせいで大怪我を追ったと言うのに彼は全くグレースを責めたりしなかった。
それどころか、何度も頭を下げて何故か謝っていたことが、今でも彼女の目からは離れない。
そして今も、ケルトはグレースを責めることはない。
やっぱり彼は数少ない、彼女の大切な顔見知りだ。
「…仕方ありませんね」
僅かに俯いたグレースは足早に街並みを歩いていく。
後を追いかけるケルトの顔が容易に想像でき、思わずグレースも彼と同じ顔を僅かに綻ばせた。 |
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「いやぁ、店の近所で遊んでた子供たちのおもちゃが乱射してさ。俺とマナ姉ちゃんでツキノミ染めだぜ?で、立花の湯で軽く洗ってきたんだけど…出てきたらお前が見えてさ。ってか、男湯覗いてただろ?」
「の、覗いてなんかないっ!」
むきになって足を早めるグレース。
しかしそれでも、ケルトは懸命に彼女の隣に並ぼうとする。
一瞥する彼の顔は嬉しいことでもあったかのように満面の笑みだ。
グレースは視線を逸らし、速度を遅めた。
「そう言えばさ、ピーナツおじさんが死んだっての知ってる?」
「…知ってます」
すると彼は肩を項垂れさせた。
瞳に映る悲しみは父が見せているものと同じだ。
「ショックだったな…俺、あのおじさん好きだったのに」
悲しみの瞳を宿したケルトは灰色ともとれる真っ白い空を仰ぐ。
確かにピーナツ老人が一風変わった賑やかしであることは知っている。
嘘偽りごと、絵空事ばかりを描き、その結果処刑された男。
だが、彼に好感を抱いていたものも意外にも多い。
このケルトや、グレースの父ゲインのように。
「なあ、空ってどうしてこんな色してんだろな」
突然の言葉に顔を顰めるグレース。
ケルトはずっと空を眺めていた。
レンガ調の家並み、その向こうに広がる空はいつだって変わらない色を発している。
生まれる前からずっと変わらないこの空が、他の色に変わるところなんて想像もつかない。
それこそ世界の末路。ありえないとグレースは思っていた。
「ピーナツおじさんだって青い空はあるって言ってたって言ってたんだぞ?」
「誰から聞いたんですか、そんな噂…」
するとケルトは「夢のない奴」とつまらなそうな顔を作ってみせる。
ケルトは夢のような話が好きな男だった。愛読書は童話。
「じゃあ、貴方は信じてるんですか、この世界にはそんな空があるって…」
「う〜ん。正直半信半疑」
自然とグレースからため息が漏れる。
しかしケルトは呆れ顔のグレースを他所に輝いた瞳を見せ付ける。
「でもさ、そんな空があったら面白いだろ?いつか見てみたいなぁ…」
つまり、ケルトは子供なのだ。
その辺の子供よりも子供な、夢見る青年。
ピーナツ老人に感化されたというのもある。
と、気がつけばケルトの視線は空からグレースへと移っていた。
緑色の瞳を見つめる、真っ青で透き通った瞳。 |
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『立花の湯』には小さい頃から父と共に何度となく通っていた。
思い出もいくつかあり、この街で数少ない好きな場所のひとつだ。
父は徐々に通わなくなってしまったが、グレースは今でも通い続けている。
それは冷たく寒いこのキャドロンにある、唯一の心身が温まる場所だと思っているからだ。
暫くして『立花の湯』から出てくる一つの影。
ほのかな香りと生乾きの髪を揺らしながら現れたグレースはゆっくりとその場を後にする。
コートを羽織っているが肩から湯気を上がり続ける。
するとグレースは不意に足を止めた。
振り返る先は男湯。
当然そこに待ち人はいないし、入ろうと思っているわけでもない。
ただ、ふと懐かしく思ってしまったのだ。
昔、この入り口で父を待っていたときのことを。
小さい手に白い息を吹きかけ、父を待っていた。
父が待っていたときもあった。
出てきたとき、父の温かい手と握り合うのが大好きだった。
(何を考えてるんだ、僕は…)
少しばかり笑みを零し、グレースは静かに歩き出した。
白い雪が音を鳴らし踏まれていく。
湯に浸かった後はそのまま森へと戻っていくのも彼女の一日の流れであった。
だが、今日は二度の衝突と良い、何かがいつもと違うらしかった。
街中を歩くグレースへ、突然呼び止める声が聞こえたのだ。
振り返らずとも相手に想像がついた。
その青年は駆け寄るとグレースの隣へと並んだ。
「久しぶりだな、一月ぶりか?」
陽気で人懐っこい笑みを浮かべるその青年の手にはグレースのと同じようなものが。
グレースは視線を戻すと青年に構わず歩き続ける。
「なんだよ〜。数少ない顔馴染みが折角挨拶してやってるっていうのにさ」
「別に。貴方と親しくしているつもりはありませんので」
「ちぇ、つれないな〜」
そう言うと青年は唇と尖らせながら、それでもグレースと同じ速さで歩き、ついていく。
彼の名前はケルト。グレースが世話になっている雑貨屋の倅だ。
幼少の頃から父と共によく通っては獲ってきた動物の肉や毛皮と生活雑貨を交換してもらっていた。
キャドロンでは珍しい気前の良い店主の息子だけあり、ケルトも中々珍しい類の青年だろう。 |
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| タイトル |
2度があったなら3度目のご用意も |
今日の気分 | おわります |
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*****
6時の鐘を鳴らし終え、ウォンはその足で『立花の湯』へ向かった。
雪を溶かした水で沸かした湯が人気の銭湯で、なんでも建国以来の老舗中の老舗であるらしい。時を経て尚人気の、数少ない娯楽だ。
中はむっとするような熱気と人で満ちていて、花瓶に挿し立ててある名も知らぬ花が妙に場違いだった。
ふと、こんな人手だからか誰かと肩肘がぶつかった。
ウォンが何となしに目を向けると、相手もこちらを見たところだった。
頭一つ下の位置から、二重瞼の奥の緑色の瞳が少し開かれた。相手のコートの下の肩が軽快するようにぴくりと動いたのが分かった。
「……こういうこともあるのですね」
(おそらく)少年のような風貌のその人は、小声で全く意味の通らないことを呟いた。
目を向けたのが何の気もなかっただけに、そこはかとなく気まずい雰囲気が立ち込める。
どこかで見知った顔であったような気がしたが、互いに居心地悪げに首を竦めるくらいで何を言うでもなく、なあなあにその場を離れウォンは『男湯』の簾のしたをくぐった。
視界の端ではあの緑色の瞳が『女湯』に入るのが見えた。
てっきり男だとばかり思っていた。女か。
コートが分厚いから分からなかった。
(……いや、それだけじゃないな)
次に思ったのは、刺し違えてでも本人に言えないようなことだった。
例えば『まるで女らしくない男女だ』のようなことを。
どこかで導火線に火が点ったその頃、それを知らぬ者どもはただ静かに爆発の時を待つのみであった。 |
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| タイトル |
2度とない偶然の出会い |
今日の気分 | 次で最後! |
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「……そうかい」
「女王様は怒るかなあ?」
「あのヒトはどうだろうねえ。ま、その犬は吠え散かすだろうけどさ」
冗談めかして言う様子に連れられユーリも笑みを溢す。しかしどれだけ叱られ怒鳴られるのよりも、自分の意を曲げて諦めることの方がずっとずっと恐かった。
そんなユーリに向けてか、彼はぽつりと呟いた。「できない相談じゃない」
「え?」
「無理じゃねえって言ったのさ。ひとつ私と組んでぶち壊してやるかい?」
男はは愉快そうにニヤニヤとした顔をユーリに向けた。
それとは対照的でユーリは雪の礫のように固まった。
一瞬何も考えられなくなり、次に何か言おうと口を開けて、最後に、その言葉の意味を理解した。
途端殆ど飛びつくように腕を取ると、ユーリは凄い勢いで捲し立てていた。
「ほんと!? おじさんっ、本当に?」
彼は別段困った様子もなく、かといって落ち着いているわけでもない。
「二言はないさ。まずそのおじさんってのは他人行儀でいけないねえ」
「エレミアと呼んでおくれよ。私の名前だ」
男――エレミアは「アンタは何て名前なんだい」と片頬を引きつらせるように笑った。
ユーリは思い出したように名乗る。
「スコップのユーリアン=シャゼルです!」
「おやおや元気が良くっていいじゃないさ」
それから、手袋を外してエレミアと小指の約束を交わした。
この『指切りげんまん』というのは大切な約束をするときするものなんだと、そう教わったのだ。
計画には雪が沢山必要だ。
雪を弾丸にして大砲筒に詰め込み発射するという。
エレミアはまるで新しい玩具を手に入れる約束を取り付けた子供のように、浮ついた口調で喋り続けていた。
「……前々から考えていた案でさあ。もっともそいつァもっと小さいんだがね、子供でも持てる大きさ。あれを改良すりゃあいけるんじゃないかねえ」
お前さんはスコップなんだろう、なら大丈夫だねえ。
何が大丈夫なのか。そして本当に大丈夫なのか。
根拠も何もあったものでない不安定、かつ無責任な焚き付けであったが、今のユーリにはそれだけでも大きな火付けとなった。
方法も分からず右往左往していたのはつい数時間前で終わりだ。
ユーリは今確かに燃える信念を感じていた。 |
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話の切れ目を見計らってユーリはやっと相槌と感嘆以外の口を挟んだ。
「すごいね! じゃあおじさんは物作り屋さんなの?」
「物作りってえよりは、私としちゃあ修理屋のつもりなんだがねえ。もっとも、“カラクリ”作るのは好きだから、半分正解ってとこじゃあないかい」
街路の花壇に腰をかけ、隣に座る男は人差し指で銃を打つ真似事をした。
この頃には『修理屋のおじさん』の性質はなんとなくながらも掴めてきていた。沢山喋るところはピーナツおじさんに似ている。悪い人じゃない。ユーリは何をしたというわけでもないのに、会って間もないこの男のことを殆ど完全に信用していた。
だから先ほどぶつかってしまった、あの親切な女性にしたのと同じような事を質問したのだ。
しかしそれには『銃や大砲』という明確な答えが返って来ている。
だからこう訊いたのだ。
大きくて硬い物を壊せるような大砲はどこへ行けば手に入るでしょうか、と。
男は1、2度目をぱちくり瞬きさせた後、一瞬真顔に戻り
「詳しく聞かせて欲しいねえ」
長い上背を屈めてユーリの視線に合わせると、薄い灰色の目を細め、薄い唇を吊り上げた。
てっきり怒られるのかと思ったが、それが笑みだと気付くのには暫く時間が必要だった。
今度はユーリが話す番だ。
自分の中で整理がついていないこと、つまりはピーナツおじさんのことを深く突っ込んで話すのは無意識に避けてしまっていた。
だから話したのは今日考えた、誰かに語ったことだった。
死んだ老人の代わりに空を見なければいけなくて、時計塔に登っても空は見えなくて、だから壁の向こう側に行きたいんだ。青い空が見たいんだと、その情熱は特に一生懸命伝えた。
「だから空を見に行かなきゃ」
男は全てを聞き終えるとゆるゆる背を伸ばした。聞こえないくらいの小言で何事か言うと、彼は遠くの空に目を向けた。
「つまりその大きくって硬い物ってえのは、もしかしてあれのことかい?」
そう語尾を低く伸ばす独特の口調で声を潜めて言う。
彼のその視線はユーリの背後を指していた。振り返ると時計塔そして女王の尖塔、そして国を囲む壁。
壁は全てを囲み、厚い雲は丁度蓋をするような具合で空を包み込んでいる。暗い6時の空はもう夜と呼んで憚りがなく、降って来た重い闇はぬっとりと肌にまとわりついた。
ユーリはゆっくりと、しかし確かに肯定の意を頷きで返した。 |
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相手の服からは染み付いた油と煙草の臭いがする。
男性だ。顔など見なくてもすぐにそう分かった――――角から出て来たのは見上げなければ顔が見えないほどの背を持っていたからだ。
しかし大男と表現するには程遠く、筋骨隆々とはお世辞にも呼べない。寧ろその真逆と言っていいほどの骸骨のように不健康そうな体型だ。ユーリは彼を見たとき森の針葉樹を思い出した。高く細く、天高く伸びる姿勢はあの木々に似ている。
ユーリがぶつかったその針葉樹は、派手なオレンジ色の髪を蓄えていた。
「おっと悪いねえお嬢ちゃん」
服が白と黒の2色だからこそ髪の色がやたらに映える。その髪の間から覗く猫の双眸がユーリを見下ろしていた。
そのいずれかだろうか。何かが確かにユーリの記憶を喚起した。これはあの不思議な既視感だ。
けれどユーリがその正体に気付く前に、男はやれやれと首を振った。
「私ゃ今追われてるんさ」
「追われてる? ……もしかして“駒”に?」
ユーリは彼女らしくない仕草で眉をひそめた。『あんなこと』があったばかりだからか、口をついて出たのはそんな言葉だった。
けれどその言葉を受けた男は深刻さなど欠片もない顔で
「そうさ追われてる。でもありゃ駒よりもっと怖いものだねえ」
吹き出すように笑い声を上げた。唐突な検討違いの問いかけは彼の琴線に触れたらしく、彼は押さえるようにくくくと笑っていた。
これにはあっけに取られたのはユーリの方だった。
「なるほど!そういうわけなのですか!」
朝から押し入ってきた鳩時計の話、姉弟に与えた水鉄砲の話。
彼の語りが上手いのでユーリはつい聞き入ってしまった。
「その貴婦人の怒りたるや鬼も裸足で逃げ出すほどで」、のところでは辺りを見回してしまった程だ。
きっとこの人は退屈なんだろう。男は善く喋った。ユーリが今まで出会った人の中でも5本の指に入る程の饒舌家だ。
ユーリはユーリで今すぐするべき用事もなかったから、お互い時間を共有し合うのには都合が良かった。丁度暇人2人が出くわして、形が嵌ってしまったのだ。
話は弾みに弾んで、彼がひとしきり話し終えた頃には、夕方6時の鐘が鳴り始めていた。 |
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『どんな壊れた時計でも日に2回は正しい時刻を示す』というのなら、狂ったまま進んだ時計は壊れるまで正確な時刻に出会うことはないのだろう。ならば壊れていた方が“まし”ではないだろうか。
時計塔に残ったままの、自分より小さい足跡を見てウォンが思ったのは、どういうわけだがそんなことだった。
どうも朝のものが残っていたらしい。浅い足跡は持ち主の存在を必要以上に主張しているようで、だからウォンはいくつか残っていたそれらを踏み消すように段を登った。
願わくば狂った時計が災厄をもたらさぬように、だ。
時計塔の鐘撞き男は夕方6時の時を告げた。
昨日までより僅か遅れたことに気付く者は、本人以外、恐らくいない。
*****
ユーリはつい半刻前に受けた忠告空しく、またも誰かの身体にぶち当たっていた。
彼女の名誉の為に言うならば、今度はボーッと歩いていたわけではない。腕を振ってさっささっさと歩いているところを、予告なしに曲がり角から出て来た人影に衝突してしまったのだ。
でも今度は軽く接触する程度だったからセーフだよね、とユーリはひとりごちた。
本日2度目の鼻への打撃は、幸いにしてぎりぎり鼻血をこぼさない範囲に止まった。寒さもあって、多少赤くなってはしまったのだけれど。 |
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| タイトル |
欲張り厳禁 |
今日の気分 | 終わりです/雑談場所へはまた後 |
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しばらく頷いた後、
「ご意見ありがとうございましたっ!あと、さっきは本当にごめんなさい。怪我がなくて良かったです!じゃあわたしはこれで!」
ビシッ!という音が聞こえてきそうな姿勢の正し方をしたユーリがそう言うと、相手はまた少し困惑した表情を浮かべる。
その表情はにこにこと笑っているユーリが気づく筈もない。
が、ユーリがその場から去ろうとすると「ちょっと待ってください」と声がかけられる。
「え?」
そう言って彼女が振り返ると、一呼吸置いて
「ボーッとしたままさっさと歩くのは感心出来ません。ボーッとするか、さっさと歩くか、どちらかにしないとまたぶつかってしまうかと思われます」
と言葉が紡がれた。
なんとも真面目そうな心地よい声色だ、とユーリは思った。
「では」
ユーリが返事をする前に毛皮のコートを揺らし、さっさと歩きだす。
その後ろ姿をユーリが見送る形になった。
本当は「貴重なご意見ありがとうございます!」とお礼を言いたいのだが、彼女の中でなんとも言えない既視感が渦巻いていた。
「…どこかで会ったかな…?」 |
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「あたっ!」
思わずユーリがそんな声を発する。
よろめくユーリとは対照的にぶつかった相手は微動だにしなかったようだった。
けれど骨ばった感覚があったことからほとんど本能的に相手は女性だろうと察する。
「…すみません。怪我はありませんか?」
その声に導かれるようにわずかにひりひりとする鼻を押さえたままユーリは顔を上げた。頭も僅かにくらくらとする。
「あっ!全然!全然問題ないですっ!そちらこそ大丈夫ですか?わたしがボーッとしたままさっさと歩いていたから…ごめんなさい」
一息にそう言い切ると、言われた相手は奇麗な二重のややつり目気味の目を見開く。
歳は僅かにユーリよりも上であろうか。
けれど落ち着いた様子からどこか大人びた雰囲気も感じさせる。
そんな彼女は少し間を置いて「…僕の方は平気です」と言った。
その言葉にユーリは良かったぁ、と安堵の笑みを溢した。そしてあっ、と表情を変える。
「あの、つかぬことをお聞きしますが…例えば大きくて硬い物を壊すとしたらどんな物が必要でしょうかね?」
「は…?」
当然の反応を返される。が、いつまでも驚いていて返事をしないというのは失礼にあたると考えたのだろうか
「そうですね…やはり銃火器…大砲などを使うのが一番効果的かと…」
「大砲かあー!なるほど!」
そう言ってしきりに感心するユーリを緑色の瞳が訝しげに見つめる。 |
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