過去の日記
2009年05月(2)
2009年04月(3)
2009年03月(3)
全て表示
お気に入り
ログサイト
nikkijamおすすめ
占いカフェ
懸賞ざくざく
人気ランキング
メニュー
プロフィール
メール送信
携帯へURL送信


|
| タイトル |
8-10.無意識のはじまり |
今日の気分 | 終わります |
|
|
「あの、…なんで新幹線、なんかに」
「直接話をしようと思って」
かろうじてしぼりだした質問にも、比嘉さんの答えは冷静だ。彼は少し焦れたように「電波が悪いので早く教えてください」と付け足すのを忘れない。
「…まさか、名古屋行きの?」
腕時計は、高志が乗っているはずの新幹線の出発時刻をさしている。
「そうです。あの、柿崎さん。電波が悪いので――」
繰り返される言葉を遮って、「どうしてその新幹線がわかったんですか?」と尋ねる。
聞いた直後に、高志に逃げられた説明をしたときに自分で言ったのだと思い出した。比嘉さんにその通り指摘されて、そうでした、と答える。
「柿崎さん」
呼ばれる名前には、暗に「早くしてください」というメッセージがこめられている。
「比嘉さん、あの、言葉が足りなかったのなら謝ります。だけど、私は」
「俺です」
「え?」
だけど、私は。
続くはずだった言葉は、思ったよりショックを受けなかったんです、という告白だ。
でも、比嘉さんは短くそれをさえぎった。
「俺が、いやなんです。だから、彼と話したいのも、俺です」
比嘉さんはまだ何か言おうとしていたと思うのだけど。私の口はそれよりも早く、高志の特徴を告げていた。
携帯が、まるでタイミングを待っていたかのように切れた。
かけなおしても比嘉さんの携帯は圏外だ。
…ここで、待っていていいんだろうか。
そんなばかばかしいことを迷うくらいに、たぶん、私は比嘉さんに依存し始めてる。 |
|
| タイトル |
8-9.言葉をうしなう |
今日の気分 | 7/2修正済み |
|
|
まずは現在地の確認を、とかばんから携帯を出した瞬間にイルミネーションランプが光った。僅かな時間差で、静かな振動が始まる。
連絡は比嘉さんからで、着替えの件ね、と勝手に結論付けていた私は「もしもし」とできるだけ感じよく響くように電話にでた。
「柿崎さん、比嘉です」
予想に反して、比嘉さんの声は男のままだった。息が少し切れていることを除けば、まったくいつもどおりだ。女に変わりそうな気配もうかがえない。
「あれ?男のままですね。てっきり、変化でも起きたのかと思ってました」
彼はそれには返事をせずに、代わりに「特徴をおしえてください」と言った。
「はい?特徴?」
…特徴って何の?正直に言ってそこから先の答えは全くでてこない。
そもそも比嘉さんはどこにいるんだろう。改札の方角に向かったのはわかるけど、携帯から漏れ聞こえてくる周囲のざわめきがひどい。
疑問符で頭をいっぱいにしているうちに、比嘉さんがまた何か言った。
だけど、ほとんど同時にけたたましいベルが重なって、今度は意味がわからないのじゃなくて言葉自体が聞こえない。
「ごめんなさい、何ですか?」
自然大きな声で問い返すことになる。一呼吸分の沈黙もおかずに、今度はずいぶんはっきりと比嘉さんが言った。息切れもすでになおってる。
「柿崎さんの彼氏の、特徴を教えてください」
服装とか、髪型とか――名前とか。
付け加えられた言葉は耳を通ってぬけていく。同時に耳やかましい低い騒音も。
「比嘉さん、どこにいらっしゃるんですか」
「新幹線の中です」
絶句、ってたぶん今の私の状態を言うんだと思う。 |
|
| タイトル |
8-8.いなくなった理由 |
今日の気分 | 7/2 修正済み |
|
|
「逃げたんですね」と。
聞き返したというより確認するような調子で比嘉さんが言った。
あれは逃げたって感じだったわよねぇ、なんて、性別に合った服装に着替えたおかげでだいぶ落ち着いた頭で思い出す。
自然と苦笑いになるのは、自分のおかれたみじめな状況を再認識したせいかもしれない。連休の最後に恋人に逃げられて、のんびり休んでいた上司に助けを求めて品川まで呼び出した上に、現在の姿は男。たぶん明日は仕事にいけないだろう。
そんなところまで思考をとばしていた私を、比嘉さんはじっと見つめていた。
私は苦笑を笑みに変えてから「そうなんです」とできるだけ明るい調子で答える。
信じられないですよね、あいつ。
続けようと用意していた言葉を伝えることは出来なかった。
目の前から比嘉さんが消えた。
休日らしく人の出入りが多い駅ビルの入り口。その入り口を飛び出していく背中を視界の端にとらえた。彼は躊躇う様子も見せずに走り去っていく――あちらはたぶん、改札しかない。
逃げられた?考えてみて、さすがにそれはないと思いなおす。だって逃げるくらいならそもそも来なければいいのだし。
比嘉さんはもう見えない。
ごちゃごちゃとひっきりなしに行きかう人のせいで追いかけそびれてしまった。
先ほどと同じようにひとり取り残されて、でも今度はさっきよりもうんと冷静に「うーん」と唸ってみる。急用でも思い出したとか?いくらか落ち着いている証拠にしごく全うな理由を思いついたけど、それにしたって「急用を思い出しました」くらいは言い残しても良いような気がする。
そういえば、前にもあんな風に遠ざかっていく比嘉さんを見た覚えがある。それこそ、駅の改札で。あとで聞いたら、「性別が変わりそうで急いでたんです」って説明してくれた。あのときは、まだ比嘉さんが同じ体質だって知らなかったんだっけ。
…もしかして、今も性別変化が起きそうだったのかしら。思いついたアイディアはそう悪くなさそうだ。
でも、だとすれば私の着替えを持っていかなかったのは間違いだ。比嘉さんの荷物をみるに、とても自分用の着替えまで準備してるとは思えなかったし、どうせならこれ、もっていけばよかったのに。
デパートの紙袋に入った女物の服。比嘉さんがいなくなった方向と手元の服を見比べて、それなら届けにいけばいいや、という結論にたどり着くのに、そう時間はかからなかった。 |
|
|
かくして俺は、男性になってしまった柿崎さんに渡すべく、服一式を携えて品川駅へ向かった。上着も念のために用意している。十一月の終わりともなると、衣類は厚みがある。膨らんだ荷物になった。
外は思いのほか暗かった。身を隠すには都合がいい。いくら急いでも三十分はかかるので、そのあいだの寒さをしのげるよう待ち合わせ場所をもっと暖かい場所にしようかとメールしたが、却下された。すぐに行きますからそこを動かないで、と短く返し、携帯をポケットにねじ込んだ。
時間経過とともに窓からの景色は夜の色に染まる。眺めているうちに、俺の想像もまた暗くなっていった。柿崎さんは、電話口では俺の都合を聞く余裕も、自力で局面を乗り切ろうという強がりもみせていたけれど、本当はとても心細いのではないだろうか。泣いていないといい。バッグの持ち手を握り直した。
目印の駐輪場も、階段も、柿崎さんもすぐに見つかった。
「こんなところまでお呼び出ししてすみません。ありがとうございます」
さっそく着替えてきますね、と俺からバッグを受け取った男の柿崎さんは小走りで駅に戻ると、トイレで身支度を整えて出てきた。
「比嘉さんて、普段はこういう服を着ていらっしゃるんですね」
柿崎さんは、この俺の恰好ではなく、俺から借りた今の自分の服装でファッションチェックをしている。
来るまでのあいだ、あれこれ考えたのは、単なるひとりよがりだったのか。俺は拍子抜けしてしまった。
俺のタンスから出してきた見慣れた服を、見慣れない男の姿の柿崎さんが来ているのは、奇妙な気分だった。
身長は俺のほうが五センチ程度、面目を保てる程度に高い。体の厚みといい、靴のサイズといい、大きさはちょうどよかった。
駅構内を行き交う人々には、立ち話をする俺たちを気にする様子はない。
「私が電話したとき、ご自宅にいらっしゃったんですか」
「そうです。昼寝をしていました」
「ああ、道理で顔に跡が」
え、と指でさされた側の頬を手で隠す。なにもついていません、とすかさず柿崎さんが言った。
拍子抜け継続中の俺には言い返す気力などない。ふっと笑いがこぼれた。
「落ち込んでいるかと思ってた」
「そういえば、事情をお話していませんでしたね」
性別変化について恋人に打ち明けたこと、さっきまでその男と一緒だったことを柿崎さんは簡単に説明してくれた。俺にはその説明で充分だった。 |
|
| タイトル |
8-6.伝えることは難しい |
今日の気分 | 続きます |
|
|
『はじめましてー』
元気な女の子からだった。新しい光通信回線の勧誘だ。俺は、はいといいえだけでかわした。
切るとすぐにまた携帯が鳴った。今日はよくかかってくる日だ。というより、今の女の子が間違えてかけているのかもしれない。はいはいちゃんとリストにチェックをいれながらかけようねー、とまるで松見さんをあしらうようなことを内心で思いながら、液晶画面を確かめずに通話ボタンを押した。
無言電話だった。もしもしと言っても返答がない。このままだと永遠に不自然な沈黙が続きそうだ、と携帯を見直したら、
『……あの』
聞こえてきたのは、気弱な印象の男の声だった。よく見ると、発信元は柿崎さんの携帯だった。俺は打たれたように、それまでのだらしなかった体勢を正し、正坐しようとして足の小指をテーブルの端にしたたかに打ちつけた。でもこらえた。
「柿崎さんですよね」
『えっと。こんにちは』
聞き逃すまいと、俺は携帯をしっかり耳にあてる。
「こんにちは」
さっき夢で柿崎さんを見たよ、と言いたいのを我慢する。
今日は連休の最終日だ。明日になれば会社で会えるというのに、柿崎さんがわざわざ俺に電話をくれるなんて、柿崎さんの声が聞けるなんて、と俺はそれだけのことで落ち着きをなくしていた。
雑誌を閉じ、新聞と一緒に角をそろえて置いた。リモコンの位置もテーブルに対して曲がっていたので正した。
咳払いをひとつ挟んで、それとなく聞いた。
「どうしたんです。あの、電話をする相手は俺で合っていますか」
直後、自分の発言に頭を抱えた。
柿崎さんから電話がもらえるなんて信じられない、とか、電話が嬉しい、とか、そういうニュアンスでいきたかった。
なのに、この連休は彼氏と会うとまえもって聞かされていた分、不純で冷たい響きが混ざった。無意識だっただけに余計にショックだ。
柿崎さんは気にしていないようだった。
『比嘉さんで合っています。今、困っていて、それで比嘉さんにお願いしたいと思って。でもお忙しいのでしたら、いいです。自分でなんとかします』
「なにを言っているんですか」
俺は嘆息をもらした。
柿崎さんは目の前にいない。優しく聞こえるかどうかはわからないけれど、できるだけ穏やかな口調で伝えた。
「頼ってください。俺はそうしてもらったほうが……」
嬉しい、とはさすがに続けられなかった。俺は成宮じゃない。 |
|
|
都合のいい夢をみていた。夢のなかで、俺は柿崎さんと電車に揺られていた。京浜急行には一度だけ乗ったことがある。確か赤くてふたりがけで水玉模様の座席だった。記憶を浅く適当に掘りおこし、夢はたんたんと進んでいく。
夢の俺は柿崎さんから行き先を聞かされていなかった。これは京急で、神奈川方面に向かっているんだね。言い当てるつもりで俺はそう言った。
そんなことよりお土産足りるかしら。柿崎さんは後ろの座席を振り返り、首をかしげた。夢らしい飛躍だった。そこには紅芋タルトと桔梗信玄餅がうずたかく積んであった。そして窓の外はというと、スミちゃんが電車とつかず離れずの速度で駆けているのだった。
そうだ俺たち今、帰り道なんだっけ。俺は完全に失念していた。成宮の言ったとおりだった。
俺は柿崎さんに確認をする。ねえ柿崎さん、柿崎さんが男でも女でも柿崎葵に違いないって成宮さんは言ってたけど、肝心の柿崎さんは男と女のどっちでいたいの?
柿崎さんはじいっと俺を見つめて、内緒話をするときのように顔を寄せた。比嘉さんが男のときは女がいいし、反対に女性のときは私が男性になる。そう言った。
それはだめだよ、だったら俺が柿崎さんに合わせるよ。俺は言った。
表情を動かした柿崎さんの向こうにおかしなものが見えた。
スミちゃんだと思っていた犬は成宮崇だった。成宮はどっちだっていいじゃないと言った。いいじゃない、いいじゃない、と変てこな節まわしで歌い、自分もダンサーのようにまわりはじめた。
アップで見えたのは畳。一瞬ここはどこだろうと思ったが、どこでもない。自宅だった。それも、夜ではなくこれから夕方という時間帯だ。
居間で寝そべっているうちに寝てしまったらしい。腹には毛布がかかっている。
そして柿崎さんはいない。電車で寝たのではない。すべてが夢だった。
俺のそばには旅行雑誌が広げてあった。神戸出張のときに買ったもので、予備知識を入れるつもりでいたのに結局その大半を帰りの新幹線で読むことになった。いつかのドーナツ屋で見かけた女の子たちのようにはいかないものだ。
テーブルの上で携帯が鳴った。とりあえず電話に出た。 |
|
| タイトル |
8-4.S.O.S.コール |
今日の気分 | 終わります |
|
|
無駄な数分は、何ひとつ好転させなかったかわりに、それ以上悪い状況もつくらなかった。
ラッキーだったのは、この席が奥まったところにあって人目があまりなかったことくらいだ。少なくとも、身体に合わない女装をした私に気づいた様子はない。とはいえ、いつまでもここでぐずぐずしているわけにはいかないだろう。
まずは、ここをでよう。それで、せめてもう少し人目のないところにいって。
…それから?
この状況から助けてくれそうな相手なんて、ひとりしか知らない。
うるさいくらいに高鳴る心音を深呼吸でなんとか沈める。
高志に連絡をするとか、追いかけるとかなんて、とてもじゃないけど思いつかなかった。
意を決して立ち上がる。
カウンターに片付けなくちゃいけないグラス類は、申し訳なかったけどそこに置きっぱなしにしてしまった。
全力疾走だ。
足に合わないヒールを片手で持って、ここのところ全く出番がなかった小さなカバンを空いた手で抱えて。
カフェを飛び出す。駅とは逆側に向かってとにかく走る。
路地でもどこでもいい。とにかく、人のいない方角へ。
スカイウォークを走りぬけ、行き止まりにあったオフィスビルの横の階段を駆け下りる。一息つこうと思ったらコンビニがあって、方向転換。青が点滅していた横断歩道を渡った。
渡った先は、バイクの駐輪場になっていた。左はマンション、右は小さなトンネル。
トンネルの横には上の道へあがるためと思しき階段があって、その階段の裏側でやっと足を止める。
死にそう。
息が整うまでにもう数分。
情けなくて、悲しくて、悔しい。でも、私は泣かなかった。
涙が上手く出なかったのと、なんだか「まあこんなもんよね」っていう諦めの気持ちとが半々で。不思議と、高志に腹を立てる元気もわいてこない。
「不用意すぎる」って怒られるかしらね。
携帯電話に表示された名前に苦笑い。
でもきっと、彼は助けてくれるはずだ。…もしかして、いまは彼女かもしれない。
こんなときにニヤニヤしている自分をどうかとも思ったけれど、その理由に気づいたのはうんとあとになってから。
比嘉俊之。
名前の下に表示された発信中の文字は、数秒の間を置いて、通話中に変わる。 |
|
|
だけど、人生はそんなに上手くできてない。
連休の最終日、私たちは昼から品川にいた。高志の新幹線の時間は夕方だったけど、せっかくだから品川の水族館か映画館でデートでもしよう、と高志に誘われたから。
レストランもカフェも混雑していて、ようやく一息ついたのは16時を回った頃だった。
「いつもながらすごい人だよなあ。…まぁ、名古屋だって似たようなもんなんだけどさ」
アイスカフェオレをかきまぜながら、高志が苦笑いで辺りを見渡す。「連休だからね」と私はそれを受けて、次の瞬間、持っていたグラスを落としかけた。
座っているのに、椅子ごと地面に吸い込まれそうな感覚。
景色が歪んでる。目を強く閉じる。ひらく。ぐらんぐらんという揺れは少しずつ強くなる。
レジの行列に気を取られている高志はまだ気づいてない。
気のせいだったらいいのに。そんな甘い考えが、その場を離れるタイミングを失わせた。
振り向いた高志の不思議そうな顔がついに二重にぶれる。
「ん?葵?どうかした?」
「どうしよう、私、」
「え?ちょっと顔色が悪いみたいだけど…」
「男に、なっ――」
最後まで伝えることはできなかった。
前回から時間が空いていた分なのか、身体にはしる軋みが大きい。
次に気づいたときには高志の表情は完全に失われていて、私が声をかける前に彼はガタンと大きな音を鳴らして席を立った。
「ごめん!」
謝ったのは、彼の最後の良心だったんだろうか。
自分の荷物だけをひっつかんで、高志は目の前からいなくなった。
一瞬の出来事だった。
そして、そのあとに訪れた恐ろしいほど長い静寂。
周囲に人はいるのに、それ以上の孤独感みたいなものが耳の奥に静けさをうみだす。
辛うじて握ったままだったグラスから、ひとくち、中の液体を飲み込む。何も感じない。
逃げられたの?ハンマーでがつんとやられたみたいな頭で考える。
現状と自分の気持ち。いままでの…付き合い始めてから数年におよぶ高志との時間。
折り合いのつけ方を探して、――ほんの数分で目が覚めた。
高志は私を、男である柿崎葵を見て逃げた。
それ以上でもそれ以下でもない。とにかく、彼が私を見捨てたことだけが紛れもない事実だ。
現実に心が追いつかないけれど、自分が着替えを持っていないことだけはしっかり覚えてる。
調子に乗っていたのだ、なんて後悔したって遅い。 |
|
| タイトル |
8-2.告白失敗のあとで |
今日の気分 | 続きます |
|
|
私は当然、出来うる限りの表情と声音で大真面目に伝えた。それでも高志は盛大にビールを噴き出した。
気持ちはわかるし、責めるつもりは毛頭ない。
「お前ね、一体なにを言って…」
ため息まじりに私に向き直った高志が、ややあってから困ったように眉をさげる。たぶん、私が真剣な顔を崩さなかったから。本当は冗談にしてしまいたかったけど、ここでやめたら後で困るのは自分だ。
「男になっちゃう、って…えっと、手術か何かしたいってこと?」
今度は私が噴き出した。
伝え方が悪すぎたみたい。反省はほどほどに「そうじゃなくて」と訂正する。
「病気、なのかな。よくわかんないんだけど、たまに性別が変わっちゃうの。いまは、女なんだけど…」
高志はしばらく困った顔のままでいて、それから視線を逸らした。私をどう扱ってよいのかわからないといったところだろう。…付き合いが長いから、それくらいはわかる。
やがて彼の中で、さきほど告白はたちの悪い冗談として片付けてしまうことになったらしい。
「ところでさ」とまったく別の話題をだされて、私の気持ちはそこであっさり折れてしまった。
これ以上、この話題を続けるのは不毛だ。私が逆の立場だって信じられない。例えば、久しぶりにあった高志が「俺、今は男だけど、たまに女になっちゃうんだ」なんて言ったとしても、真剣に取り合うのは、きっと……難しいってことなんだろう。
逃げ道をさぐるような思考のあとで、私たちは穏やかに二日間を過ごした。
その夜は近所の居酒屋さんでごはんを食べて、翌日は大学時代からの共通の友達と会った。朝食がわりの簡単な手料理は好評だったし、独り暮らしの部屋に他の誰かがいるのはそれだけで新鮮だった。
私の男用の服は高志が絶対に見ないキッチンの収納の奥深くに隠してあって、高志は初日に私が言ったことなんて忘れてるみたいに見えた。
このままやり過ごしてしまえばいい。次に会えるのは良くてクリスマス、お互いの都合が合わなければ年明け以降だ。
それまでには、何か良い案が見つかるかもしれないのだし――例えば、良い薬が見つかるとか、自然に治るとか、せめて比嘉さんみたいにコントロールが出来るようになるとか。
意識的にポジティブな方向へ向けた思考も手伝って、私自身も体質異常への意識が低くなっていたと思う。それは久しぶりの感覚で、思い返してみれば楽しい時間に違いなかった。 |
|
| タイトル |
8-1.約束の週末 |
今日の気分 | 5/27一部修正しました |
|
|
幸い、なんていうと怒られてしまうかもしれないけれど。その後、比嘉さんとの意味深なやりとりについて考えることはほとんどなかった。
もちろん、酔っ払っていて覚えてなかったという意味ではない。
新宿で比嘉さんと映画を見た日、高志から届いたメール。あのときの約束の連休が、もう目前に迫っていたから。
だから、正確には「考えなかった」というよりも「考える余裕がなかった」というのが正しいのだろう。不本意ながら、たぶん。
女のままで迎えた当日、高志は午後一番でうちに到着した。
昼間から冷えた缶ビールをあけて、おみやげの説明を聞いたり、お互いの近況を報告しあったり。メールや電話の連絡も大して頻繁ではないから、会ったときに話すネタに事欠かないのはいいことだと思う。
それに久しぶりの彼の横顔は、やっぱり少し安心するものでもあった。例えば、ずいぶん会ってなかった兄弟みたいな。…恋人に対する例えとしては、ちょっと落ち着きすぎているけれど。
夏よりも冬に近い秋風は、少しだけ肌に冷たい。
ようやく一段落ついた高志の隣に座って、私は今回の一件をどう切り出そうか考える。…今までだって散々あれこれ考えたけど、いざその場になってみても、やっぱり上手い説明なんて見当たらない。
「どうしたの?」
ベッドに寄りかかってテレビを見ていた高志は、いつの間にか私の方を向いていた。
「なんだか考え事してるみたいだから。まだ仕事忙しいとか?」
無言のままの私に彼は重ねて問いかけて、私はようやく観念する。きっとこれ以上のきっかけなんて、ずっと待っていたってこないだろうし。
「仕事は、…うん、まあ、忙しいんだけど。それより、あの、驚かないで聞いて欲しいことがあって」
はからず歯切れの悪い口調になってしまった。高志は真顔になったあとで、笑みを戻して「うん?」と先を促す。
一瞬の沈黙は、私に躊躇いが残っていた証拠だ。
「…あの、あのね。私、男になっちゃうの」 |
|
|