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| タイトル |
11-25.かがみもちの力こぶ |
今日の気分 | 終わります(裏の顔出し遅れます、ごめんなさい!) |
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エレベーターホールにはコートを腕にかけた生越課長がいた。
私を見ると、二次会に行かなかったのかと驚かれ、妙な間のあとでやけに納得したような顔で「まあ、そうか」と頷く。
真意が見えなかったのでそのときは曖昧に笑い返したけれど、理由はあとでわかった。
短い雑談の途中で、チン、とエレベーター到着を知らせる軽い音が響く。
課長はちらりとそちらを見て、私を見てからぽんと肩をたたき、「新しいところでもがんばるんだよ」と笑った。
型どおりの激励でも、この人の言葉には不思議な個性がある。
それは表情のせいかもしれないし、一緒に過ごした印象のせいかもしれない。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました」
頭を下げる。返した言葉はやっぱり定型文だったけれど、課長には本当にお世話になった。
軽い足取りでエレベーターに乗り込んだ生越課長は、扉がしまる直前に「ああ、そういえば」とひとりごち、閉まり始めた扉の間に顔を覗かせる。
「デジカメ、比嘉くんが持ってるから」
扉が目の前で閉まった。
下に向かうエレベーターの表示が1階を示す前に思い当たる。
デジカメに入れていた12月23日の写真。
…さっきの妙な間はそういうことだったのね。
比嘉さんに、ひとこと謝っておいたほうがいいかしら。
取り出した携帯は、松見さんへの返信画面が表示されたまま。
そのまま迷ってたら、給湯室から出てきた逸美ちゃんがまた笑った。
「いいですね。彼氏に連絡ですか」
「残念ながら、ちょっと難しいメールの返事を考えてました」
嘘はついてない。
「考えすぎるとはまりますよね。そういうときは直球がいいですよ。誰かさんみたいに」
逸美ちゃんはそういい残して部屋に戻っていく。
確かに直球がいいかもしれない。まわりくどい言い方は誰かさんには通じないことが多いし。
「私も負けないようにがんばるから」
これだけじゃそっけないかな、と思ったから、文章の最後にかがみもちの絵文字をつけてみた。
…見ようによっては馬鹿にしてるように見えなくもないけど、たぶん松見さんなら大丈夫だ。 |
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| タイトル |
11-24.”彼女”のように |
今日の気分 | 続きます |
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ぐるりと部屋を見渡す。
だいぶまばらになり始めた人の中に、比嘉さんの姿は見つけられない。
…まさか帰ったり、してないわよね?
さすがにありえないとすぐに打ち消してみたものの、比嘉さんはたまにナチュラルにそういうことをする人だ。
突っ立ったまま悩んでても仕方ない。
選択肢は、比嘉さんを探しにうろついてみるか、ここでしばらく待ってみるかの二択なんだから。
ほとんど迷うことなく後片付けをはじめてから、松見さんだったらやっぱり迷うことなく比嘉さんを探しにいったんだろうな、と思う。
彼女が私に与えた影響は、たぶん本人が思っている以上に大きい。
同時に、彼女のようには生きられないだろうというあきらめも。
給湯室で台ふきんをゆすいでいたら、ゴミをまとめにきた逸見ちゃんに「なにも最後の最後まで片付けなんてしなくても」と苦笑された。
「でも逸美ちゃんが私の立場でも、同じことする気がしない?」
私の返事に、彼女は少し考えた後「二次会に行くかも」とまじめな顔で答えた。
なるほど。それも一理あるわね。
ふたりで顔を見合わせて笑って、私が先に給湯室を出た。 |
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| タイトル |
11-23.少し先の来年 |
今日の気分 | 続きます |
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気づいたら、予想よりだいぶ時間が経っていた。
仕事で関わったほとんどの人と話して、勧められるままに結構な量を飲んだ…と、思う。
火照った顔を冷やそうとベランダに出て、携帯のランプが光っているのに気がついた。
未確認メールが一通。
メールの相手はまさかの松見さんで、旧年中は大変お世話になりました、という年内にもらうには少し早いようなあいさつに続いて、今年は柿崎さんに負けないつもりです、と仕事の意気込みとも宣戦布告ともとれそうな文章がついていた。
松見さんのことだから、たぶん後者だろう。
ついでに、今年はもう残りあと1日と少しだけだ。
思わず笑ったら、ふわり、と白い息が浮いた。
なんて返事をうとうかな。
返信画面は開いてみたものの、迷っているうちに指が凍えて動かなくなったのであきらめる。
部屋に戻ると、逸美ちゃんと数人の社員がさりげなく片づけを始めていた。
諸星くんは仕事に戻ったらしい。
これから二次会に繰り出す、というメンバーが声をかけてくれたけれど、お酒も食事も十分だったので丁重に辞退した。
最後の挨拶は、やっぱり「それじゃあ、また」だ。
そのうちの何人と「また」会えるんだろう。
ちらりと頭に過ぎった疑問に、さきほどのメールが重なる。
最後の挨拶すらしなかったけど、松見さんとはあと1回くらい会うかもしれない。
少なくとも、一度お芝居を見に来てくれた人には劇団から案内が届く。…劇団員の誰かがこのあいだのアレに懲りて、彼女をそっと名簿からはずしたりしない限り。 |
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| タイトル |
11-22.生越課長からの呼び出し |
今日の気分 | 終わります |
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話したいと生越課長に言われたのはそんなときだ。
「課長、黙って後ろに立たないでくださいよ」
生越課長は静かなままだった。資料室で話したいと言った。
廊下の冷えた空気に触れているうちに俺の頭も冷静になり、これはあまり人に聞かれたくない種類の話なのだと察した。
夕方までは灯っていたのに、資料室の蛍光灯が一本切れていた。脚立を持ってきて取り換え、生越課長がスイッチを入れた。
課長はだめになった蛍光灯を床に置くと、脚立を下りている俺に歩み寄り、背広のポケットからなにかを差し出した。
見覚えのあるデジカメだった。
「柿崎くんのものだろう。返しておいてくれ」
はいと返事をしたものの、なぜ俺が言われるのか理解できなかった。柿崎さんはまだいるんだし、直接手渡せばいいのに。
受け取ったデジカメは電源が入ったままだった。まさか課長は電源ボタンがわからなかったんじゃ……。
生越課長は、顎でデジカメを示した。見ろ、という意味に取れた。
俺は見なかった。見なくても、なにが映っているのかわかったからだ。
身に憶えがあった。12月23日の立川昭和記念公園。
柿崎さんがなにを被写体としていたのか、すべてを把握しているわけではないが、少なくとも一枚はあった。
――「あっ、私、お願いしていいですか?」
入ってすぐのところで、柿崎さんは若い男にデジカメを手渡して言った。
そうして俺とふたりで、写真を撮ってもらった。消していなければ、このデジカメのデータに含まれているはずだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
あれこれ考えたものの、俺はそれだけを言った。あのまま打ち上げの場で写真撮影を続けていたら、手に取った誰かが撮影データを遡って見ることは大いに考えられた。それに、人前でデジカメを返したら、また誰かが気を利かせて撮ってやろうかと言い出しかねない。
生越課長は首をすくめた。
「ここは冷えるなあ。戻ろう」 |
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| タイトル |
11-21.お友達紹介と時間 |
今日の気分 | 続きます |
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諸星が腹を拭きながら戻ってきた。
「松見さんに頼みがあるんだけどさあ、今度友達紹介してくんない?」
見た目より酔っているのかもしれない。
「そのくらいいいですけど。なんで私の友達なんですか」
「松見さんの友達だったら、きっと性格がいいに決まってると思って」
えー嬉しいな、と松見さんは声を上げた。
友達を褒められたと解釈した彼女に、俺も諸星も余計なことは言わなかった。ただ微笑んで、時間はだいじょうぶかと腕時計を示してみせた。
視界の端でフラッシュを感じ、振り返ると柿崎さんがその中央にいた。花束を持っていた。いつ贈呈があったのだろう。20人程度なのに、賑やかすぎて気づかなかった。それはいいのだけれど、デジタルカメラを持っているのが生越課長というのは、放っておいていい事態なんだろうか。
柿崎さんが手招きをした。俺の後ろには誰もいないから、やっぱり俺を呼んでいるようだ。
「課長、代わりますよ。俺が撮ります」
「ダメですよー。直属の上司なんだから、比嘉さんも入って入って」
言ったのは柿崎さんじゃなくて、別の男性社員だ。まずは一枚一緒に映って、そのあとで生越課長と交代し、一枚撮ってあげたあと、今度は俺がと申し出た社員にデジカメを預けた。
今日みたいな年末の繁忙期の週末ともなると、疲れはピークだった。抑制が利かず、誰もが饒舌で無防備でわけもなく明るかった。
昼間はしんみりしていた柿崎さんもはしゃいでいた。次々に話しかけられているなと思ったら、余所の課の人間も混ざっていた。柿崎さんの退職を聞きつけて、挨拶だけしにきたようだ。そのひとりひとりに時間を割いて、柿崎さんは丁重に相手をしていた。近づきたかったけれど、お目付け役のようになるのも嫌で、俺は距離を取って見守っていた。 |
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| タイトル |
11-20.元気なご挨拶 |
今日の気分 | 続きます |
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定時を過ぎたころから会議室にだらだらと人が集まり出して、作業中の者を呼びに行く形で全員が揃った。生越課長の乾杯を合図に納会ははじまった。
来年のカレンダーが貼られているだけでさっきまで殺風景だった会議室は、食べ物の匂いで満ちていた。
中央に寄せ集めた長机には惣菜のデリバリーが並んでいる。缶ビールに缶チューハイにウーロン茶、ピザやフライドチキンもある。なぜかケーキもワンホールある。シャンメリーは社員の家の余り物だそうで、目ざとく見つけた逸美さんが自分が栓を抜くと言って譲らなかった。
諸星は少ししたらまた作業に戻ると言い、紙皿にチキンを山盛りにしていた。それでも缶ビールは握っていて、顔も赤らんでいた。
「比嘉さんは実家はどこですか」
「都内だよ。そっちは埼玉……深谷だっけ」
「はい。帰省もなにも、近すぎて日帰りですよ」
毎年、職場から直接帰省する社員がいて、納会の途中で抜けていくのが常だった。松見さんもそのうちの一人だった。勤続年数の長い社員に囲まれている柿崎さんに近づこうとした先に、割り込むように現れた。
「本当は今年最後のご挨拶を今日しなければならないことがとっても不本意なんですが、この場を借りて御礼申し上げます」
「どうしたの、普通でいいよ」
柿崎さんを意識しているらしい。諸星も唖然として皿から肉を落としかけ、腹でキャッチする羽目になった。
松見さんはシャツを汚す諸星にはティッシュ一枚どころか目もくれず、マイペースを貫いた。芸能人がコンサートでするような深くて長いお辞儀をした。
「今年一年大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。交通機関の時間もありまして、ここで失礼させていただきます」
こちらこそと挨拶を返したところ、潤んだ目で見つめられた。
「来年は私たち、進展あるといいですね」
「はい?」
ひとつ、わかったことがある。人の話を聞き入れない人には、なにを話しても空振りになる。 |
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| タイトル |
11-19.いちごより、きなこ |
今日の気分 | 終わります |
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「比嘉さんのことだから、片付ける資料を増やしたお詫びが何かないか考えて、偶然ポケットにお菓子が入っていたのを思い出した、とかそんなところでしょう?」
「…まあ、そんなところです」
同意は得られたけれど、ピンクのチョコは人形ではなくて比嘉さんに返す。
「お詫びだったら、明日のお昼ごはんがいいな」
「それ、なんだかすごく高くついてませんか」
「細かいことは気にしないほうが、精神衛生上いいですよ」
回収されないうちに比嘉さんが重ねた資料をさっさと棚へ返却して、報酬代わりに人形からつまんだお菓子は、きなこもちのチロルチョコだった。
窓をしめて、振り返る。
「さ、片付けおしまい。何か、お手伝いすることありますか?」
「お願いすると、高くつきませんか」
冗談めかした苦笑いに、神妙そうな顔を作ってうなずいてみせる。
「たぶん、つきます。でも、お手伝いできるのは、これで最後なので格安にしておきます」
既にドアのところに立っていた比嘉さんを促して外に出た。
背後で扉が閉まる音がして、きっともうこの資料室にはいることはないんだなあ、と思うと少しさびしい。
…なんだか今日は2割増くらいで感傷的だ。
変な感じ。つい笑ってしまったら比嘉さんが不思議そうに振り返った。
「何でもありません。あ、」
比嘉さんの背中を押したついでに、彼がさっきMelty kissをしまったポケットにきなこもちチロルを追加する。
「え、いまの何――」
「私の比嘉さんのイメージは、こっち、です」
いちごより、きなこ。
詳しく説明しても理解は得られないだろうし、それ以前に詳しく説明するほどの話もない。
だから、代わりに満面の笑みを向けてみた。
「行きましょう。比嘉さんのお手伝いが何もないなら、給湯室を片付けがてらみんなにコーヒーサービスでもしてみます」
歩調を緩めていた比嘉さんを追い抜く。
ああ、給湯室の前に納会の準備を手伝ったほうがいいのかな。なんて、そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら。 |
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| タイトル |
11-18.課長の秘蔵っ子 |
今日の気分 | 続きます |
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換気のためにあけておいた窓から冷たい風が吹きこんできて、比嘉さんがちょっと首をすくめた。
「寒くない?」
「閉めましょうか」と応じると、比嘉さんは無言で首を振り、付け加える。
「…いや、葵さんが寒くないならいいよ」
「ふう、ん」
「…俺、なんか変なこと言いました?」
「いえ。ただ、ふたりきりだと会社でも葵さんなんだな、と」
抱えていた資料を地層くんに重ねようとした比嘉さんの手が直前で止まった。
さっきまで私が片付けていたのはまさにその地層くんで、山積みだった資料のほとんどは既に棚に戻されている。
この場合、彼の手を止めたのは、私の直前の発言だろうか、片付いた地層くんだろうか。
一瞬考えてみて、オフィス内の会話として当たり障りのないほうを続けることにした。
「置いておいてくれたら、片付けておきます」
「あ、いや、大丈夫」
「どうせ、暇だから遠慮しないでください」
「諸星が聞いたら発狂しそうな台詞だね」
年明けのイベントに向けて、彼はまさに追い込み作業の真っ最中だ。
ある程度はもう手から離れてるのだろうけど、業者のほうも年末進行になるぶん、全工程終了の太鼓判が出るまでは気持ちが休まらないだろう。
比嘉さんは少し迷ったあとに結局地層くんの一番上にファイルを置いて、代わりにとばかりに木彫り人形のポケットに何かをいれた。
人形にお菓子をいれるのはだいたい私か逸美ちゃんだったから、つい口が出る。
「珍しいですね」
「え?」
「比嘉さんが、そこにお菓子をいれるの。何をいれたんですか?」
「ん?うん、なんか、チョコレート?」
歯切れの悪い返答に、思わずじっと顔を見つめてしまう。
比嘉さんは困ったように入れたばかりのピンク色の包みを出して、私のほうに差し出した。
ピンクの包装紙にMelty kissの金文字。今年の新作の濃いいちご味、だ。
大元の持ち主に心当たりがあったので、無意識に苦笑くらいは浮かべてしまったのかもしれない。比嘉さんが言い訳のように付け足す。
「いや、深い意味はなくて」
「私、まだ何も言ってませんけど」
比嘉さんの視線がそれた。冗談ですよ、と笑いなおす。
最近、この手の冗談が多すぎる自覚はある。 |
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| タイトル |
11-17.そのあとに、残るもの |
今日の気分 | 続きます |
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ごめんなさい、を何回繰り返しただろう。
送られ役不在の送別会から、1週間。
比嘉さんのフォローが適切だったおかげで欠席の理由を疑われたりはしなかったけれど、冗談まじりに「まさか主役がこないとはなぁ」なんて言われるのまでは避けられない。
苦笑いで謝罪の言葉を口にして、どうも冗談に本気がまじってそうだった諸星くんにだけ、一度ランチをおごった。
「さすがにおごってもらうのは」なんて辞退されても、比嘉さんから送られてきたとんがり帽子の画像をみたら、そうせざるを得ないもの。
思わず保存した写真は、いつかこの日々のいい思い出になるかしら。
送別会のあと良くしたことに週末のうちに女に戻れて、最後の週をなし崩しに欠勤、そのまま退職なんてことにならなくて済んだだけでも、私にしたら御の字だ。
たった3日だけだったけれど、おかげで生越課長は忙しい中お気に入りの店に連れて行ってくれたし、よくランチで出かけた店の店員さんに転職を伝えることもできた。…今度の職場は留守番がメインだから、いまみたいに自由に外へ出たりはできないだろうな。
クリスマスムードが抜けた街は、一気に年末へと向かい始めてる。
年末へ。その先の、新しい年へ。
「今日は、大丈夫そうですか?」
クリスマスっぽくいうと、大晦日イヴってところだろうか。
12月30日は年内最後の就業日であり、私にとって最終出勤日でもある。
デスクの片付けも退社の準備もあらかた済んでしまって、資料室でファイルを整理していたら後ろから声をかけられた。
振り返ると、声の主は入り口横の壁にもたれかかっていて、私は彼に向かって少し首を傾ける。
大丈夫かっていうのは、たぶん、就業後の納会のことだ。
「ええ、大丈夫です。…って答えたいトコなんですけど」
「なにか予兆があるとか?」
肩をすくめて、今度は首を振った。
比嘉さんが壁から離れる。
「正直、私は予兆らしい予兆もないタイプなので、」
いままでの発言から推測するに、比嘉さんは変化の予兆があるらしい。
直前までわからない、というのはわりと不便だからそのあたりをぜひ聞いてみたいのだけど、変化をコントロールすることと同じく個人差っていう答えが返ってきそうな気もしてる。 |
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| タイトル |
11-16.ふたりきりにならないように |
今日の気分 | 終わりです |
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年末最終週の月曜日、松見さんに食事に誘われた。俺も話があるからと言って、その誘いを受けた。松見さんの目が輝いたのは一瞬で、次の瞬間には疑いの眼差しに変わっていた。勘のいい子だ。
洋食屋で食後のコーヒーが出されたところで、俺は口火を切った。
「つきあっている人がいるんだ」
そう告げても、松見さんに別段驚く様子はなかった。
「それでも、どんな事情があっても、職場で俺と松見さんは顔をあわせていかなければならない。ふたりでかかる仕事もあるし、ふたりで飯を食いにいくこともある。君が辛いようなら、ふたりきりにならないように便宜を図ろうと思う。松見さんに一切話さずにそうすることもできたけど、君がどうしたいか、どうしてほしいのか、聞いておきたいと思った」
松見さんは固い顔で押し黙り、真っ白のテーブルクロスの上で、自分の指に触れていた。マニキュアの塗られた爪は薄いピンク。俺の視線に気づいたのか、彼女は両手をテーブルの下に隠した。
「便宜ってなんですか」
最初、俺の物言いが癇に障ったのかと思った。けれど、そうではなかった。
「比嘉さんの言うことは、難しくてときどきわかりません。すごく考えてくれているのは、こう、伝わってくるんですけど」
首を捻っているところから察するに、松見さんなりに精一杯言葉を選んでいるようだ。
「それに、ふたりきりになったら私が辛い思いをするなんて、どうして言えるんですか」
待って、と俺は言った。
話が噛みあわない。俺は良かれと思って相談しているのに。
取りあえず、コーヒーを一口飲んだ。
「松見さん、俺に以前言ったじゃないですか。職場で。私の気持ちなんかわかるわけないんだ、とかなんとか」
わかりっこないと、泣きたいと言い捨てられた記憶は俺だけが持っているのか。
「そうでしたっけ?」
松見さんは真顔で問うた。しかし、俺に返事を期待するものではなかったようだ。こう続いた。
「よくわかりませんけど、比嘉さんとふたりなら、私頑張ります。葵さんには負けません。だから便宜はいりません」
きっぱりと言い放ち、コーヒーに俺の分のミルクまで入れる松見さん。これまで同様、臆することなく職務に励んでくれるんだろう。
つまらない杞憂だった。 |
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