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「ねぇ拓くん」
「んー?」
「あたしね、いつか君に伝えたい事があるんだ」
「今じゃダメなの?」
「…うん。今はちょっとダメ。
でも…でもね。もしあたしの気持ちが決まって…」
「うん」
「伝えようと思った、その時は…」
「うん」
「聞いて、くれる?」
「うん。いいよ」
拓くんは満面の笑顔をあたしに見せてくれた。
「待ってるから、オレ。…ずっと」
そして数秒後。
彼は耳元で、そう囁いてくれた。
もし今、君に告白すれば。
振られるか両想いかはわかんないけど、どっちかに結論が出てしまう。
それも良いかなってのも、ちょっと思ったんだけど…
君は、あたしの初恋な訳で。
しかも、今まで眷族やら飛鳥様やらとの戦いが目白押しだったり、冬梧くんが長になるからだとか、色々あって。
正直、恋を楽しめてない気がするんだ。
もっと、君を知りたい。君の事を、知りたい。
あたしを見て欲しい。あたしの事を、見て欲しい。
あたし、この気持ちを大切にしたい。もっと君に恋をしたい。
君を想う喜びを、もっともっと…噛み締めたいの。
告白は、それからでもいいと思ってる。
君を知って、あたしを知ってもらって、たくさん恋をしてから………それから。
「うん、待っていて。もう少しだけ…待っていてね」
彼に負けないくらいの笑顔を返し、その手をそっと握る。
笑い合うあたし達の頭上で薄桃の花びらが、優しい風に舞っていた。
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「え? あー…えっと…あ、ありがとう?」
驚いたのか、声が疑問系。
困惑の表情を浮かべつつ、包みは受け取ってくれたけど。
…ちょ、あたし達(つかあたし)ムード無いよね。
な、何かさぁ、こう…改めると照れるっていうか…!!
「それね、前に借りていたハンカチを買い換えたのと、タイピン。ハンカチは汚れが取れなかったから、買って返す事にしたの。
タイピンは、これからスーツを着る事も増えると思うので…使ってください」
「ハンカチなんか、いいのに…わざわざごめんね。でも、ありがとう。タイピンも、遠慮なく使わせてもらうよ」
「うん。あー…ちょっと待って!」
「?」
事もあろうに、拓くんはいきなり包みを開けようとした。
ちょ、その行動も嬉しい事は嬉しいんだけど…何か恥ずかしいんですけど。
だって、あたしセンス無いし…選ぶの何時間も掛かったし。
そんな訳で、拓くんの手を止める。彼はそんなあたしを、きょとんと見つめる。
「は…恥ずかしい、から。家に帰ってから…見てよ」
あたしの顔、きっと真っ赤っかだ。しかも耳まで。…間違いない。
だって、熱いんだもん。顔も耳も…何もかも。
「そう? じゃあ…家で一人、こっそり空けるね」
「よろしくお願いします」
よし、羞恥プレイは免れた…!
「なんかさぁ、あっという間だったね。この半年」
そのまま近くの桜の木を見上げるような形で、突然拓くんが呟いた。
「オレが居て、冬梧が居て、静音さんが居て、颯姫ちゃんが居る…そんな時間も、もう終わりかぁ」
「うん。そうだね…」
冬梧くんが長になれば、四人出会う事はもう殆ど無いだろう。しようとしても、難しい。
その旨を口にすれば、拓くんが少し寂しそうに笑った。
「湿っぽくなるのは嫌だから、今日はぱーっと楽しもうね」
「うん」
振り返った拓くんは、いつもの顔に戻っていた。
それからはお互いに何も言わず、ただ黙々と桜並木を歩いていた。
人の姿は、あたし達以外に見えない。
「…」
急に心臓がドキドキしてきた。理由はわかってる。
こんな、いかにもな状況。普通は利用しない手は無い。
けど…だけど、さ。
あたし…まだ…
もう少し…
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「拓くん、ありがとうね」
昇降口を出た所で、あたしは彼を振り返った。
「どういたしまして」
へらっと笑う拓くん。その視線が、冬梧くん達の居る教室の窓へと向く。
「今日、最後だからさ。…二人には悔いの無いようにしてもらいたいしね」
「…そうだね」
頷き、同じ所に視線をやるあたし。
冬梧くんと静音さんを二人きりにしたい。そんなあたしの意図を、一瞬にして汲み取ってくれた拓くん。
彼の勘が良かった事に感謝しながら、行こう、とあたしは彼を促した。
勿論さっきのは、それだけじゃなかったんだけどね。
…少しでも拓くんと二人で、一緒に居たかったんだよ。察してくれてたらいいけど…どうかな。
「それにしても、ここの桜…ホント綺麗だね」
御影高校と町を結ぶ、緩い坂道。こちら側から見ると下り坂になっているそこは、とても美しい桜並木となっている。
来る途中も静音さんと一緒に、数々の桜に見惚れたものだが…改めて見ても、また綺麗だ。
「ここは結構な名所なんだよ。この道沿いで花見する奴居るくらいね」
「へぇ、そうなんだぁ」
「あと一日二日くらいしたら、100パー満開になるから。そうしたら、そういう人出てくるよ」
「この道沿いでお酒呑んだりするんだよね? うわぁ、興味あるなぁ」
「変な酔っ払いおっさんとかいて、絡まれた生徒も結構居たって話聞いたよ」
「ふーん。それだと、女子生徒さんは危険だね」
この道を三年間、冬梧くんも…拓くんも。歩いてきたんだね。
ゆっくりゆっくりと、一歩一歩を踏み締めながら歩く。拓くんはあたしに歩調を合わせて歩いてくれる。
「あ、颯姫ちゃん。髪に花びらついてるよ」
拓くんの手が、あたしの髪に伸びる。
「…え? あ、あぁ。ありがとう」
優しい笑みに、ドキドキしちゃうよ。
いつもの拓くん。フェミニストな彼のいつもの動き。
わかってるんだけど…でもやっぱりちょっと勘繰っちゃう。
その行動は、天然なのかい?
それとも…あたしの気持ちを知ってて、確信犯なのかい?
聞いてみたい気もするけれど、聞かない方がいい気もする。
「…ねぇ、拓くん」
足を止める。
「ん? 何?」
数歩先で彼の足も止まる。
「あの、これ…さ。卒業祝い!そして、これからも頑張って祝い!」
振り返ったその眼前に一つの包みを突きつけた。
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「ん、了解。いいよ颯姫ちゃん」
「ほんと?! やったぁ!」
顔をほころばせて、ぴょこんと飛び跳ねる颯姫。
「じゃあ…そうだね。時間はもう15時過ぎてるし…
オレ達の話もどのくらいかかるかわかんないから、18時になったらMaria前で待ち合わせにしようか?」
「ん? あぁ。それは構わないが」
「え、ちょ…拓さん?!」
腰を上げて言う拓に、答える。何故か静音さんが、慌てたような声を出した。
話がわかる奴で助かるよ、と彼は笑み、颯姫と顔を見合わせる。
む。何故か邪な空気を感じる…気がする。
「じゃあ、あたし達行くから。二人とも、遅れないでね〜」
「後で会おうね。そーんじゃ」
二人は、まるで作ったかのような満面の笑みを浮かべ、さっさと教室を出て行った。
残されたのは、俺と静音さんの二人だけ。
「…」
「…」
嵐が去ったかのように、急に静まり返る室内。
何かこう…改めて二人きりになると、やはり少しは緊張するな。
ちらりと静音さんを盗み見れば、落ち着かないのか、そわそわしながら俯いていた。
静音さんと、こうしていられるのも…今日が最後だ。
だが、俺は…今日を最後になど、したくない。
静音さんとの時間を、今日で終わりになど…したくはない。
俺は、静音さんの事が好きだ。一人の女性として、彼女の事を。
ずっと…彼女にこの気持ちを、伝えたいと思っていた。
だが、今までは…怖くて。伝えてしまったら、この関係が崩れてしまうのではないかと恐れて、伝えられないでいた。
しかし。俺は明日、郷へ帰る。
そうすれば、もう…そう簡単には、外界には出られなくなってしまう。
だから。今日。
この気持ちを、彼女に伝えようと。伝えなければならないと、そう心に決めていた。
今日を逃しては、もう一生、伝えられないと思っているから。
そして、願わくば………
いや、これは後でもいいだろう。
俺は椅子から腰を上げて、静音さん、と声を掛けた。
視線を上げた彼女へと、ふっと微笑む。
「このままずっとここに居るという訳にも行きませんから。俺達も、外に出ませんか?
桜でも見ながら、時間を潰しましょう」
「え? えぇ…そうね。そうしましょうか」
静音さんもつられたように微笑んで、俺達は揃って教室から出た。
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| タイトル |
彼は生涯の友 |
今日の気分 | 続(あとひとつ〜) |
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狩人としての使命も、何もかも。そんなものは何一つ、その背に背負われてはいなかったのに。
それに、親友、と。俺の事を…友、とも、言ってくれて。
何だか、不思議な気持ちだった。嬉しいというか、こそばゆいと言うか…
「色々あったけど、オレ…キミと出会えてよかった。勿論静音さんにも、颯姫ちゃんにもね」
拓はニッと笑って、こちらに手を差し出してきた。
「キミは郷の長。オレは専門学校と、進む道は別々となってしまうけど…でも、絆は変わらないから。
オレとキミは、ずっと親友だからね?」
「拓…」
差し出された手を、強く握り返す。
「勿論だ。俺とお前は…これから先もずっと、親友だ」
「あぁ。これからもよろしく頼むよ? 親友」
「こちらこそ」
拓の手は温かい。その力強さも心地良い。
彼とならば間違いなく、会えなくても親友で居られるだろう。
…もう一度。
ありがとう、拓。
「冬梧くん、拓くん、お待たせ〜」
「待たせてしまってごめんなさい。懐かしい人達と会ったものだから…」
暫くして、颯姫と静音さんがやって来た。
「来たな、二人とも」
「あ、二人ともいらっしゃ〜い。って、懐かしい人って誰?」
拓が目敏く聞き返す。俺も少し気になっていたんだ。
すると二人は、ふふふと意味深な笑みを浮かべた。
「誰って…烏丸さんと、月居さんよ」
「二人とも、式に来てくれてたんだよ。もう帰っちゃったけどね」
「そうなの!? 京と綺羅ちゃんがー?!」
「来てくれていたのか」
うん、と頷く颯姫と静音さん。
そうか、二人とも…
郷に戻ったら、改めて礼を言う事にしよう。
来てくれれば良かったのに、と、拓は少しの間、ぶーたれていた。
それからは、他愛も無い話で盛り上がって。教室内は常に、四人の笑い声が絶える事が無く。
四人での穏やかな時間が流れて行った。
そんな中でふと、自然と話が止まり。それを見計らったかのように、颯姫が腰を上げた。
「どうした、颯姫?」
「うん、あのね」
俺に向いている颯姫の視線が、一瞬静音さんに向けられて。そのまま、拓へと動く。
「あたし、ちょっとさ。拓くんに話があって。…いいかな?」
「え? オレ?…」
拓が颯姫を見て、そして俺、静音さんへと視線を動かし…一瞬、ニヤッと笑った。
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「っと、この教室は今日の所は片付けないらしいので、自由に使ってくれて構いませんよ」
「あぁ、ありがとう」
「いえいえ。…では、今日は楽しんでくださいね」
先程の真剣な表情は何処へやら。
いつも通りの飄々とした態度に戻った市川は、さっさと教室を出て行った。
それと入れ替わるようにドアが開き、拓がひょっこりと顔を出した。
「よーす、冬梧。ってアレ? まだオレだけ?」
そうだ、と頷けば、彼は後ろ手にドアを閉めて、こちらへやって来る。
「って、颯姫ちゃんと静音さんには連絡したのかよ?」
「………はっ。そういえばっ」
「してないのかよっ!!」
二人に連絡するの、完っ全に忘れてた。
仕方ないなぁ…と呆れた声で呟きながら、拓は携帯を取り出して、二人にメールを送ってくれた。
「ったく。クラスの連中…なかなか放してくれなくてさぁ」
「拓は人気があるからな」
「ちょ、そんなホントの事言うなって冬梧〜。照れるじゃん」
「…」
「うっわ、何その沈黙」
本当に、相変わらずだな。まぁそれも拓らしさか。
「お前はずっと…人の中に居た。いつだって笑顔で、人を惹き付けて。お前の周りは、いつだって笑顔で溢れていた気がする」
「…なーに見てきたような事言ってんだか」
少し照れたのか、鼻の頭を掻きながら目を逸らす拓。
「そりゃあ見てたさ。お前の事は、ずっと見ていた。…あの日から、ずっと」
“あの日から”に拓も、俺の言葉の意味がわかったようだ。真剣な視線が、こちらに戻ってくる。
「拓。本当にありがとう」
「なっ…何さ、急に」
「ずっと、一緒に居てくれて。共に戦ってくれて。…ありがとう」
巻き込んでしまったのは、こちらなのに。
狩人方の都合で振り回され、巻き込まれ、望まない中でその体は眷族の…伶人の血が適合し。狩人と同じ体となってしまったのに。
それに、妹までもが巻き込まれてしまったのに。
お前は俺達を責めはしなかった。共に、最後まで…戦ってくれた。
「そんなのいーじゃんか。オレら、ダチだろ?
つかダチが…親友が戦ってる。自分だって同じ力を得た。自分だって一緒に、この御影を守りたかった」
「…拓」
親友が戦ってるから。共にこの町を守りたいから。
たったそれだけの…言い方は悪いが、そんな些細な理由で。拓は命を懸けてくれた。
彼は普通の人間だったのに。
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考えてみれば、市川は…教師をやって10年。俺がこっちに来た時に、御影高校に教師として入ったんだったっけな。
「君達の傍には、いつだって…大切な人達が居る事を、忘れないで。大切な人達は、必ず…君達のすぐ傍に居ますから。
そして、その人達への感謝を忘れずに」
市川は、生徒達をぐるっと見渡して。一瞬、俺で視線を止めて。
それから…彼には珍しい満面の笑みを、その顔いっぱいに浮かべた。
「卒業、おめでとう」
その後は生徒の親達も教室に呼ばれ、市川は彼らにも祝いの言葉を述べて。
他クラスが終わりだしたのか、廊下も騒がしくなってきた頃。穏やかな雰囲気の中、解散となった。
教室を出て行くクラスメイト達と、その親達。
彼らの背を見送り、最後には俺と市川の二人だけが、教室に残された。
「終わっちゃいましたね」
窓枠に背を預け、外の様子を見下ろしながら、市川が呟いた。
その言葉には、この卒業の意味だけではなく…今までの色々なものが、含まれているのだろう。
「そうだな」
軽く頷いてから、俺も窓の傍へ寄った。
校庭に並ぶ桜の木々。その花々の隙間から、生徒の姿がちらほらと見えた。
「坊ちゃん。あなたは…逞しくなられた。心も、体も」
預けていた背を離して。ぴっと伸ばして、真っ直ぐに俺を見ている市川。
その瞳があまりにも穏やかで優しくて、何となく居心地が悪くなる。
「何だよ、いきなり…?」
「あんなに小さくて、頼りなかったあなたでしたが…大きくなられた。もう、郷を背負って立っても大丈夫なくらいに」
「市川…」
「嬉しいですが、同時に少し寂しい気もしますよ。我が子が成長し、離れて行ってしまうような」
「…何を言ってるんだ」
珍しいな、市川がこんな言い方をするなんて。
クッと苦笑を漏らせば、彼も同じようにして笑った。
そして次の瞬間、
「俺はいつだって、あなたの傍にいます。あなたの片腕として、生涯、お仕えする事を誓います」
地に片膝をつき、恭しく頭を下げた。
「…」
本当にこいつは…
全く、生真面目な奴だよ。本当に。
「お前の気持ちはわかっている。…生涯俺に仕え、郷の為に尽力してくれ。頼んだぞ」
「…はい。お任せを」
一度顔を上げ、頷く俺を確認してから、彼はもう一度頭を下げた。
「さて。それじゃあまだ仕事があるので、これで」
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そうツッコもうかとも思ったんだが、彼がそう思うのは、間違いなく俺の所為だから。
それにはわざと気付かない振りで、頷く。
「そういえば、mariaの予約はもう取れてるからな。今日の夜18時だけど、いい?」
「18時な、わかった」
「で、一応特別にコース料理を作ってもらう事になったんで。四人でぱーっと楽しもうぜ!」
ん? コース料理?
ちょっと待て、そうすると…?
「…拓。そのコース料理には、特大ジャンボパフェは含まれているのか?」
「………へ?」
拓が目をまん丸に見開き、固まったように俺を凝視する事30秒。
聞き返されて、同じ事をもう一度言った。するとさらに、拓を取り巻く空気が固まった。…ような気がする。
「どうなんだ? 今日は、3個は食う気でいたんだが…」
「3個ってお前…食いすぎだっつーの! 化け物かこの甘党王がぁぁっ!
つか、それはコースに含まれて無いから! 別注文だから!」
「そうなのか」
それは残念だ。仕方が無い…別注文で頼むとしようか。
「やめとけよー。腹壊すぞ〜…」
俺の心の中を読んだかのような発言。
…いいじゃないか。好物なんだから。
「じゃ、式終わったら行くから」
「あぁ、わかった。待っている」
廊下で別れ、それぞれ教室へと入る。
“卒業おめでとう”と派手に彩られた黒板を見つつ、クラスメイトと挨拶を交わして。他愛も無い話に花を咲かせていると、市川がやって来て。
そして、卒業式が始まった。
式典は滞りなく進み、写真撮影だの何だのと、全てが終了し。
教室に戻ってきて、市川の、担任としての祝いの言葉を聞いて。思った事が一つ。
市川は狩人として、俺や律子さんの命で動きながらも、きちんとクラスの事は見ていたようだ。
その言葉一つ一つに、生徒達を慈しんでいるのが滲み出ている。
それを感じるのだろうクラスメイト達の殆ども、涙を浮かべたり、袖で目元を拭ったりしていた。
「君達は若い。これからの人生、色々と大変な事も多いと思う。
だが…君達は、一人じゃない。ご両親や親戚、友達、近所に住む人…たくさんの人々に囲まれて。
時に助け、助けられて生きている事を、忘れてはいけない」
市川も、今期でこの御影高校の教師を辞める。理由は、一身上の都合、との事。
しかし本当の理由は、俺の片腕として動いてくれるから…というものだ。
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幼い俺を時に厳しく、時に優しく、見守ってくれた家族。もう何と言って感謝すれば良いか、わからない。
もう皆、俺が長老となる事は知っている。だからこそ、今日…この卒業式を新たな門出とし、皆で来てくれるというのだ。
「それじゃあ、久美子も行ったし俺も行きます。行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「お兄ちゃん! 気をつけてね〜」
三人に見送られ、俺はマンションを後にした。
学校へ続く緩い坂道。その道路沿いは見事な桜並木となっていて、この御影町では、隠れた桜の名所となっているらしい。
俺も三年前、初めてこの道を通った時は、その桜の素晴らしさに圧倒されたが…
今日もこの道々の桜は、三年前と同じ美しさでそこにあった。
時折吹く優しい風が桃色の花びらを散らし、舞い上げて。学校へと向かって歩く俺達の頭上に、そっと降り落ちて来る。
この道を歩くのも今日が最後か。本当に、俺の学生生活は…これで終わってしまうんだな。
そして、この外界とも…
そう考えると、何となく寂しい気がするな。何だかんだと、10年はこちらに居たのだから…
この道の桜を、ずっと憶えておこう。その一つ一つの美しさを、ずっと。
俺はいつもよりも大分歩調を落として、ゆっくりと歩いた。
そして。
校門が近づいてきた、その時だった。
「とーうーごっ!」
いきなり声をかけられて、肩に何かが触れた。
振り返らなくてもわかる、知った気配。そして明るい声に、自然と口元がほころぶ。
「拓。おはよう」
「おっす冬梧〜。卒業おめでとう!」
「あぁ、お前もな。おめでとう」
そこで初めて振り返れば、拓は人懐っこい笑顔を浮かべていた。
揃って校門を潜り、生徒玄関へ。
互いにクラスメイト達と挨拶を交わしながら、一緒に階段を上がる。
「何か…あっという間に来ちゃったな、今日がさ」
「そうだな。だが、今までの時間…とても楽しかった」
「そりゃあ勿論、オレだってそうだけどさ。でも………」
拓の視線が落ちる。
「ああああ、辛気臭ェ! つか何オレ、何で一人でこんなになってんのちょっとー!」
ガシガシガシと髪を掻き、顔を上げた拓は、俺と目が合うとちょっと照れたように笑った。
「今のナシナシ! 今日は折角のめでたい日なんだから!! な?!」
「…そうだな」
…お前一人が辛気臭くなっているんだろう。
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出て行く颯姫を見送って、俺も部屋を出た。
マンションの入り口を出る際、目の前を見知った後ろ姿が通り過ぎて行こうとしたので、呼び止める。
三園家の長女・久美子だ。
「あ、冬梧様。おはようございます」
「おはよう。…って、ここで冬梧“様”というのはな…」
人の通りは無いとしても、誰に聞かれるかもわからないし。何というか、様、って…気恥ずかしいんだけど。
「すみません。…加賀先輩」
困惑した表情で、しゅんと視線を落とす久美子。
彼女は真面目だからな。自分の主を先輩と呼ぶ事に抵抗があるんだろう。
「あ、冬梧お兄ちゃん! おっはよー!」
続いて今度は、背後から声を掛けられた。
振り返れば、そこには元気いっぱいの笑顔で手を振り駆けて来る、三園家の次女・真由子の姿が。
「真由子。おはよう」
「うん、おはよ! 卒業おめでとう!」
人懐っこい笑顔で抱きついて来たその髪を、優しく梳いてやる。
この子は姉と違い明るく奔放で、俺の事は主とは呼ばないので有難い。それに、兄のように慕ってくれているのも嬉しい。
「卒業式、真由も行くからね! お父さんとお母さんと一緒に!」
「そうか。待ってるからな」
「うん!」
「それじゃあ冬梧さ…いえ、加賀先輩。私は卒業式の準備がありますので、これで」
会釈をして、久美子が踵を返す。
「あぁ。気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
その足が一歩、また一歩と前へ進む。
俺と真由子はその背を見送っていたのだが、途中でそれが止まり、彼女は振り返った。
そして俺を見て、また、頭を下げた。
「卒業…おめでとうございます」
頬を紅潮させ、久美子は走り去って行ってしまった。
「冬梧さ…冬梧君。おはよう」
「おはよう。いい朝ですね」
久美子が去ったと同時に、今度は店の方から出てきた二つの人影。このマンションの管理人兼ケーキ屋のオーナーである、三園夫妻だ。
おはようございます、とこちらも挨拶をする。
「卒業おめでとう。今日は店を休んで行くからね」
「申し訳ないな…でも、嬉しいです。よろしくお願いします」
「そんなかしこまらないで。当然の事じゃない。冬梧君は主であり、息子でもあるんだから」
「恐縮です」
互いに顔を見合わせて、笑い合う。
圭一と彩、久美子、真由子。彼らには、外界に出て来た時からずっと、世話になりっぱなしだった。
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