少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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交換日記レンタル - nikkijam

2018/01/16(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は311〜 今日の気分次回更新は23日(火)予定です




「まあ、それぞれ思惑があって言えないこともあるんだけど…君たちは心強い仲間になると信じてるからね。出血大サービスだよ」

 彼はそう言ってドアを開けると最後に「アサくんは先に寝てて良いよ」と言い残し、去って行った。
 ゆっくりとドアは閉められ、静寂の空気が広がっていく。
 時計へとおもむろに視線を向ければ時刻は既に深夜も深夜の刻を刻んでいた。
 後少しで明けの刻となってしまいかねない時間帯にアサは慌ててルームランプの明かりを消し、布団へと飛び込んだ。

「―――本当に、不謹慎な人間だな俺は」

 ぽつりと漏れ出る呟き。
 ぽっかりと穴の開いた日常から一変してしまった非日常的な現状。
 しかし、この状況に陥らなければアサは絶対にこの感情を思い出しは出来なかったかもしれない。
 誰かを救える。誰かに感謝される。騒動の――物語の中心に立てるような存在に自分がなれる。なれるかもしれない。
 それを思い出してしまったからにはひた隠す事は出来ても忘れることなど出来はしない。
 
「ミレットに言ったら怒られそうだ…けど…アドレーヌなら、理解してくれるかな…」

 列車内で始めてこの気持ちの片鱗について打ち明けたとき、彼女は既にアサの気持ちを悟っていたかのように言っていた。

『アサさんは優しい人で責任感のある人なのね』

 そう言ってくれた彼女ならば、今の自分の気持ちを理解してくれるはず。
 そんなことを考えているうちに、アサはいつの間にか夢の中へと引き込まれていく。 
 ゆっくりと瞼を伏せ、そのうちに寝息を立てて眠りについてしまっていた。





2018/01/16(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は310〜








「そんなことって思ってるかもしれないけど、さっきも言ったけど全ての情報源は彼からだし…正直俺もまだ聞いていない、彼の知っている情報がまだあるようだし。今後の確認がてら会って聞いておきたいんだよ」

 タルクス自体もまだ全ての情報を知り得ているわけではない。
 だからこそ、確実に重大な情報を握っている人物に接触して確かめたい。その上で自分はどう動くべきか、改めて判断したい。
 そう思ったからこそ彼は自身の足で行動し、バーンズのもとへ赴いた訳でもあったのだ。

「もしもの場合に落ち合う場所も決めてあってね。明日には早速そこに向かおうと思うんだ」
「じゃあ…俺たちも」
「もちろん、君は重要だからね。ついて来て貰うよ」

 アサは大きく頷き「わかっている」とだけ答える。
 努めて冷静を装っているが、内心は先ほどから止まない好奇心に胸が躍っていた。
 無論、不安や心配、またもやプレナイトとの再会による憂うつ感に負の感情も抱いている。
 だがそれ以上にアサの心は今、童心に戻ったかのような。躍動していた頃の以前に帰ったかのような。そんな感情が騒いで止まないのだ。
 一点を見つめたままでいるアサを見やりタルクスは軽く吐息を洩らすと、空のグラスをテーブルに戻し、代わりにベッドに掛けられてあった来客用のバスタオルを手に取った。

「それじゃ俺はちょっとひとっ風呂浴びてくるかな」

 そう言って彼は手に取ったバスタオルを肩に掛けてドアへと歩いていく。
 と、そうして部屋を出ようとしたタルクスへ、アサは声を掛けた。

「最後に一つだけ」

 ドアノブを掴もうとした彼の手が止まる。

「何か?」
「あ、いや…色々と教えてくれてありがとう。と思って」
「お礼を言われるようなことは話してないよ」

 苦笑を浮かべるタルクスは肩を竦めながらそう言う。
 アサはそんなことはないとかぶりを振り、答える。

「正直、秘密主義だと思っていたし、そうプレナイトにも聞かされていたから…ちゃんと情報を教えてくれるとは思わなかったんで。一応言っておこうと」
「それは正直過ぎ。お礼言った相手に言うことじゃないって」

 苦笑を洩らすタルクスに続いてアサもまた苦笑を浮かべる。

2018/01/09(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は309〜 今日の気分次回更新は16日(火)予定です



が、そのときから既に彼らの計画に自分たちは組み込まれていたのかもしれないと知ったアサは、どこか偶然という名のそれを不気味にも不思議にも感じてしまう。
 反面、またしてもあった奇跡のような運命の重なり合いに、アサの胸は人知れず、更に熱く焦れていく。
 不安と緊張と好奇心、熱意が折り重なるような複雑な感覚。
 北方支部へと旅立ったあの、列車内で感じていたそれとよく似ている。
 その感情の答えが何かまでは、生憎と未だ思い出せはしないが。

 
「だからホントのところ、ルーノ将軍から協力を得られないということも想定の範囲内なんだよ…」

予想外だったのはその理由ってとこだったけど。という呟きを人知れず付け足し、タルクスはもう一杯分水を注ぎ、呑み込む。

「それでまあ、次はどう動こうかっていうのも決まってはいるんだよ」
「そうだったのか」

 次の行動も決まっている。
 ならば彼らは、自分はどう動けばいいのか。
 もしかするといよいよ王城に乗り込んでしまうのだろうか、等思わず考えてしまい、アサは無意識にタルクスの方へと身を乗り出す。
 タルクスはそんな視線を感じ、口角を上げながら告げた。

「プレナイトに会おうと思っているんだ」

 直後、アサは目を丸くさせる。
 てっきりもっと具体的な、綿密な計画が待っているのかと思いきや。
 まさかの人物に会いに行くという。言ってしまえば人任せに聞こえる内容に、驚きというより落胆の方が大きかったのだ。
 そうした心情を察したタルクスは若干眉を顰めながら話を続ける。





2018/01/09(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は308〜








「ある日プレナイトは俺をイイヌへ勧誘しに来たんだけど、それは建前でね。あの人はアドレーヌ王国とイイヌが暗躍して国に何か起こそうとしているって話してくれたんだよ」
「起こそうとしているって…詳しくは聞いていないのか?」

 アサの質問にタルクスは肩を竦めながらかぶりを振る。
 イイヌが平穏を脅かすような何か暗躍をしている。
 そんな説明は受けたが、それが具体的に何をどうしてそうなるのか。という説明をタルクスはそこまで聞かされていないらしい。
 実際に二年前から起こり出している連続婦女子行方不明事件とイイヌの関連についてもプレナイトから明言されているわけではなく、タルクスが自力で察したほどなのだという話であった。

「残念ながら。あの人は詳しくは説明してくれなかったよ。その辺は君もよく知っている通りどこか勿体ぶるというか、秘密主義なところのある人だからさ」

 水差しを手に取り、彼はグラスに水を注いでいく。

「そんないい加減な相手の話しをよく信じたな」
「うーん、確かに半信半疑だったけど…昨今の王国の状況からみてやっぱりそうなんだっていう信憑性みたいなのもあったし。なにより、彼が信じられる人だったからね」

 直後、アサは思わず「信じられる?」と裏返した声を上げてしまう。
 アドレーヌも信じられると言っていたが、アサは未だ今一彼を信じて良いのかどうか。疑心を抱いている。
 するとそんな疑心暗鬼に囚われているような顔をしているアサへ、タルクスは笑みを浮かべながら言った。

「見た目はあんなだし態度は高圧的だし、君の場合出会い方も合わさって相当悪印象かもしれないからね。まあ、悪い人じゃないって思ってくれればいいよ」

 そう言って彼はグラスに注いだ水を一気に飲み干していく。

「で。その悪い人じゃないプレナイトから国がイイヌに掌握されているって聞かされて、俺は国を変えようと…革命を起こそうと思い、準備をしていた。そして、君が北方支部に来るとプレナイトから事前に聞かされて、今回こうして行動に出たってわけだよ」

 ミレットがタルクスの噂を思い出し、北方支部に行くことになった。それは偶然の出来事だと思っていた。

2017/12/18(月) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は307〜 今日の気分次回更新は1月9日(火)予定です




 タルクスに手を貸す必要などない。だが、断る理由もないのだ。
 人を助けたいという気持ちを取り戻した、感情を思い出した彼にとって、タルクスの頼みは願ってもないものだった。
 ミレットとアドレーヌが否応なしに巻き込まれているのなら尚のこと、自分は蚊帳の外になんていられはしない。
 そもそも、こんな風に焚きつけられるように頼まれてしまったら、夢を持っていた男として、引き下がるなんて出来ない。


(やっぱり、この人もプレナイト並みにいけ好かない人だな…)

 そう思い、アサは内心笑みを零す。
 それからアサは力強く、タルクスの手を握り返した。

「プレナイトみたいな隠し事をしないなら…考えるよ」
「これでも結構機密事項べらべらと喋った方なんだけど」

 強く握られた手を一瞥した後、タルクスは苦笑交じりにそう言った。



 堅く握手を交わし、終えたところでアサはおもむろに抱いていた疑問をタルクスへと投げかける。

「そういえば…タルクスはどうしてイイヌについてそこまで知ってるんだ…?」

 イイヌに勧誘されたことがある。とは、以前パイロープが襲撃してきた際に聞いていた。
 しかし、その関わりだけでここまでの裏情報を知り得ることは出来ないし、国王直下の組織を知ろうとも思わないはずだ。
 元よりも何故、タルクスはイイヌが黒幕であるとこうも断言できるのか。
 其処には彼の持つ直感だけではない、何か確証のようなものがあるとアサはここに来るまでの間、考えていた。

「それは秘密――と言いたいとこだけど…まあこの際かな」

 そう言うとタルクスはベッドサイドにあった椅子へと移動していく。

「実を言うと、イイヌの正体云々はプレナイトから聞かされたんだよ」
「プレナイト…あいつに…?」

 予想より驚く事もなく、むしろ「あいつ」と呟くアサの言葉を聞き、タルクスは「あいつ、ねぇ」と口端を吊り上げさせる。
 それから椅子へと腰掛けた彼は傍のテーブルに置かれていた水差しに手を伸ばしながら続けて語った。





2017/12/18(月) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は306〜








「とにかく。俺の直感だとここ最近起こった大事件は全て、一つに繋がると思うんだ」
「今度は直感?」
「そう直感。ルーノ将軍の奥方が罪人となり、将軍自らが手に掛け断罪した事件と今回の連続婦女子行方不明事件…更にはアドレーヌ嬢についても。全ての真相は一つに繋がるはずなんだ。そして背後には必ずイイヌがいる。そしてこの騒動を解決に導くことこそが、イイヌに対抗する新たな切り札になると俺は思ってる」

 タルクスはそう言うとベッドから立ち上がり、自身の手をアサへと向けた。

「…だからこそ、全ての事件に少なからず関係しているアサ君の力を借りたいんだ。他の誰でもない、君に…改めて協力してくれるかな」

 差し出された手。
 それは軍人として巻き込まれた一般民に差し出しているものではなく。
 一個人――タルクス・トロメンターがアサ・ブゴットに助力を求めて差し出しているものだった。
 どくんと、彼の心臓は更に高鳴る。
 迷う必要などはない。
 だが、反面。冷静な自分が語り掛ける。



 ビオ=ランを騙したことによってアサは手配中の身から解放された。
 表舞台にさえ出ようと思わなければ、このまま故郷なりタイートなりに帰って日常を取り戻すという選択肢もある。
 一方でこの手を握ってしまえば、もうその日常に引き返すことはできないかもしれないのだ。
 またもやイイヌに襲われ、命を狙われる危険も当然に消え去ることはない。
 彼の手を握る必要などないのだ。
 だが―――。


2017/12/12(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は305〜 今日の気分次回更新は18日(月)予定です




 にわかには信じ難い言葉だ、とアサは思う反面。自然と高鳴っていく鼓動を感じずにはいられない。
 脳裏には無意識にあの二年前の事故で起こった奇跡が過っている。

「確かに最初は君たちを証人として利用し、対イイヌとして各地方支部の助力を得ようと思った」

 それは当初からタルクスが言っていた言葉であり、その言葉には嘘偽りはなかったとアサも思っている。
 
「だけど…ミレット嬢に憎悪するパイロープ嬢を切っ掛けに、単なる偶然のめぐり合わせではないんじゃないかって思ったんだよ」

 膝から頬杖を付き、思案顔を浮かべながらタルクスは独り言のように語る。
 アサはそんな彼の言葉に黙って耳を傾け続ける。

「それからプレナイトの反応を見てもアドレーヌ嬢も単なる被害者じゃないんだと思うし、君もきっと巻き込まれたただの第三者にはならないんだと思う」
「思うって…全部想像なのか」
「そう、想像」

 と、アサの言葉を受けタルクスは付いていた頬杖を解き、おもむろに天井を仰いだ。
 何処か曇っているその横顔。
 全てを見透かしているような、天才とも思えるような彼でさえもまだ全ての状況が把握できていないのかと、アサはそこで理解した。
 てっきり彼はもう、何もかも先を見越して、状況を掴んで行動していると思っていた。
 が、それはアサの勘違いで、実際のところ彼自身も雲を掴むような中を進んでいるのだと、アサは知った。

(いや…ここに来るまでの作戦だって、充分賭けのような行き当たりばったりの作戦だったじゃないか)

 そう思ったアサは思わず苦笑に近い笑みを零し、それからもう一度タルクスを見つめた。
 軍服を脱いだ彼の姿は、確かにアサと同じただの人――単なる天才の青年であった。

「あれ、俺何かおかしい事言ったっけ?」

 笑みを零しているアサを見つけたタルクスは僅かに眉を顰めながら首を傾げる。
 するとアサは軽くかぶりを振って答えた。

「いや、そこまで想像できるなんてタルクスは凄いって思って」
「その言い方は褒め言葉じゃない気がするけど」

 そう言うとタルクスは口先を尖らして見せる。
 その表情が視界に入ったアサは思わず声を洩らして笑ってしまい、続いてタルクスもまた笑みを浮かべた。







2017/12/12(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は304〜





「残念ながら良い返答は結局貰えなかったよ。あくまでも中立に尽くすらしくってね。まあ、イイヌ側に付かないって言うだけマシだけどね」

 タルクスはそう言って苦笑を洩らしながらベッドに座った。
 軍服を脱ぎ捨てシャツ姿であるその様子を、アサは思わず見つめる。

「あ、もしかして軍服を脱いだ姿に男の色気でも感じた?」
「そんなわけないって」

 飄々と笑う彼にアサは眉を顰めながら即答する。

「解ってるって。まあ、制服を脱げば誰しもただの人…って、そう思ったんだろ?」

 大体そう思っていただけに、「違う」と言うことも出来ず。アサは無言のまま彼から視線を逸らす。
 タルクスはそんな彼を一瞥した後。おもむろに口を開いた。

「東方支部のときにも言ったけど…実際のところ、今回の騒動は遅かれ早かれ起こる事態だったんだ。それにアサ君は運悪く巻き込まれて1ピースになってしまっただけだ。上手くいかなかったこと全てに君が責任を感じる必要はないよ」

 ベッドに座り、足を組み変えながらタルクスは言う。
 アサはそんな彼に視線を送りつつ、答えた。

「けど、単なる1つのピースというわけでもない。だからあんな奥の手みたいな味方まで使って俺たちを助けてくれている…」

 彼の言葉にゆらゆらと揺らしていたタルクスの足先が止まる。
 “奥の手みたいな味方”というのが誰なのか直ぐに察した彼は口角を僅かに吊り上げさせ、静かに吐息を洩らす。
 

「プレナイトを助けによこしたことまだ怒ってる……って、わけでもないみたいだね」

 小さなランプの明かりによって微かに見えるアサの顔は至極真面目なものであり、自然とタルクスの表情も引き締まっていく。
 それから少しばかりの沈黙の後、タルクスは静かに口を開いた。

「――正直な話…君たちはもう、単に騒動に巻き込まれた可哀想な人間ではなくなった。運命というものがあるならば、多分そういうものが君たちを此処に引き寄せてしまったんじゃないかて思うよ」
「運命…」


2017/12/05(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は303〜 今日の気分次回更新は12日(火)予定です







 静かに扉が開き、閉まる音。
 音を出さないよう細心の注意を払っているだろうその様子を想像しつつ、ゆっくりと扉を閉め終えた彼に声を掛ける。

「今帰ってきたん…だね、タルクス…」

 何処かぎこちない口調になってしまったのは、今帰宅した彼が「他人行儀は止めよう」と急に言い出したせいであり、アサにとっては精一杯のため口であった。

「あー、起こしちゃったかな。ごめんごめん」

 相部屋の彼が起きていることを知るや否やタルクスは普通の声量でそう言って笑う。
 
「結構前に出て行ってたと思ったけど…こんな時間に帰ってきたんだ」

 アサはそう言いながらカーテンの隙間から窓の景色を眺める。
 現時刻は深夜という時刻。
 外に月明かりもないせいか、屋敷内は真っ暗闇であり、ランプを手にしていないと足元も見えないほどであった。

「ルーノ将軍も忙しい身の上らしく、ご帰宅出来そうにないっていうから東方支部まで行ってきたもんでね」
「随分と長話だったようで」

 皮肉交じりの一言であったのだが、タルクスは「それはどうも」と笑って返す。

「アサ君の方もこんな時間まで起きてたようで。俺に何か用事でも?」

 ベッドサイドにあったランプの明かりを付けながらタルクスが尋ねる。
 確かに彼の言う通り、偶然目が覚めたわけではなく、アサはこの夜更けまで彼が帰って来るのを待っていた。
 でなければベッドにも横にならず、ただただ座り込んでなどいない。

「…ルーノ将軍と話したことが気になって」

 アサは下手な詮索より手っ取り早く、単刀直入に尋ねた。
 バーンズ・ルーノと一体何を話したのか。
 東方支部の援助は受けられるようになったのだろうか。
 彼らは味方になってくれたのだろうか。
 そのことが気掛かりで、本心を言えば眠るにも寝られなかったのだ。





2017/11/28(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は302〜 今日の気分次回更新は12月5日(火)予定です





 そしてそれこそが“言ってはいけない”と、考えてはいけないとアドレーヌが心から警告していた言葉だった。
 何故なら、その羨望の理由こそ、ミレットの言葉を裏付ける証となってしまうからだ。




「私は―――アサが、好き…?」



 思わず、呟いて出てしまった言葉。
 だが無意識であったにもかかわらず、その言葉が出た瞬間、彼女はこれ以上にない程心身から迸る熱を感じた。
 まるで炎が噴き出すような猛る熱を。しかしそれでいてとても心地よい、何処か懐かしい温もりを。
 アドレーヌは自覚してしまった。

「ああ…私は……」

 自覚してしまった直後、次々と湯水の様に湧き出てくるアサの姿。
 彼の悩んでいる姿、笑った顔、怒った表情。懐かしそうに語る横顔。
 今まで聞いた彼の言葉。
 その一つ一つが温かく、そして切なく蘇って来る。
 アドレーヌは足を止め、自身の胸元に手を添えた。

「ごめんなさい…」

 しかし、心に芽生えた温もりとは裏腹に、彼女の表情はとても暗く。
 その言葉は彼女自身も無自覚のうちに漏れ出ていた言葉であった。
 それが失われている彼女の記憶と関係するかもしれないものだとしても、今の彼女にはそれについて悩むこと――ましてやそのようなひと言を洩らしたことさえも、余裕がなく。
 ただただ俯き、自分の目覚めた感情を必死に押し殺すことが精いっぱいだった。