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取り残された弟分の悲痛な叫びを背にし、懸命に走り出す兄貴分。
此処最近は山篭りの生活だったため、逃げ方は慣れていた。
兎に角逃げなくてはいけない。本能的に察した彼の咄嗟的な行動だった。
「すまん!ゴンザレスゥゥゥッ!!」
男の叫びは森林内に木霊する。
が、次の瞬間、男は地面に伏した。
頭上から来た衝撃が、彼をうつ伏せた。
ぐらぐらとする景色を見つめながら、自分が飛び膝蹴りを喰らったという事実を彼はそこで実感した。
と、気を失う暇もなくどさりとくる背中への衝撃。
重みと感覚から誰かの足だというのは明白。そしてそれが先ほどの男のものだということも。
「くそっ…!」
自分の敗北。その体勢からもそれは確定された。
男は舌打ちを漏らし、自分を踏みつける男の方へと睨みつける。
「通報するなり連行するなりしろっ!」
弟分を放って一目散で逃げた男にしては潔い覚悟。
だが、生憎男の意地は通用しない。
黒髪を靡かせ、彼は兄貴分の顔を覗き込んだ。
「醜い…」
顔を顰める男へ、兄貴分はそれを挑発と捉えて自嘲的な笑い声を漏らす。
「フン…だったらどうする?俺を殺すのか?」
自分の覚悟を見せるように自身と笑みをタップリ含めて告げる男。
と、兄貴分の言葉に返し、ロゼは囁いた。
「別に命を落とさせはしない…だけど、まずはお前たちの爪を全部剥ぎ………それからじっくりゆっくりとその身体に切り傷やすり傷をつけた後、たっぷり塩を含めた水槽へとお前たちを………」
「や、やめろぉぉぉっ!!楽に一発でやってくれぇぇぇ!!!」
呪詛を唱えられたもののように男は声を荒げ、青ざめた顔をしている。
ロゼは興ざめたという顔をし、ため息を一つ漏らすと男から顔を離した。
「じゃあ聞かせてもらうけど―――お前たちは誰の命令であの子を狙ってるの?」
兄貴分の顔が真面目になる。
青ざめた顔がより一層と青ざめたというべきだろうか。
男は眉を顰め、地面を見つめた。
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「あの方ってのは何…?」
聞き覚えがあるようでない声。
それもそのはず。彼の発した言葉の直後に彼らの意識は吹っ飛んでしまっているのだから。
しかし、深緑とは全く違った香りは忘れたくとも忘れられなかった。
振り返るまでもなく、兄貴分は握っていた斧を放さないように構え、そして振り返った。
「!?…お、お前は…!!」
やはりかと思ったと同時に、兄貴分の斧は宙を舞った。
弟分のも、既に木の幹へと突き刺さっている。
狙っていたソラは既に森林の奥へと消えている。
舌打ちを漏らした兄貴分。だがそれでも諦めず彼は身体を捻り、飛び退く。
そして、弟分を放置したまま、逃走した。
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森林の中、ガサガサと物音を立てる影が二つ。
慎重にと思う彼らだが、それは獣より遥かに素人な動きで身を潜めている。
と、二人の隠れる草陰の向こうから山道を歩いていく一人の少女。
待っていた待望の獲物だ。
息を潜めさせ、高鳴る気持ちを抑える二人。
が、耐え切れず太目の男がもう一人の男へと語りかけた。
「あ、兄貴…来やしたぜ…!」
「ああ…!」
極上の料理を待ち望んでいたかのように二人は喉を鳴らす。
この二人――ソラを狙う二人は、相も変わらずしつこくソラを付け狙っていた。
だが、謎の男に昨日、今日はアマゾナイトの警備も来ている。
襲撃しようにも手が出せずにいたのだ。
「まさか向こうからやってくるとはな」
兄貴分の男が思わずほくそ笑みを浮かべる。
手にしていた柄を握りしめ、斧を取り出した。
ギラリと光る鋭利でありつつも鈍器に近い重さを兼ね備えた凶器。
弟分の男も続けて武器を取り出し、それを手ににやけ顔を見せた。
と、兄貴分から唐突に拳骨を貰う。
「笑ってんじゃねぇ!」
「あ、兄貴は笑ってるくせに…!」
「俺は良いんだよ!…良いか?これは仕事だぞ?俺たちの一生分が今この手にかかってんだぞ!」
大げさにそう叫び、兄貴分は再び弟分を殴る。
頭に拳骨を二発も貰った弟分は黙ってその頭を頷かせた。
「そうっすよね…あの方に逆らったら…」
と、直後。
二人はなにやら殺気を感じ、動きを止める。
止めた。というよりも強者による気配により動けなくなったという例えの方が判りやすい。
二人が何かするより早く、背後の殺気は二人の元へ歩み寄ってきた。
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殴られた腹部を摩りながらカセルはソラの行った方を見つめる。
「待ってって!」
賊たちに位置を報せるようなものだ。
と、言った張本人が姿を消しては元も子もないというもの。
カセルはため息を漏らし、ロゼのいる方へ一瞥する。
が、そこでようやく彼自身も異変に気付いた。
「あのロゼさん、ソラを追いかけに………って、あれ?」
そこにロゼの姿はなかった。
そして、カセルは一人になっていたことに気付いた。
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森林の中は木漏れ日を受けているためか予想以上に明るかった。
差し込んでくる日差しと風が心地よく、澄んだ空気が喉を潤している。
鳥の囀り、木々の揺れる音。この空間がソラは好きであった。
以前は賊に襲われそれどころではなくなってしまったが、本来ならばこう言った場所にお弁当を持ってきたり昼寝をしたりするのがソラの楽しみであり趣味であった。
今回も出来るならば昼寝したいな。と、思ったソラであったが―――。
「こっちはないよぉ!」
「となると…あっちか…」
邪魔な二人が周囲で声を出し合っている。捜索している。
ソラは顔を顰め、カセルに歩み寄る。辺りを見回していた彼はソラが近づいてくることに気付き、耳を傾けた。
「どうしたの?」
「ホントにこの辺にあるの?っていうか、声出しすぎじゃない?」
迷い人の捜索ならともかく、彼らが今探しているのはお宝。墓石だ。
叫ぶような声を出し合う必要は取りあえずない。
「これじゃまるで賊たちに位置を報せるようなもんじゃん!」
「え、でもロゼさんがそうして声を掛け合った方が互いの位置も確認できるって言うし」
そうだけど…。ソラは唇を尖らせ閉口する。
此処最近のカセルはロゼの意見に偏る傾向があった。
確かに彼の方がこういったものに対しても経験は豊富。
意見を聞くのは自然な流れかもしれない。
だが、ソラにとって、目の上のたんこぶであるロゼの意見を聞くカセルの現状を、彼女は許したくはなかった。
それが単なる嫉妬というものとは、おそらく気付きはしない。
尖らせた唇のまま彼女はカセルの腹部を一発殴る。
「ったぁ!」
呻き声を上げながら腹部を押さえるカセル。
両膝をつくほどなのだからよほどの力で殴ったのだろう。
そんな彼を後目に平然とした様子で踵を返すソラは、近くのものに八つ当たりしながら森の奥へと消えていった。
涙目を堪えつつソラを追いかけようとするが、既に彼女の背は森林の中へ消えていった。
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宿の前では顔を顰め、腕を組んで待つ人の姿。
様子からしてかなり苛立っている様子。それを見つけた時点でソラのテンションはガタ落ちした。
帰りたい気持ちで一杯になったが、そうはさせないと背後にはぴったりカセルが歩いている。
ため息をつきつつ、ソラは諦めモードでロゼのもとへと駆けた。
「遅いわよ」
怒りが篭っているようでいないような声。
だが苛立っているのは確かなようだ。
カセルがまず彼の前に立ち、愛想笑いを見せる。
「すいません」
と、ロゼは彼から視線を外すと、宿向かって右手の森林へと移した。本当に彼は行く気らしい。
「ほら、行くわよ」
まるでちょっと散歩するかのような促し方で、ロゼは歩き出し、森林へと向かっていった。
忘れてはならないがこれから向かうのは山の中。もちろん獣や先日から問題になっている賊もいるだろう。
平然と歩き去っていくロゼの後ろ背を見つつ、ソラはカセルの服を引っ張った。
「ねえあんな格好で良いの?探索っていったらもっとこう…」
顔を顰め、不思議そうな顔をするソラに対しカセルは首を傾げる。
確かにとどうやら彼も不思議に思っていたらしい。
探検家ならばもう少しそれらしい服装をしたり、道具を持っていったりするはずだと二人にもそれはわかっていた。
「まあ、あれが彼のスタイルなのかもしれないし」
「あんな変態格好が?」
これでもかというくらい眉を顰めるソラ。
彼女が抱く彼への嫌悪は最早トラウマレベルなのかもしれない。
「いや、変態関係ないし…とにかく、俺たちもこのままでついてってみようよ」
散歩感覚でさ。と、悠長な台詞を残してカセルは歩き出した。
残されたソラは頬を膨らまし、森林へ消えていく二人を睨んだ。
「散歩感覚じゃ困るのに…!」
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そして、それが今のカセルの行動へと繋がっている。
「だからさ、拒否権ないって言うし…悪いけど付いてきてもらう………って、どうしたの?」
ソラを一瞥したカセルは困惑した。
彼女が酷く青ざめた顔をしていたからだ。
疑問符を浮かべるカセルを他所に、ソラは悪寒が止まらない。
「だだだだだい、じょ、ぶ…」
「いや明らかに大丈夫じゃない返事の仕方だよね、それ…?」
カセルは心配そうにソラを見つめる。
首を左右に振るとソラは足早に宿へと歩を進めた。
「わ、わかったから!!は、早くいこっ!」
と、その歩幅は最早走っているというべきだ。
慌てて追いかけるカセルは、(そんなにロゼさん嫌悪してるのか…)と、思い苦笑を浮かべる。
だが、ソラの内心は違った。
と、言うのも、原因はカセルが先ほど話した回想にある。
(エミレス様の宝物…涙……)
ソラが怯えるその理由は、昨夜の出来事にある。
彼女はそもそも夕べ、ロゼをこの村から追い出そうと考え、そして辿り着いた結論がある。
それが、『秘宝伝説(嘘)を教え、ロゼに捜索させ、帰らせちゃおう』作戦だった。
そのために偽の秘宝伝説も昨日徹夜までして考えていた。
が―――その偽伝説と、全く似たような伝説が実際に存在していたのだ。
(ぐぐぐ…偶然だとは思うけど…)
鳥肌が止まらない。
ある意味自分の才能を恐ろしく思いながら、ソラはツモの湯へと向かっていった。
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「そんな場所があの山に…?」
「気になるでしょ?」
「え、いや…、ま、まあ…」
愛想笑いを浮かべながらゆっくりと頷くカセル。
ベッドに腰をかけているロゼはワイングラス片手に目をギラギラと輝かせていた。
明らかに『宝物』というキーワードに反応している。
「で、明日行ってみようと思うんだけどね」
「へえ…て、え?明日?」
「それで、道案内を頼みたいんだけど」
本をテーブルに置くカセルは顔を顰めた。
脳裏に浮かぶのは勿論、ソラの心配だ。
いくら警備がつくと聞かされても、村の中が安全とは限らない。
彼女を置いて出かけるのはどうにも気が引けた。
彼女の泣き顔を何度も見たくはなかった。
返答に詰まるカセルへロゼはグラスを向けた。
「誰も貴方だけとは言ってないでしょ?あの子も当然連れてくから」
「えええぇっ!!?」
カセルは素っ頓狂な声を上げる。
当然と言えば当然だ。
一緒に山中へ連れて行く方が、リスクが高いからだ。
「あ、あの…僕だけで良いですから…ソラは…」
「だから…連れてくって言ってるでしょ。あんな鈍ら兵士に任せといて良いってこと?それに、連れてった方が村に危険は来ないし」
必要以上なことは話さない彼だが、今日はやけに饒舌だった。
酒が入っているせいかもしれない。
しかし、だからこそ彼の思惑も理解できる。
確かに狙われているソラを村に残しておくよりも、目の見える範囲において見守っている方が安全かつ村に危害が及ぶこともない。かもしれない。
村に迷惑をかけている。という考えはどうにも賛同しかねるものの、ロゼの意見は一理あった。
「…わかりました。じゃあ明日、ソラを誘ってきます」
グラスに自身と同じ名前色のワインを注ぎながら、彼は「強制だから、拒否権はないって言っておきなさいよ」と、付け足していた。
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「『…エミレス様がエダム山の奥へと歩み進めると、森の開けた場所に辿り着いた。そこは広いとも狭いとも言えない場所だったが、野花がまるで手入れされているかのように咲いており、その中心には人の頭ほどの石が置かれていた。まるで誰かの墓のようだ、とエミレス様の従者が呟く中、エミレス様は懐からあるものを取り出した…』」
指先程の大きさであるその石は、無色透明であり、思わず心を奪われるような美しさだった。
『その石は?』と思わず尋ねた私へエミレス様はほほ笑みを浮かべながら 『大切な方から頂いた…私の宝物です』とだけ答え、そして石の下を掘り出した。
驚く私と従者を後目に、彼女はある程度地面を掘り、其処にその小さな宝物を埋めた。
従者はただ低く呟くように『いいのか?』とエミレス様に尋ねていた。
私も同意見だった。宝物をこのような山中に埋めるとは、信じられない。
しかし、エミレス様はほほ笑みを崩すことなく私たちにそれを見せて『はい』と仰った。
ほほ笑みを浮かべているエミレス様の瞳から、静かに一筋の粒が流れたのを私は見逃せなかった。
更にエミレス様は『それに…この石がまるで此処に居たいと言っているようなのです』とも付け足した。
私は何のことだか全く理解できなかったが、おそらくはアドレーヌ様のお導きなのだろう。
(省略)
ありがたいその場所を聖地として崇めたいと私は申し出たが、エミレス様は何故か良しとしてくださらなかった。
彼女は悲しみのような瞳を浮かべて『…この場所は私たち三人だけの秘密にしてください』と仰った。
私はその通りにしようと思った。未来永劫あの場所はよそ者に触れられてはいけない。
それが私に課せられた命なのだろう。
だが、後の世に何が起こるかわからない…天変地異、新開拓、戦争…様々な要素でエダム山に人の手が介入してくる可能性がある。
あの場所を汚してはいけない、ならない。
だからこそ、私は此処に記す。
エミレス様にたった一つだけ背きます。何の罰でも受けます。
もしもこの記録書を見つけた子孫がいたのなら、あの場所を…エミレス様の宝を守って欲しい。
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| タイトル |
第四幕 〜情熱に染まる口紅61〜 |
今日の気分 | 来週はお休みします; |
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「昨日の夜のことだよ…」
それは夜、カセルがロゼの客室へ夕食を運んだときのことだ。
ツモの湯は食堂も兼用しているのだが、温泉同様に客足は全くない。
そのため、食堂の方は殆ど機能しておらず、食堂で作った料理を客室まで運ぶのをサービスの一環としていた。
夕食を運んだカセルは食事の乗ったトレイをテーブルに乗せていたところだった。
その時、ロゼが不意に口を開いたのだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど…?」
意外な質問に見開いてしまうカセル。
上擦った声で返事をする彼へ、ロゼは一冊の本を見せた。
「これのことなんだけど…」
指し示す本はとても古ぼけていて、本と言うよりは冊子とも言える厚さ。
埃とシミのついた年季が入ったものだった。
「それは?」
その古ぼけた本を受け取るカセル。
題名は薄れた墨字でこう書かれていた。
「『エミレス様訪問記』…?」
話を聞くと、それはどうやらロゼがこの村に伝わる言い伝えや伝説等について祖父ノニに尋ねた際に、彼が蔵から掘り出したものだそうだ。
何でも、何百年も昔にアドレーヌ教開祖である聖女エミレス様がこの村を訪問したときのことを記したものらしい。
大昔でも田舎に違いないこのシマの村に聖女様が訪問するというのが、どれだけの一大ニュース
だったのかが良くわかる一冊だった。
その記録書にはエミレス様が訪問してから宿泊、そして村を立ち去るまでの一部始終、行動、発言が事細かに記されていた。
「今の時代じゃ罪になってるよ、これ…」
呆れ顔が自然と浮かんでしまい、同時にこれが自分のご先祖だという事実に悲しさが溢れてくるカセル。
これ以上読むと一族の恥を更に知ることになりそうだ、と、カセルは読むのをやめようとした。
が、最後の2ページほどに気になる記述があり、思わず彼は視線を向けた。
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