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「成程な!その手があったか!」
説明を聞いたトレスが手を打ち、近付くエンジン音に目を遣る。あと少しですれ違いそうだね。
動きの止まったままのアンにクラインがそれを手渡すと、太陽の光が眩しかったのか目を細めて向こうを向いてしまった。
「………ふ……」
アンの身体がぶるぶると震えている。今度は波のせいではないと思う。
「お、おい……アン…?」
「ふ、ふふふふふ……うふふふふふふ…。」
唐突にアンは動き出した。
渡されたそれらを素早い動きで組み合わせると、真横を過ぎていくエンジン音を睨み付けた。
目がぎらぎらと光っている。
「クライン様見てて、あたしの、一世一代の大投擲!!」
今度は私たちから離れていく船めがけて、アンが投げた。
それは真っ直ぐに船の背後の海へと突き刺さり、そこから船が少しも進まない内にまずはエンジン音がおかしくなった。
ウィイイイーーーィィ! ウィイイイイーーーィィィ!!
推進力を失った船がゆっくりと止まり、戦場のチームが首を傾げている間に周囲に生き残っていた人々が我先にと船に飛び乗って、あとは惨状が繰り広げられるだけだった。
「よし、今の内に俺たちも進むぞ!クライン、お前も漕げ!」
「何故だ…俺はもう仕事はしただろう……。」
「今のはアンの手柄だろ。プロペラ止めるくらいのアイデア、
もうちょっと考えてりゃ俺が思い付いてた!」
「………………。」
クラインは波間に浮かぶ木片と帆の切れ端を絡めて、それをプロペラに投げ込むことを思い付いた。帆が巻き付けばプロペラが止まるはずだって。
そしてアンは見事にそれをやってのけた。
「アン、どうしたの?」
まだ震えているアンに声をかける。
アンはがばっと顔を上げると、ぎらぎらと光る太陽を見上げて一声吠えた。
「あたし、今なら太陽も撃ち落とせるわ!!!」
目指す島がすぐそこまで近付いていた。 |
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沈みゆく隣の船を横目に見ながら振り下ろされる櫂をかわす。
くるりと身体を回転させ勢いを付けてなぎ払うと、男は堪えきれずに海に落ちた。
近くに新手がいないか見回してみる。向こうで船が転覆して、その側で嬉しそうに笑うタータの姿が見えた。その向こうではロゼが誰も乗っていない船に仁王立ちして、海面を見ている。落とした人に何か言っているのかな。
振り返ると、木片か何かを投げた体勢のアンの視線の先、ふかふかパーマの男がゆっくりと倒れ、海に落ちていくところだった。
「クリーンヒットだわ。これも愛の力ね、クライン様っ!」
「……………。」
クラインの表情がさらに渋くなって、気のせいか、アンがぷるぷると震えている気がする。
波の揺れのせいかな。
「あらよっとォ!」
トレスの声とほぼ同時、大きなものが海に落ちる音がした。
さっきまで小競り合いしていた相手を落としたみたいだね。
トレスも一度周囲を眺めてからこちらを振り返った。
「結構船も減ったし…そろそろ本腰入れて……」
ドドドドドドドッ
トレスの声を遮って聞こえたのはレース開始直後に聞こえたエンジン音だった。
船の向かう先から聞こえた音は、どんどん近付いてくる。
「え…まさかもう一周してきたの!?」
「さすがに動力付きは早いね。」
「感心してる場合か!何とかしねェと煙草とスーツ……いやいや、優勝賞金が!」
話している間にも、私たちと船との距離は縮んでいく。
船の上ではもう勝った気になっているチームが大騒ぎしている。
「何とかして止めなきゃ!ほら、トレス!」
「仕方ねェ、飛び乗るか…!」
腕まくりのポーズで船を見据えるトレスを止めたのは、クラインだった。
「待て…。」
「! クライン、何か策があんのか!?」
クラインは静かに頷くと海面を見回した。
船の残骸や折れたオール、どこかのチームが使っていたらしい帆の切れ端、食べかけのパン、ふさふさの毛の塊…?およそレースには関係のなさそうなものも含め、色々なものが波間を漂っている。
「もしかして魔法?」
「いや…。」
クラインは海に手を伸ばしていくつかのものを拾い上げると、アンを見た。
「これを……… ……… ………」 |
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「……!ふせろっっっ!!」
呆然としていたあたし達を我に返らせたのは、トレスの一声だった。
何が起こったか確認する間もなく押し込められた頭の上を風がかすめる。
一拍おいて重い物がぶつかり合ったような鈍い音――
「敵襲だ!!」
タータの声に跳ね起きると、目の前には見知らぬ大男が立ちはだかっていた。
右手に持つ木製の長い棍棒の先には…トレスのオール。
…隣の舟を襲っていた奴だわ!
慌てて見回せば、あっちでは金属バットを構えたパーマ野郎がロゼと対峙、
むこうでは舟に飛び乗ろうとするガングロ男達をリルが払い落としている。
「いい腕力してるじゃねェか、兄ちゃんよぉ」
「んだテメェ!!」
こちらでは、拮抗していた棍棒とオールが競り合い始めた。
青筋立てている大男へ向かって不敵に笑ってみせるトレス。
なに挑発してるのよ!これは最早戦争なのよ!?
絶えずどこからか聞こえてくる叫び声と爆音は止むことがない。
木の枝でガングロ男を殺した(に違いない)リルの元にも、また一人新たな犠牲者が飛びかかり…。
――やらなきゃ、やられる。
ここは戦場なのだ。
「ロゼ!あたしが代わるから、はやく他のチーム沈めて来て!」
了解とばかりに両手を振ったロゼは、既に小さくなっていたタータの背中を追うように駆け出した。
残ったパーマ野郎はあたしに向き直ってにやりと笑う。
…ナメてたら痛い目みるんだから。
体力には自信ないけど、青筋立てるのだけが戦いじゃないもの。
波に運ばれてきた、どこかの可哀想な舟であった木片をかすめとり、
ヒョウを投げるように捻りをきかせて投げると、見事木片は奴の髪を二つに分断してみせた。
腕が衰えていないことに満足しながら次の木片を掬い照準を彼の足元に定めたその時、
半パーマ野郎が急に遠くへ移動した。これじゃあ狙いが定めにく――ちがう。
舟が動いてるんだ。
相変わらず目の前で競っているトレスが漕げるはずもなく、ガングロ男と戦っているリルでもないとすると
「クライン様!!」
そこには、ガングロ男が持っていたのか棒で舟を漕ぐクライン様の姿があった。
時折ローブを邪魔そうにする表情が堪らない。
俄然やる気がアップするのを感じながら、あたしは半パーマ野郎ににやりと笑いかけた。 |
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「そうそう〜、舟さえ沈まれたりしなけりゃ楽勝だって〜」
大海原に散らばりプカプカと浮かぶ可愛い舟達を見てロゼもニコニコと微笑む。
『ズッドォンッッズボォォォンッッッ』
…うん?
なんか。遠いところで海中が爆破して数艘の船が吹き飛んだ気がした。
しかも。なんかだか左隣の舟も「穴が開いてた!」とか言って騒ぎながら沈んでる。
……気がする。
「人を死に至らしめるような行為は勿論禁止だ。だがなぜ、武器が必要なのか…」
小瓶を懐になおしながらクラインが低い声でボソリと会話をした、その直後
『メキッ』『バキッ』『ドスドスッ』
…右隣の舟では、
別の舟から来たと思われる数人が棒や金属バット等で容赦なく相手を海へ叩き落としていた。
落とされる人の声が断末魔のように激しく聞こえて耳を裂くようだ。
明らかに反則染みた舟が飛んで行き。
爆破や小細工をされて沈んでいく舟。
そして明らかに半殺し間違いない凶暴な参加者達。
こ、これは、これって……
『ドゥルンッ…ドドドドドドドッ』
『ズッドォンッッズボォォォンッッッ』
『メキッ』『バキッ』『ドスドスッ』
爆破する海中と荒れ狂う波達の上を走る舟、沈む船。
飛び交う銃声。そして飛び交う武器。そしてたまに人間も飛んでいる…。
苦痛の叫び声。悲痛で裂けるような悲鳴。なんだか分からない謎のオタケビ。
あたりは殺伐とした地獄絵図が広がり青い海が赤く染まるのが目に見えた。
そう……これはもう間違いなく………
「……戦争だ……」
両手の漕ぎ棒をまるで刀のように構え、トレスはゆっくりと立ち上がった。
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敵舟を妨害をしたがるのは俺とロゼ。
舟を漕ぐのはトレス。
それを守護するのは、リルとアンとクライン。
海には沢山の舟が浮かぶ。
皆、必死な形相で構えている中、連中も燃えていた。そしてもちろん俺も。
『ハァーイいちにツイテェー!レェ〜ッツゴォ〜〜ゥ!!』
司会者の声と鉄砲の音が派手に散らかり、舟達は我先にと進みだす。
「おいしょ〜」
トレスが両腕の漕ぎ棒をぐるりと回し、小舟はゆっくりと進み始めた。
「トレスがんばって〜!」
炎天下が苦手で不機嫌そうなクラインの袖の横で、アンがのん気な応援をする。
リルが進んでいる船の上から感じる風をうけて心地よさそうにし
ロゼも俺も進む舟を泳ぎながら手伝うように押していた。
「いい風。海っていいね」リルが一言。
「そうよね〜。海と一緒で心も広〜くなっちゃうわね〜」アンも和みながら。
「のん気な事言うなよ〜、一応競技なんだぜ?」俺もなぜか和んでいる。
「……」トレスの前に再び先ほどの瓶を差し出すクライン。
「お前、しつこい。こんなん楽勝だって〜」
此処と変わらずゆっくりと進む周りの舟を眺めながらトレスがヘラヘラと笑う。
『ドゥルンッ…ドドドドドドドッ』
…ん??
なんか。三軒となりの舟の尻には何やら機械的なプロペラが付いているような気がする。
しかも。なんだか物凄い速さで立ち去っていった様な気がする。
……ん〜、気のせいか。
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「トレスなら大丈夫よ、多分!」
アンがニッコリと励ます横で、普段よりは薄手のローブからクラインが何かを取り出した。
小瓶に入った透明な液体をスイ、とトレスの顔の前に差し出す。
「バテてきたら飲むといい。力が出る…。」
トレスは口の端を引きつらせてそれを見る。
見た感じはただの水のようだけど。
「………中身は?…目を逸らすな目を!」
「……………。」
「っつうかクラインも漕げばいいんじゃねェか!」
既にタータが海に浮かべた小舟へと向かう背中に、トレスが叫ぶ。
クラインは何も答えなかったけど、隣を歩くアンが彼を見上げて「きゃあ、クライン様っ!」と声を上げたからきっと彼は眉を顰めたんだと思う。(この間、アンがクラインに様を付けて呼ぶのは、彼が眉間に皺を寄せているときだとロゼが教えてくれた。)
「はぁあ。期待してなかったけどな。」
小瓶をシャツのポケットに入れて、大きく溜息を吐く。
「二人には他のチームの様子を見ておいて貰おうか。」
「リルはどうす………」
言いかけたトレスが私の手元を見て言葉を途切れさせた。
何だろうと思って見下ろすけど、特におかしなところはないと思う。
昨日の肝試しのときに拾った木の枝を持っているだけだし。
「他のチームの人が来たときにちょうど良いかなと思って。」
「………死人出るかもね。」
ロゼの声は、波が舟底を洗う音で聞こえなかった。 |
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「あの島をぐるーっと回ってくればいいんだよなっ?よゆーヨユー!」
海の向こうにある島を見ながら、タータが待ちきれないといった様子で言う。
腕を回して、筋を伸ばして、足下の砂なんてものともせず軽々と飛ぶ。
そんな彼を見て、小舟の状態を見ていたトレスが呆れたように笑った。
「おうおう、気合い入ってんなァ?」
「海に入る前は充分準備運動をしないとね。」
トレスの言葉に反応したつもりだったんだけど、何故か皆が変な顔をして私を見る。
……?準備運動、でしょう?
「…えーと、そうそう。準備運動でもあるっ。他のチームの奴ら妨害すんだからな!」
「張り切るのはいいけど、私の邪魔はしないでよ。」
ロゼが隣で大きく伸びをする。
そういえばさっき、二人が何か言い合いをしていたっけ。
一種目めがとか、リベンジだとか、何艘ひっくり返すかとか…?何人落とすか、だったかな。
張り切るのはいいことだけど、自分たちも相手にも、怪我がないようにして欲しい、と思う。
「まァ、タータに大人しく舟漕ぐなんてマネ出来るとは思ってねェけどよ。
…ってことは、漕ぎ手は俺と…?」
髪をがしがしとかき混ぜながらトレスが私たちを見回す。
タータとロゼは海に入る気満々のようだから、舟には四人が残ることになる。
トレスと、私と、アンと、クライン。
順に見回して、トレスは溜息を吐いた。
「俺一人か…。」
「私も代わるよ?」
首を傾げるとトレスは一度黙り込み。
「………あー、んじゃ、どうしようもなくなったら、頼む。」
どうしようもなくなってからじゃ遅いような気がしたけど、それは言わないでおいた。 |
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その日は陽も暮れてしまっていた事もあり、三種目目は、翌日行われた。
俺達はまた昨日と同じビーチへと集まっていた。
よく動いたお陰でぐっすり眠れて快調だ。
三種目目は二種目目の影響か、辞退するチームも少なくなかった。罠にはまっている仲間を見捨てたり、欲に目がくらんで仲間の嫌な部分が露呈されてしまったんだろう。二種目目をああいった形にしたのも主催者側のそういった目論見があったんだろう。参加したチームの中にも険悪な雰囲気が流れている所もあった。
俺達はというとさほど問題は無かった。俺とタータが争ったのだってまあ別にいつもの事だ。
三種目はチーム対抗のリレー戦だ。
これで優勝すれば、またまた賞金が手に入る。
とりあえず参加費は取り戻したが、この賞金が手に入れば、今度こそ自分の好きなものが買えるかもしれない。
それぞれのチームに小船が用意され、近くの島まで行き、そこをぐるっと一周していち早く帰ってきたチームの優勝。武器の使用可能だが、人を死に至らしめるような行為は勿論禁止。
説明が終わると、司会者はお決まりに声を張り上げた。
『優勝目指して頑張って下さい!!』
言われなくても、頑張るって。 |
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『まんまと騙されましたねー。ここまで気持ちよく騙されると主催者側としても気持ちがいいです!特別賞として坊やには飴をあげよう!』
ぽかんとするノエルの手に飴が一つ、置かれる。
そんなノエルに駆け寄り、タータがにやにやと笑い肩を叩いた。
はたと考える。
…って事は。って事は優勝賞金は便利屋のもの!?
今まで失われていた生気がどんと呼び返ってきた。お帰り、俺の生気!
賞金を受け取り、壇上から降りて来たリルに皆で駆け寄っていく。
「今日はぱあっと酒盛りね!」
「煙草と…スーツも新調してェな!」
「あたしはぬいぐるみ!」
「……壷を…。」
「俺は新しい机が!」
それそれが自分のしたい事、欲しい物を言っていく中でリルがぴしゃりと一言。
「今後の為に貯金しなきゃね。」
――はい、そうですね。
皆が一斉に静まり、静かに頷く。まさに鶴の一声。 |
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俺とタータはすっかり意気消沈していた。
ロゼが何か言ってきたが反論する気にもなれなかった。
ああ、リルの言うとおり、どちらかが譲っていたら賞金は貰えたかもしれなかったのに。
「しょうがないよ。」
というリルの目が、眼鏡もしていなかったのに光って見えたのは気のせいか?
…気のせいだという事にしておこう。
『栄えある優勝者は……!!』
顔を赤くして、もう既に表彰台のあがる用意をしているノエル。
ああ、よかったな。おめでとう。その賞金で美味い酒でも仕入れてくれよ。
へっと自嘲気味に笑い、拍手の準備をする。
ババババババン、どこから持ってきたのか太鼓の音が響き渡る。
司会者はもったいぶる様に少し、間を置き、大きく息を吸い込んだ。
『便利屋の!クライン、アーンド、リルペアのお二人でーす!!』
よかったな、おめでとう。便利屋のリルとクライン。…ん?便利屋?リルとクライン?
……………へ?
……………………。
会場中が一瞬静寂に包まれ、ざわざわとまた騒ぎ出す。
皆思う事は同じだ。何でリルとクラインが?
優勝アイテムを持っているのはノエルじゃあ……。
其処ではっと思い出す。広場で会った時、リルが持っていた物――。
まさかあれが――。
『そのトロフィーはダミーです!本当の優勝アイテムは彼女の持っているあのくまのぬいぐるみ!!』
ばっと視線がリルの持つ、くまのぬいぐるみに集中する。
少し薄汚れたくまのぬいぐるみが優勝アイテム?…わかるわけねェだろ…。 |
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